第3話

「宰相様!」


 ノックもせず扉を思いっきり開けたのは稲穂であった。


「部屋に入るときは、まず入室の許可を取ることを知りませんか?」

「だって、そうしたら宰相様は入れてくれないでしょう?」

「そうですけどね。仕事中ですので」

「今日は用事があるんですよ。ジャケットを返しにきました」

「ああ、ありがとうございます」


 藍水はとりあえずお礼を言ってジャケットを受け取る。


「ふふ。お茶しましょう。じゃじゃーん!ちょうどお茶の時間と聞いたので召使いさんから貰って来ましたよ」


 どこから取り出したのか、彼女はティーポットとカップが置かれたトレイを手に持っていた。


「召使いからもらった?そんなこと許すはずが……」


 藍水はそう言いかけ、開けっ放しの扉から彼女の後ろでのびている召使いの姿を視界に入れる。

 宰相に運ぶ飲食類を他者に任せるなど彼らが同意するはずはなかった。それをこの稲穂が強奪したのだろう。


「あなたはどうしてそんなに野蛮なのですかね」

「野蛮なんて。ふふふ。女の子に失礼ですよ。さて、一緒にお茶を飲みましょう」


 彼女はトレイをテーブルに置くと、宙に手を伸ばしどこからか白いマグカップを取り出す。

 

「……そんな魔法まで使えるのですか?人間業ではありませんね」

「ええ。あなたのために頑張りましたから!ほら、だから奥さんにしてください!」

「本当に無駄な努力を……。人間は人間と結婚すべきです。寿命も違いますから」

「私は気にしませんよ」

「私が気にするのですよ」

「え?それじゃあ、寿命の件をクリアしたら奥さんにしてくださるんですか?」

「いや、そうとは言ってません」

「言ってましたよ。宰相様。私を魔族にしてください。そしたら寿命も同じになります」

「ああ、うるさい小娘ですね。お茶は一人で飲みます。出て行ってください」


 藍水は宙に手をかざし、もう片方の手で稲穂の首根っこを掴む。そして宙に出来た空間に投げ込んだ。


「人間界に戻りなさい」


 藍水はこうして、彼女を人間界にまた返したのだが、次の瞬間別の場所に穴がまた開き、彼女が現れる。


「ふふふ。一度来たから、すぐに戻って来られましたね」


 少しだけ顔色の悪い稲穂は不敵に微笑み、藍水は大きな溜息をついた。


 **


 その日も結局成果がでず、藍水は王宮から屋敷へ帰ってしまった。

 部屋に戻った稲穂は手袋を外して、手首まで真っ黒に染まった手を確認する。


「転移魔法は一気に魔力を使っちゃうなあ。宰相様に転移魔法を使われないようにしなきゃ……。なんであんなに嫌がるのかな?」


 彼女は10年前のことを思い出す。

 藍水は泣きつかれた稲穂を抱き抱えたまま、屋敷へ連れ帰ってくれて、癒しの魔法をかけてくれた。

 寝る前に笑いかけられ、稲穂は安心してまた泣いてしまった。

 

 街で買い物をしていた両親とはぐれたところを、人相が悪い男に攫われて船に乗せられた。船から降ろされて、貴族の男に売られた。売られたのは彼女だけじゃなくて、他にも数人の子供がいた。彼らは森で逃がされ、一人ひとり狩られ殺されていった。

 稲穂は最後の一人だった。

 必死に逃げて魔界まで逃げ込み、運悪く豚のような魔族につかまってしまったのだ。

 殴られ手足を縛られ木の棒に括りつけられたけど、最後まであきらめたくないと悲鳴をあげた。そして現れたのが藍水だった。

 彼は髪が銀色で青い瞳がとても綺麗だった。

 魔族と分かっていたが、稲穂は彼のことがすぐに好きになってしまった。

 屋敷に滞在中、彼につきまとったが、当時魔力がなかった彼女は魔界の瘴気にあててられ弱っていった。藍水は先ほどと同じ魔法を使って、彼女を人間界の親元に送り、姿を消した。

 彼の特徴を魔族年鑑で調べて、彼が魔王の宰相であることを知り、彼女は彼に再び会うために努力を始めた。


「どうしたら奥さんにしてもらえるのかなあ?」


 最近は決まった時間に現れるようになった魔族の、多分兵士たちを相手にしながら、稲穂は思う。


「そうだ!この人たちに聞けばいいのか?」


 彼女は魔族の相手をしながら、藍水の奥さんになるための秘訣を聞くことにした。

 夜の奇襲を終わらせた兵士たちに稲穂は回復ポーションを渡す。


「宰相閣下は女が嫌いみたいだぜ」

「なので彼の周りの召使いは男で固めてる」


 今夜彼女が得た情報はそんなもので、稲穂は明日の作戦を考える。


「男装すればいいのかな?」


 そうして稲穂は明日の作戦を男装作戦と決め、眠りに落ちた。

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