35 戦艦たるの矜持

 戦艦山城とキング・ジョージ五世の砲戦は、互いに意地を張り合うかのように、砲撃の手を緩めることなく継続されていた。


「ファイア!」


 だが、山城が命中弾を出しているにも関わらず、キング・ジョージ五世は四度目の射撃に至るまで、命中弾を出せていない。第五射を放った砲術長の叫びは、心なしか焦っているようでもあった。

その間に、山城からの第七射十二発がキング・ジョージ五世に降り注ぐ。

 衝撃と爆発音。


「ダメージ・リポート!」


「第二砲塔天蓋に命中弾あるも、損害なし!」


「後部甲板に被弾! 兵員室の一部が破壊されました!」


 これまでに彼女が受けた命中弾は、十一発。いずれも致命傷となるようなものはなく、浸水も若干が艦首錨鎖庫付近に生じているだけである。

 今のところ、主砲塔も故障なく作動しているが、いつ故障が起こるかは判らない。自艦の砲撃による振動と、被弾による衝撃で、砲塔は絶え間なく揺さぶられている状態である。

 次の砲撃で故障が起こっても、まったく不思議ではなかった。

 マック艦長が冷や汗を背中に流す中、ついに見張り員が待望の報告をもたらす。


「敵艦に命中一を確認!」


「よくやった砲術長! これより斉射に移行せよ!」


「アイ・サー! これより斉射に移行!」


 全門斉射は砲塔により大きな負荷を与えることになるが、砲弾を小出しにするよりはいいだろうと、マック艦長は判断していた。

 何せ、敵戦艦は一度に十二発の十四インチ砲弾を放ってくるのである。このままでは、砲弾投射量でキング・ジョージ五世が圧倒されてしまう。

 ここは腹をくくり、この艦も十門の十四インチ砲で敵戦艦を早期に戦闘不能とすることを目指すべきだろう。

 全主砲が一旦沈黙し、すべての砲身に砲弾が装填されるのを待つ。

 そして、これまでの射撃で得られたデータを元にした仰角にまで砲身が持ち上がる。


「ファイア!」


 砲術長の号令と共に、キング・ジョージ五世が咆哮する。

 今までの射撃とは比較にならない、一斉射撃の衝撃。夜目にも鮮やかな紅蓮の炎が、砲口から舞い上がる。

これこそ、戦艦乗りの醍醐味ともいえる。

 キング・ジョージ五世の艦長に就任する前は駆逐艦ジャーヴィスの艦長兼駆逐隊司令を務めていたジョン・フィリップ・マック少将は、なるほどこれなら多くの海軍軍人たちが戦艦に魅せられるわけだと納得した気分になる。

 奇しくも山城とキング・ジョージ五世の対決は、共に水雷屋出身の艦長同士によるものとなっていたのである。






 敵艦が全門を用いた射撃を開始したことは、観測機と見張り員の報告から判明していた。

 敵弾が山城に到着するまでの間に、彼女は九度目の射撃を行っていた。


「総員、衝撃に備えよ!」


 敵弾の命中は避けられないと判断した早川幹夫艦長が、全乗員に通達する。

 先ほどの命中弾は、舷側の三〇五ミリの装甲帯に阻まれて、山城に振動以上の損害を与えていない。しかし、全門斉射を始めた以上、さらに多くの敵弾が山城の船体各所を襲うことになるだろう。

 山城が十度目の射撃を行うべく砲弾を装填している最中、衝撃はやってきた。

 基準排水量三万四七〇〇トンの船体が揺れる。


「被害知らせ!」


「後部短艇甲板に命中弾あるも、装甲の貫通は確認されず!」


「航空機作業甲板に命中弾あり! カタパルト全壊! 兵員室も一部が破壊されました!」


 この時、キング・ジョージ五世からの命中弾は、この二発であった。

 いずれも、山城の戦闘力に大きな損害を与えられていない。

 第四砲塔周辺にある短艇甲板は、可燃物処理の段階で空にしており、火災を発生させる可能性のあった短艇は存在していなかった。カタパルトもすでに弾着観測機を打ち出した後であり、破壊されたところで問題はなかった。


