第2話
「はあ。好みの姿になってもだめなのかあ」
数日王宮に滞在しているが、魔族たちは毎日稲穂を襲撃する。
何度も剣を合わせているうちに、仲間意識が生まれたらしく、「藍水様を落とすのは難しい」「俺の嫁にならないか」「まずは友達から」などと軽口まで叩く魔族も現れ、稲穂は王宮生活を満喫しつつあった。
「楽しいけど。ずっとこうしていたいけど、だめなんだよねぇ」
藍水の妻にならなくても、こうして側にいられるだけで稲穂は幸せであったが、この幸せは長く続かないことを彼女は知っていた。
いつも身につけている手袋をはずすと、指の一部が黒ずんでいるのが見える。
「ああ、この指もダメかあ。でもこうしないと宰相様には近づけないもん」
このまま魔力全開で過ごしていると、1週間もしないうちに彼女の命は尽きてしまうだろう。
人間の中でも魔力の高いものはいる。けれどもそれはごくわずかだ。
稲穂はその稀な人間ではなかった。
彼女は命を削って魔力を高めている。
10年前、無理やり人間界に帰された彼女は必死に魔界に戻る方法を探った。それには魔力を高める必要があること、魔界にたどり着くまでに魔獣がいるので、それらを倒す必要があること。
理解のある親元で情報を集めながら、彼女は魔力を高める方法、魔法の使い方、武術を習った。
稲穂は限界まで努力したが、魔力は生まれつきのもので、高めることはできなかった。けれども彼女は禁忌である命を削って魔力に転換する方法を見つけ、師匠に縁を切ると言われても、その方法を実行した。
そして、まずは時間短縮と転移魔法で魔界周辺に入り、命を燃やしながら魔界に入った。
まずは指先が黒ずんでいき、数日たった今は四本の指が真っ黒になっている。
「……この時のために頑張ってきたもの。一人で年老いてしわくちゃになるよりはいいかもしれない」
誰もいない部屋で稲穂はそうつぶやいたが、手袋をつけると立ち上がる。
「そんな弱気じゃだめよ!押して押して、それでもだめなら諦める!」
稲穂は手を天井に向けて伸ばすと、今朝投げかけられたジャケットを掴み藍水がいる宰相室へ駆け出した。
**
藍水は茶色の髪に黄金色の瞳の少女のことを忘れたことはなかった。
魔界の街を歩いていると聞こえてきた悲鳴。
面倒くさいなと思いつつ、彼はそこへ向かった。
川の近くで、傷ついた少女が手足を縛られ、木の棒に括りつけられている。
丸焼きを楽しもうとしているらしく、彼女の下には木の枝が集められ……。
人間を好んで食べる魔族のものがいることを藍水は知っていた。そのおかげで人間との争いが絶えなかった。
人間を浚ったりその場で食べたりする魔族がいるため、人間が軍を率いてせめて来たりしていたのだ。
「まったく、なんで、自分たちと同じ形のものを食べようと思うのでしょうかね」
藍水は人間を食することにまったく興味がなかった。
また人間との要らぬ争いの種を撒かれるのを避けたかった。
なので彼は魔族の男を凍らせると、少女の縄を振りほどいた。
「まさか、また戻ってくるとは……。けれども小さい時は魔力などほとんど感じませんでしたけどね」
今のような魔力があれば、魔界の瘴気にもあてられず、人間界に帰すこともなかったかもしれない。
ふとそう思い、彼は自嘲した。
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