* 3 *


 陽本国と連合国軍の協定により、戦争を主導していた大臣や軍の大将……そして、当時の皇帝と皇太子が戦争犯罪人として裁判に裁かれた。皇帝と皇太子はなんとか死罪を免れたけれど、戦争が終わって六年経った今、連合国軍が作った刑務所の奥に幽閉されている。判決は終身刑。……一生そこから出ることはできない。


 敗戦が決まった直後からこの国に乗り込んできた連合国軍は、皇帝制度を廃止して、皇族全員に戦争責任を被せて刑務所に放り込むつもりだったらしい。しかし、国民の精神的支柱となっていた皇帝一族をないがしろにすると暴動が起きるかもしれないとどこからか指摘があり、結局、皇帝制度は守られた。


 けれど……連合国軍は皇帝制度を廃止するのに代わり新しい【法律】を作り、私たち皇族をそれで縛り付けた。


 それが、私が今ひとりぼっちで過ごすことになった原因でもある。


 皇帝であった兄と、その息子で後継ぎだった皇太子が幽閉された後、皇帝の地位を継ぐことができるのはお父様だけになってしまった。戦争裁判の判決が出た頃に正式にお父様は皇帝となり、珊瑚樹宮邸から皇帝の住まう御所へ。それに伴い、お兄様も皇太子となった。お兄様には、私たちが過ごしていた家とはまた違う住まいが設けられ、父と同じように数人の従者を引き連れて出て行ってしまった。


 変わったのは、それだけはない。


 皇帝一族の力を弱めるために、宮家を創設し、皇帝の跡を継げるのは直系の男子一人のみとなった。以前であれば、成人を迎えた姉たちもいずれ新しい宮家を作り、皇帝を支えるはずだった。だけど……新しく宮家を創設できなくなってしまったお姉さまたちは、民間の男子の元に嫁がざるを得なくなってしまった。年頃を迎えた姉たちは次々に結婚して、この家から出て行ってしまった。それはとても喜ばしい事なのに、私には悲しくて仕方がない出来事だった。


 結婚をする年齢に未だに達していない私は、どこにも行くことが出来なくて、今に至るまでこのただ広いだけの家にひとりぼっちで過ごしている。確かに、女官のトクはずっといてくれるけれど家族と過ごす時間とは違う。トクが見守る中一人でご飯を食べて、忙しいトクを捕まえて色々話をする時間もなくて……私はいつも、家族と一緒に過ごす時間を想像しては、大きくため息ばかりついていた。


 ため込んだ不満や寂しさを吐き出す場所は、私にはなかった。


 そんな中、やってきたのが彼――ギルバート・カーターである。連合国の一つ、ハノーヴ国の空軍に所属している。私よりも一回りほど年上という若さで中尉となり、戦争が終わった今は連合国軍の一員として陽本国に滞在している……元は、敵だった国の将校である。


「皇女殿下がご機嫌斜めなのは、教育長の心配事と何か関係があるのかな?」

「心配? 私、心配されるようなことなんて、一つもしていないけれど」


 ちょうど良く紅茶を淹れて戻ってきたトクが「私もそのお話、教育長から聞いてます」と余計な口を挟んできた。


「百合子様は女学校の成績には問題がないようだけれど、どうやらご学友に恵まれていない様子だ、とおっしゃっていましたよ。まだお友達を作っていないのですか? 来年の春には卒業だっていうのに」


 私は口を曲げて言い返す。


「あ・え・て、作っていないだけよ。それに、そんなもの必要ないでしょう? そのようなものがなくたって……」


 私の言葉にかぶさるように、トクはティーカップをテーブルに置きながらさっと口を開く。


「何を言っているんですか。百合子様が一般の国民と等しく女学校に通う理由、よもやお忘れになったわけではないでしょうね?」


 トクの額に青筋が浮かぶのが見えたので、私は冷汗を流しながら、これ以上トクの怒りを燃え上がらせないようにゆっくりと頷く。


「み、民間の暮らしを学び、結婚した後、すぐに慣れることができるように……です」


 私がもごもごとそう答えると、トクは満足そうににっこりと頷いた。


 二人いるお姉さまたちは、皇族の中にいる年の近い男子と結婚することが、それこそ産まれて来たときから決まっていた、らしい。しかし、それは連合国軍による新しい法律のせいで破談に。それぞれ、皇族とは一切関係のない、【外の世界】の男性と結婚した。


 しかし、皇族の中の常識は外の世界での非常識と言わんばかりに苦難の連続だったらしい。


 一番上の蘭子お姉さまは今まで【お金】というものを見たことがなかったから、それをゴミだと勘違いして捨ててしまい、旦那様に怒られてしまったとぼやいていた。

 二番目の姉、桜子お姉さまはもっと大変らしく、社会や流行という様々な情報から遠ざかった生活をしていたから、社交界に出ても初めの頃はご婦人たちとの話が合わなかったらしい。


 私が女学校に通うのは、花嫁修業の一環である。その他にも、茶道や華道、書道など、教育費が削減されていた戦時中の頃とは打って変わって、今は様々な習い事を花嫁修業として押し付けられている。彼からハノーヴ語を学ぶのもその一環、らしい。

 

「ええ、そうですとも。お姉様方はそれぞれ、世間を知らずに嫁いでしまったから苦労が絶えなかったのです。ですから、百合子様がそのような苦労をしないで済むように、教育長たちが審議に審議を重ねて……少しでも社会を学べるように一般のご息女たちと同じ学校に入学して、もう最終学年だというのに、まだご学友の一人もできないなんて」

「いいでしょ、もう! これから授業なんだから、早く行ってよね!」


 こんな話を彼に聞かれるなんて! 恥ずかしさのあまり顔をぷいと横に向けると、トクは諦めたように肩をすくめた。


 トクは心配そうなまなざしを私に向けながら、客間から出ていく。私は再び、中尉殿と二人きりでこの部屋に取り残された。彼は「それでは、前回の続きですね」と持ってきた書物を開いた。


 彼の講義を受けているときはいつもそうだけど、二人きりになるとどうしても落ち着かない。背中のあたりが、まるで羽を使ってくすぐられているみたいにこそばゆくなるし、中尉殿と目が合うたびに緊張してしまう。私は彼にそれが悟られないように背筋を伸ばした。


「早くご学友ができるといいですね」

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