「てぇー!」


 まるで被弾などなかったかのように、砲術長の叫びと共に十度目の射撃が行われる。

 キング・ジョージ五世級の主砲MarkⅤⅡ十四インチ砲の徹甲弾は、距離一万八〇〇〇ヤード(約一万六四〇〇メートル)にて、垂直装甲に対して三〇五ミリの貫通力を持っていた。

 つまり、距離一万七〇〇〇メートルにて砲戦を行っている現状、彼女の主砲が山城の機関部を中心とする艦としての死命を決する最重要区画の装甲を貫通することは、実質的に不可能なのであった。砲弾は装甲板に対して垂直に命中することは稀であり、キング・ジョージ五世が山城に致命傷を与えるためには、イギリス海軍本来の想定決戦距離にまで近付かなければ難しかったのである。

 ただし、扶桑型のヴァイタルパートは機関部と司令塔、主砲塔付近の船体は三〇五ミリの装甲で覆われているものの、ヴァイタルパートのそれ以外の箇所の装甲厚は二二九ミリでしかない。これらの部分であるならば、キング・ジョージ五世級の主砲であっても山城に打撃を与えることが出来た。

 第十射の射撃から数十秒後、夜の暗がりに沈む彼方の海面に閃光が走った。


「敵艦に命中四を確認!」


「次発装填、急げ!」


 砲術長が、各砲塔の砲員を急かすように命令を下す。

 夜戦艦橋では早川艦長が、汗でべたつく手で双眼鏡を握りしめながら、敵艦の様子を確認していた。小規模な火災こそ見えるが、未だ速力に衰えは見えない。

 敵の十四インチ砲弾は、この距離でこちらのヴァイタルパートの中でも最重要区画の装甲を抜くことが出来ないことが確認出来た。それは一つの安心材料ではあるが、常に敵弾が山城の装甲の最も厚いところに命中してくれるとは限らない。

 依然として、薄氷を踏むような思いであることに変わりはなかった。


「後部見張所より報告!」


 その時、信号員が叫びを上げた。


「扶桑より発光信号! 『我、敵戦艦ヲ撃破スルモ前部射撃指揮所、後部射撃指揮所使用不能。貴艦ノ奮闘ヲ祈ル』。以上です!」


「ご苦労」そう言ったのは、阿部弘毅中将であった。「扶桑に返信。『此迄ノ奮戦ニ感謝ス。以後ハ艦ノ保全ニ努メラレ度』。以上だ」


「はっ!」


 その遣り取りを見ていた早川は、扶桑の奮戦を思って一瞬だけ瞑目した。そして、高声令達器の送話器を握る。


「扶桑は敵戦艦を撃破した。我が山城も、扶桑乗員に遅れをとるな。各員、一層奮励努力せよ」


 信号員の報告から都合の良い箇所だけ抜き出して、早川は乗員に奮起を促す。

 艦内各所から、乗員の力強い雄叫びが聞こえてきたような気がした。






 キング・ジョージ五世は、山城の放った一式徹甲弾四発の命中に激しく動揺した。


「ダメージ・リポート!」


「艦首付近に命中弾あり! 被弾の衝撃によって錨鎖庫の破孔が歪み、再び浸水が拡大しています!」


「第三砲塔天蓋に被弾! 衝撃により、揚弾機が故障! 射撃不能です!」


 ついに、誰もが恐れていた事態がやってきたのだ。サマヴィル中将やマック艦長の顔が、一瞬さっと青ざめる。


「第三砲塔の復旧急げ! 前部砲塔は射撃を継続せよ!」


「アイ・サー!」


 キング・ジョージ五世は砲塔故障により、一気にその火力の四割を失うことになったのである。

 数秒の後、キング・ジョージ五世の第六射の成果が判明した。


弾着、今スプラッシュ・ナウ!」


「敵艦に命中三を確認!」


「よしっ!」


 マック艦長は己の掌に拳を打ち付けた。こちらも、命中弾を出せている。

 敵は旧式のフソウ・クラス。敵の主砲がこちらのヴァイタルパートを貫通出来ないことを見れば、先に戦闘力を喪失するのは向こうだろう。

 ウォースパイトからの報告では、敵二番艦はすでに沈黙しているという。ウォースパイトよりも先に命中弾を出していながら二艦同時に戦闘力を喪失してしまったということは、言ってみればクイーン・エリザベス級よりも脆い船であったということの証左である。

