* 5 *
いつもはきはきと話す彼の姿が、何だか小さく見えた。
「そんなことを考えていたのですか? 利用されてもいい、なんて」
ギルはそう、ポツリと呟いた。
「えぇ。……お母様が、昔こんなことをおっしゃっていたんです。今、急に思い出したんですけど」
「リリィの亡くなったお母様が?」
ギルは私の隣に腰を掛ける。
「――『この国に生まれた皇女として、伴侶の願いを共にかなえようとする女性になりなさい。それが、皇女としてあるべき姿である』と。私、お母様が望んだ姿になれてますかね?」
ギルにそう尋ねる、彼は返事をするよりも先に……私の事を抱きしめていた。その抱擁は力強く、首筋にあたる彼の呼吸は熱い。まるで時計の秒針のように素早く、彼の心臓が脈打つのが伝わってきた。
「……ギル?」
首筋がこそばゆくて彼から離れたいのに、どれだけ体を捩っても、彼は私の事を離してはくれなかった。私は観念するように、彼の背中に手を回す。すると、ほんの少しだけ力が緩くなったような気がした。
彼の抱擁は、随分長く続いた。ふっとギルの力が弱まったと思えば、彼は私から離れていく。そして、抱きしめる代わりに今度は私の手を強く握った。
「必ず……」
「え?」
「あなたのことは、必ず幸せにします」
若草のような鮮やかな瞳いっぱいに、私の姿が映りこむ。今まで見たことのないくらい真面目な表情に、私は思わず吹き出してしまった。
「笑わなくたっていいじゃないですか、こっちは真剣なんですから」
「ごめんなさい、つい。ギルのそんな顔、初めて見たから。ねえ、良く見せて」
私が彼の表情をよく見ようと顔を近づけると、彼は耳を赤く染めて顔を反らした。それは耳から、みるみるうちに顔中に広がっていく。
「ギル? 大丈夫ですか?」
尋常ではない様子に、私も不安になっていく。熱でも出したかと思って手を伸ばすと、彼はさっと身を避けた。
「……大丈夫ですので、お気になさらず」
「でも、見るからに具合が悪そうですよ?」
「いえ、そういう訳では」
「まずは横になってください」
そう言っても、ギルは頑なに動こうとはしなかった。私が「人を呼びましょうか?」と尋ねても、即座に拒否してしまう。にっちもさっちもいかなくて、私は立ち上がり、彼の肩に手を置いた。
「り、リリィ、何を?」
「まずは熱を測りましょう」
私が発熱した時、いつもトクがそうしてくれるように……私は自分の前髪をよけて、ギルの額に私のおでこを近づける。しかし、それよりも先にギルがのけぞり、離れて行ってしまう。
「や、やめてください! 心臓に悪いではないですか!」
「そんなムキになって怒らなくても……」
「私は大丈夫ですから! それよりも、早く帰らないと、トクさん今頃心配していると思いますよ!」
「そうですね……。それならば、医者をこちらに手配いたしますから、かならず受診してくださいね」
私が彼の手を取り「約束ですよ」と念を押すと、彼は「あー、もう!」と声をあげて、がっくりと肩を落とした。
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