 ウォースパイトもまた敵二番艦と相打ちとなる形で撃破されてしまったが、このキング・ジョージ五世の防御力はQE級を大きく上回る。

 主砲の故障は痛手であるが、防御力という点から考えれば、決して不利な対決とはいえなかった。

やがて、前部の四連装砲塔と連装砲塔が同時に火を噴く。

 放たれた砲弾は、確実に敵戦艦の戦闘力を削ぎ取っていくはずであった。





「第三砲塔後方の探照灯台に直撃弾! 探照灯員、総員戦死の模様!」


「第五、第六砲塔付近に敵弾命中! 舷側装甲を貫通されました! 第五砲塔弾薬庫付近にて火災発生!」


「第五、第六砲塔弾薬庫注水! 急げ!」


 三度目の命中弾にして、山城はその二二九ミリの舷側装甲を貫通されていた。機関部は未だ無事であるものの、弾薬庫付近への命中には肝を冷やさざるを得ない。

 扶桑型の第一、第二、第五、第六砲塔の舷側装甲は、機関部のそれに比べて薄い。主砲塔バーベットは機関部と同じく三〇五ミリ、さらに昭和の大改装によって弾薬庫付近の船体内部装甲も部位によって若干の差はあるものの、すべて二〇〇ミリ以上の装甲で覆われている。

 このため、舷側装甲と合わせて、敵主砲弾が弾薬庫まで貫通するような事態はそうそう生じないだろうが、やはり前部、後部の主砲付近の防御に難点を抱えていることに変わりはない。

 装甲を貫通され船体内部で敵弾が炸裂すれば、当然、艦内で火災が発生してしまう。そうなれば、万が一の事態を避けるためにも、弾薬庫には注水しなければならない。

 早川にとって、山城の砲戦能力の三分の一を失うことは無念極まる思いであったが、背に腹は代えられない。火災が弾薬庫に回って誘爆すれば、山城は一瞬で沈没してしまうのだ。


「砲術長、残った主砲で構わず応戦しろ!」


 まだ、主砲は八門残っている。金剛型と同じ砲門数。まだ、山城の戦艦としての価値を損なわれたわけではない。






 キング・ジョージ五世が山城の第五、第六砲塔の能力を奪う前に放たれた、十一射目、十二発の一式徹甲弾。

 それは五発がキング・ジョージ五世への直撃弾となった。

 内、二発は舷側への直撃弾となった。一発は垂直装甲に阻まれて何ら損害を与えられなかったものの、もう一発は水線部付近に命中。バルジが存在せず水中防御の脆弱な彼女に、若干の浸水を発生させることとなった。

 さらに、残りの三発はキング・ジョージ五世の甲板へと降り注いだ。

 一発は後部檣楼を吹き飛ばし、そこにあった後部射撃指揮所を人員ごと消滅させた。

 もう一発は前部煙突付近に命中。機関部への貫通こそ水平装甲に阻まれたものの、砲弾が煙路に飛び込み信管を作動させた。結果、爆風が煙路を逆流、ボイラー二基が停止。キング・ジョージ五世は最大速力を二十二ノットへ低下させざるを得なくなった。

 残り一発は第二砲塔前盾に命中。これも貫通は三二四ミリの装甲が許さなかったものの、その衝撃で砲身の仰俯角装置と揚弾機を停止させてしまった。キング・ジョージ五世は第三砲塔に続き、第二砲塔まで故障によって使用不能となってしまったのである。

 一方で、彼女の放った第七射は、二発が山城への直撃弾となった。

 一発は舷側の装甲厚三〇五ミリの箇所へ命中。これは山城にさしたる損害を与えなかった。

 もう一発は、艦中央から伸びる煙突付近を直撃した。キング・ジョージ五世と同じく、やはり機関部への貫通は許さなかったものの、衝撃と煙路を逆流した爆風によってボイラー一基が停止。最大速力を二〇ノットに落とすことになった。


「艦長、敵艦に接近しよう」


 サマヴィルが決然とした表情で、マック少将に告げた。


「このままでは、第一砲塔しか使用出来ない我々が不利だ。ここは近接砲戦で一気に決着を付けよう」


「……」


 一瞬、マック艦長は反論を口にしようとした。


 作戦目的からすれば、キング・ジョージ五世の砲戦能力が失われようと、敵戦艦の足止めが出来ればそれで良いという話ではなかったのか。ここで、危険を冒してまで決着を急ぐ戦術的理由はあるのか?

 だが、その批判が当たらないことを、彼は即座に理解した。

 このままキング・ジョージ五世までが撃破されれば、あの敵一番艦は上陸船団を襲撃しようとしている軽巡ジャマイカ以下の艦艇に横合いから襲いかかるかもしれない。

 そうなれば、当初の作戦計画そのものが瓦解する。


「……かしこまりました」


 マック艦長も、覚悟を固めた。敵戦艦との雌雄を、ここで決めるのだ。


「航海長、取り舵一杯! 敵戦艦との距離を詰める!」


「アイ・サー! 取り舵一杯!」


 前国王の名を戴く英戦艦は、山城に向かって大きく舵を切った。






 現状は互角か、山城が若干有利。

 早川はそう判断していた。

 理由は、着弾した敵砲弾の数である。KGV級であるならば十発であるところ、命中弾と水柱合わせて六発分しかないのだ。

 つまり、奴は四連装砲塔を一基、損傷している。

 こちらは三十六センチ砲八門に対し、相手は六門。

 敵の指揮官も、それは判っているだろう。ならば、向こうはどういう決断を下す?

 退くのは論外だろう。敵はすでに戦艦一隻を撃破されている。ここで退けば、敵二番艦は確実に撃沈される上、乗員を救助することも出来ない(まあ、自分が数ヶ月前まで仕えていた第八艦隊司令部だったら、そうした支離滅裂な決断を下しそうな気もするが……)。

 となれば、近接砲戦に持ち込んで一気に決着を付けるか、大落角砲弾による幸運の一撃に賭ける遠距離砲戦か。

 だが、これまでの射撃で、イギリス側の射撃精度がこちらに劣っていることは、撃たれているこちらが判っているのだから、撃っている向こうの砲術科員はより切実に実感していることだろう。

 それに、輸送船団を夜戦にて撃滅しようとする連中が、勇猛果敢でないはずもない。

 早川のそうした判断は、見張り員の報告によってその正しさが証明されることになる。


「敵艦、取り舵に転舵! こちらに接近してきます!」


「やはり、そう来るか」


 早川は唇の片端だけを上げる、不敵な笑みを浮かべた。

 勇気に不足のない敵と戦うのは、気分が良い。


「司令官」


 念の為、早川は長官席に座る阿部中将に声を掛けた。


「艦長の好きにしてくれて構わん」早川がすべてを言う前に、阿部は答えていた。「山城は、君の船だ」


 ミッドウェー海戦で二航戦司令官・山口多聞少将に実質的な指揮権を預けた経験のある阿部にしてみれば、実際に戦闘の指揮を執っている人間に上級司令部が介入するのは余計なことだと思っているのだ。

 だから彼は、山城のすべてを早川幹夫という男に預けることに決めた。


「ありがとうございます」


 そして、すべてを委ねられた早川は、阿部に敬意を示すようにすっと頭を下げた。頭を上げ、航海長に向き直る。


「航海長、面舵一杯! こちらも敵艦に接近する!」


「宜候! おもーかぁーじ、一杯!」


「砲術長、砲撃は好きな時に始めてくれて構わん。ただし、一発で決めろ!」


「宜候!」


 舵輪が大きく回され、山城もまた、キング・ジョージ五世への接近を開始する。

 この時、たった一機で弾着観測を行っていた山城の零式観測機に、ウォースパイトを撃破した扶桑の観測機が応援に駆けつけていた。

 本来は三機一組になって三点観測を行い、より敵艦の位置情報や弾着位置を正確にするのだが、これ以上の機体は扶桑にも山城にも存在しない。

 二機の零観は、転舵したキング・ジョージ五世の位置情報を刻々と山城へと転送していた。

 そしてその数値は山城のヴァイタルパート最深部の主砲発令所に送られ、射撃諸元の計算が行われる。

 互いに機関部に打撃を受けているとはいえ、二〇ノット近い速力で接近しているのである。距離が詰まるのに、さほど時間は掛からなかった。

 すでに両艦とも退き際を逸している。いや、自ら退路を断ったと言ってもいいだろう。

 戦艦は、敵の戦艦を撃破するために存在している。

 そのことを、山城とキング・ジョージ五世は自らの行動によって示そうとしているのだ。

 互いの主砲の仰角は、どんどん下がっていく。

 騎馬武者が、あるいは騎士が、槍を構えて一騎打ちをするが如く、砲身が水平に近付きながら相手を指向してく。

 距離一万五〇〇〇メートルは、あっという間に通過した。

 波を切り裂きつつ、二匹の巨獣は相手を撃ち倒すべく接近を続けていく。

 どちらの主砲も、互いが申し合わせたように沈黙している。相手も一撃で決着を付けようとしていることを、理解していたのだ。

 距離一万二〇〇〇メートル。

 沈黙は、ついに破られた。


「てぇー!」


「ファイア!」


 両艦の砲術長が、裂帛の意思と共に号令を下す。

 その瞬間、山城の三十六センチ砲八門が、キング・ジョージ五世の十四インチ砲四門が、吠えた。

 海面に轟き渡る砲声。

 宵闇を切り開く閃光。

 空中で交差する砲弾。

 衝撃は、すぐにやって来た。






 爆炎は、等しく山城とキング・ジョージ五世を夜のインド洋に照らし出していた。

 この時、山城の放った八発の一式徹甲弾の内、実に五発が直撃弾となった。

 一発は第三砲塔を再び直撃。砲塔前盾に極めて浅い角度で激突した一式徹甲弾は三二四ミリの装甲に多大な衝撃を与え、四本の砲身すべての仰俯角機構を破壊してしまった。

 二発目と三発目は共に中央部の舷側装甲を直撃。その内の一発は喫水線付近に命中し、バルジの施されていない脆弱なキング・ジョージ五世の船腹を抉り、多量の浸水を発生させている(後の調査で、これは水中弾だったのではないかと言われている)。

 四発目と五発目は艦前部に命中。第一砲塔のバーベットに歪みを生じさせて旋回不能に追い込むと共に、錨鎖庫の浸水拡大防止に尽力していたダメージ・コントロール班の者たちを根こそぎ吹き飛ばしていた。

 一方、キング・ジョージ五世の十四インチ砲弾も、三発が山城への直撃弾となった。

 一発は後部檣楼を粉砕し、一発は第三砲塔前盾に命中してそこを破壊した。砲塔内部を飛び跳ねるネジによって、砲塔長を含め多数の砲員が戦死。

 そして、最後の一発は舷側の副砲群へと命中。装薬を誘爆させ、山城の舷側から火焔を噴き出させた。

 これにより、山城は第三、第四砲塔弾薬庫への注水を余儀なくされてしまった。

 この砲撃が、山城とキング・ジョージ五世の砲戦に、決着をつけることとなったのである。

 互いに戦艦としての意地を見せつけた新旧二隻の艨艟の決闘は、ここに一つの結末を迎えた。






「……」


 早川は夜戦艦橋に佇んだまま、敵艦の様子をじっと見つめていた。

 敵艦は前のめりに傾斜しながら、左舷に傾いている。速力も落ちており、主砲も沈黙していた。


「……艦長、よくやった」


 阿部司令官の声で、早川はようやく意識を薄暗い艦橋に戻した。


「……ありがとうございます」


 未だ緊張を解く気にはなれないが、ひとまずは区切りがついたと見ていいだろう。

 こちらは四基の主砲塔を失い、右舷中央部では火災が発生しているが、まだ前部の主砲塔二基は健在であり、前部檣楼の射撃指揮所も生き残っている。

 驚くべきことに、これだけの砲戦を繰り広げておきながら、機関部への被弾は一切なかった。爆風によってボイラーが停止したものの、復旧は可能だ。山城の機関そのものは、機能的には未だ全力発揮可能なのである。


「艦長、如何しますか?」


 射撃指揮所にいる砲術長が、尋ねてきた。

 敵戦艦は沈黙している。止めを刺すべきか、判断を仰ぎたいのだろう。

 山城の第一、第二砲塔は未だ油断なく、敵艦を睨み付けている。


「撃ち方止め、だ。本艦はこれより北上し、上陸船団の援護に当たる」


「宜候、撃ち方止め!」


 砲術長は、一切の疑問を挟まずにそう命じた。彼としては止めを刺したいのだろうが、ここは輸送船の安全が優先である。

 山城も満身創痍ではあるが、主砲が一門でも健在な限り、船団護衛という任務は果たすべきだ。

 早川が取り舵と北上を命じようとした時、夜戦艦橋に通信室からの伝令が駆け込んできた。


「武蔵より、入電です」


 ラッタルを駆け上がってきて乱れた息をそのままに、彼は報告した。


「武蔵?」


 一瞬、怪訝そうな表情を浮かべた早川と阿部は顔を見合わせた。


「『遅参、誠ニ申シ訳ナシ。我、之ヨリ貴艦隊ヲ援護ス』。以上です」


「……今さら来られても、獲物を横取りされたようにしかならんぞ、古村」


 苦笑を浮かべながら、早川は呟いた。

 ただ、実際に戦闘の結果がどうなるか判らなかったのだから、第二艦隊としても援護に駆けつけないという選択肢はなかったのだろう。

 扶桑が敵二番艦と相打ちになり、山城もまた傷だらけの状況から考えれば、わずかでも何かが違っていれば英戦艦の方が勝者になっていたかもしれないのだ。

 とはいえ、早川の中に釈然としない気持ちがあるのもまた事実であった。

 彼は海兵後輩が指揮を執る戦艦への色々な思いを呑み込んだまま、山城に取り舵転舵を命じていた。


  ◇◇◇


「結局、我々の援護は要らなかったようですな」


 武蔵の夜戦艦橋で前方の海面を見つめながら、古村啓蔵艦長は呟いた。


「まあ、それは結果論であろう。とはいえ、彼らにとってみれば『今さら来やがって』という気分なのかもしれんが」


 苦笑と共に溜息をついて、近藤信竹第二艦隊司令長官が応じた。

 彼らは今、戦艦武蔵とわずかな護衛だけで、戦場海面に到達しつつあった。

 セイロン島攻略“雄作戦”にとって、戦略的に最も重要なのは攻略部隊の上陸船団なのである。英艦隊がこれを襲撃する危険性を察知した近藤は、第二艦隊の指揮を次席指揮官である角田覚治少将に委ね、自らは武蔵、足柄、そして第二十四駆逐隊の海風、江風、涼風を率いて急速北上することを決意した。

 だが、結局は戦艦同士の砲撃戦には間に合わなかったらしい。


「とはいえ、まだ海戦は終わったわけではなかろう。我々も山城を追って、船団の救援に行くぞ」


「はっ!」


 武蔵以下五隻の艦艇は、今や洋上の廃墟と化したキング・ジョージ五世とウォースパイトの脇をすり抜けるようにして、山城の航跡を追いかけ始めた。






 攻略部隊と英東洋艦隊水上部隊との戦闘は、二十四日の日付が変わる前には終焉を迎えた。

 英東洋艦隊の後衛は、重巡青葉と第一水雷戦隊との戦闘を繰り広げ、青葉、阿武隈を中破させるも、ついに彼女たちを突破して輸送船団に取り付くことは出来なかったのである。

 この時、一水戦司令官・木村昌福少将は砲戦の最中に負傷したものの、信号員が掲げた「指揮官、重傷」の信号旗を「陸兵さんが心配するから」と取り下げさせたという逸話が残っている。






「賭けは、我々の負けだな」


 左舷前方への傾斜を深めているキング・ジョージ五世の艦橋で、サマヴィル中将は呟いた。

 艦首で浸水拡大の防止に努めていたダメージ・コントロール班が全滅してしまった以上、浸水は拡大する一方だろう。左舷への傾斜も、徐々に深まっている。

 完全に、キング・ジョージ五世の脆弱な水中防御が実戦の場で露呈した形である。

 最早、この艦の余命は幾ばくもない。


「参謀長。残存艦艇に、撤退を命じたまえ」


「アイ・サー」


 無念さを滲ませた参謀長を見遣りつつ、サマヴィルは脱力したように長官席の背もたれに深く寄りかかった。

 まるですべての重責から解放されたような、疲労の中に清々しさを感じさせる振る舞いであった。

 傍らのマック艦長は、すでにこの司令長官が覚悟を決めていることを悟らざるを得なかった。

 キング・ジョージ五世も、ウォースパイトも、すでにこの海域からの離脱は不可能なほどの損害を受けていた。


「What goes around, comes around(註:イギリスの諺で、「因果応報」と同様の意味)、というわけか……」


 イギリスの諺を、サマヴィルはぽつりと呟いた。

 ドイツ戦艦ビスマルクを包囲して撃沈したキング・ジョージ五世は、今、日本艦隊のただ中に取り残される運命にある。


「平文で構わん。日本艦隊に、私の名で電文を出せ。本艦とウォースパイト乗員の救助を要請するのだ」


「彼らは、応じるでしょうか?」


「さあ、判らん。だが、何もしなければ三〇〇〇名近い人間が友軍からの救助の望めぬ海面に放り出されることになる。これが、私の東洋艦隊司令長官としての最後の義務だよ」


「アイ・サー」


 マック艦長は敬意を示すように一礼し、通信兵を呼びつけた。

 やがて、「ムサシ」と名乗る敵戦艦から返信があったという。「通信了解。貴艦隊ノ奮戦ニ敬意ヲ示ス」。


「提督は、どうされるおつもりですか?」


 日本艦隊からの返信を受けて安堵の息を漏らしたサマヴィルに、義務的にマック艦長は問いかけた。


「私は、東洋艦隊を壊滅させた責任を取らねばなるまい」


 それは予定調和的な返答であったし、マック艦長の覚悟もまた固まっていた。


「では、小官もお供いたします」


「そうか。すまんな」


 そう言って敬礼を交わし合った二人の海軍軍人は、部下たちの退艦を見届けると、それぞれの個室へと消えていったという。






 戦場を逃れ得たイギリス東洋艦隊の残存艦艇は、後に無類の幸運艦として名を馳せる駆逐艦ジャーヴィスを含めて、わずかであった。

 すでにセイロン島南方は日本艦隊が遊弋しており、彼女たちは危険を承知でセイロン島とインドの間に横たわるポーク海峡を突破してコーチンを目指すことになった。

 この海峡は水深十メートルと極めて浅く、大型船舶の航行は不可能だったのである。

 実際、海峡突破中に軽巡ケニアが座礁、乗員は艦を放棄してカッターでインドを目指すことになった(その後、ケニアは日本海軍に鹵獲され、電子装備などが回収された)。

 一方で、キング・ジョージ五世とウォースパイトの乗員たちは第二十四駆逐隊に救助された後、人数が多すぎるために戦艦山城と扶桑に移送された(ただし、重傷者については武蔵が受け持つことになった)。

 日本海軍の方には、勝者としての余裕があったのだろう。

 山城と扶桑の艦内で相見えることになった日英の戦艦乗りたちは、互いにその健闘を称え合ったという。

 これは、第二次世界大戦における一つの奇跡として、戦後も永く語り継がれていくことになる。

 なお英軍捕虜を含めてあまりに乗り込んでいる人間が多かったため、山城と扶桑ではイギリス側の主計科の人間たちも駆り出されて食事の調理が行われた。

 その際、真偽は不明であるが、扶桑に収容されていたウォースパイトの料理長の調理した食事があまりにも不味かったため、英軍捕虜たちが主計長と料理長を袋叩きにし、それを扶桑乗員が救出するという事件があったという。

 原因は、扶桑の食料庫にあった食材で無理にイギリス料理を再現しようとしたことにあったとか。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 灯火管制を敷いているのか、ぼんやりと島影の見えるセイロン島コロンボは、夜の暗がりに包まれていた。


「弾着観測機の発進、完了いたしました」


「うむ、ご苦労」


 金剛艦長・伊集院松治大佐の報告に、第三戦隊司令官・栗田健男中将が頷いた。

 現在、第三戦隊はコロンボの飛行場へ艦砲射撃を加えるべく、その砲身を陸地に向けている。周辺では、西村祥治少将率いる重巡熊野、鈴谷、駆逐艦谷風、浦風、磯風、浜風の護衛部隊が敵魚雷艇などの出現に備えていた。


「今頃、トリンコマリーの沖合にも第二艦隊が展開していることだろうな」


「はい」


 栗田の呟きに応じたのは、第三戦隊先任参謀の貴島掬徳中佐であった。


「潜水艦からの報告ではトリンコマリーにはR級戦艦が入港したとの情報がありますので、まずはそれを排除していることでしょう」


 理由は不明であるが、空襲で損傷したらしい敵R級戦艦がトリンコマリーに入港したとの情報は、ペナン島の第八潜水戦隊司令部から第一機動艦隊にもたらされていた。恐らく、我が軍の陸攻隊が緊急修理が必要なほどの損傷を与えたのだろう。


「敵戦艦と戦う機会のなかったことが、ご不満なのですか?」


 帝国海軍の十二戦艦の中で、実は金剛と榛名のみ、敵艦との交戦経験がないのだ。それをこの司令官は不満に思っているのかと、貴島は思ったのだ。


「いや、そういうわけでもない」だが、栗田は首を振った。「ただ、随分と遠くに来たものだと思っていただけだよ」


「ああ、確かにそうですな」


 栗田と貴島は、同じ感慨を共有していた。二人は第三戦隊司令官として、そしてその参謀として、共にソロモンの戦場を駆け抜けた経験を有しているのだ。


「地上への艦砲射撃といえば、ミルン湾を思い出しますな」


 帝国海軍は第二次ソロモン海戦に勝利してガ島飛行場を奪還した後、今度はニューギニア島東端のラビを攻略するべくミルン湾への上陸作戦を敢行したのである。その際、上陸前の艦砲射撃を行ったのが、他ならぬ第三戦隊であった。

 陸上では連合軍兵力に圧倒されて最終的には撤退に追い込まれた作戦ではあったが、上陸作戦における艦砲射撃の重要性を、陸奥によるガ島飛行場砲撃と合わせて、帝国海軍首脳部に認識させる戦いではあった。

 金剛と榛名の支援がなければ、ラビ攻略部隊は撤退する間もなく、連合軍によって殲滅されていただろう。


「しかし、今回はその心配はありますまい」


 帝国軍はセイロン島攻略のために、二個師団規模の兵力を用意している。規模でいえば、ガ島に上陸した当初の米海兵隊を上回る兵力であった。

 さらには、海上兵力によってセイロン島を完全に封鎖している。英米艦隊を壊滅させた以上、連合軍がセイロン島に増援を送り込むことは、不可能であろう。

 やがて、昼間の偵察結果に基づき、観測機が敵飛行場上空に吊光弾を投下した。眩い光は、金剛の夜戦艦橋からでも確認出来る。

 栗田は、伊集院艦長に向き直った。


「では艦長、始めてくれ」

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