第5話

 まず尋ねられたのは、今日ヤーヤムが屋敷を訪れてから起きたことだ。とはいえそれは、先に聞き取りを終えている家令の話した内容と大差ない。

「……なるほど、状況はわかりました。家令の話も合わせて、あなた様と彼が犯人であるという疑いは晴れることでしょう」

 ヤーヤムは詰めていた息をやっと吐いて、そう、とだけ言った。

「災難でございましたな。ただひとつだけ……家令が言うところによれば、今日チュアレン嬢はパラスター様との会談をあらかじめ取り付けていらしたとか。一体どのようなご用件だったのでしょうか」

 極秘の要件であれば、無理に聞くのも申し訳なく思うところでありますが、とバンフレッフは付け加えるが、どうやら話さないという選択肢はないようだ。

「バンフレッフ様、この事件は一連の『魔法使い殺し』に含まれるのかしら?」

 質問に質問で返したことに、バンフレッフが気分を害した様子はなかった。おや、というように眉を動かし、髭を捻り、少し考えるそぶりを見せる。

「そうですな……吾輩が拝見したところ、パラスター様の報告書にあった、これまでの犠牲者がたと同じ亡くなり方のように思います。前後の状況から判断しても、ただの付け火や事故とは思えませぬ」

「私も同じ考えです。あれは極めて強力な……魔法によるものだわ」

 惨事を思い出したように、ヤーヤムは自分の腕を抱いて肩を震わせる。

 周りの調度品や内装には燃えた様子が見られないのに、パラスターの遺体はほとんど炭化していた。そんなことは尋常の手段ではとうていできない。

「『高潔』のハランヘッカの件の時には、魔法の訓練や実験の失敗による事故、と考えられていました。しかしその後、老カルヘインが同様の遺体で見つかり、これが何者かによる殺人ではないかとの可能性が出てきたのですな」

 バンフレッフは手元の帳面をめくりながら言う。おそらくそれがパラスターの残した事件に関する報告書なのだろう。

「はっきりとそれに確信が持たれたのが、次の事件、『紅顔』ムーシェスの死亡」

「ええ。そして、今私たちが直面している、パラスター様の殺害……」

 第四の事件、とバンフレッフはつぶやいたが、そこで何かに気付いたように顔を上げた。

「そうか……あなたの兄君、サザーリ・チュアレン様のことが『魔法使い殺し』の最初の事件であるとして、捜査に含まれると決まったのでしたな」

「ええ」

 では五人もの……という言葉の後に何か続けようとした騎士は、はたと目を見開いた。

「サザーリ様は、魔法使いではなかった」

 ヤーヤムは慎重に頷いた。

「兄は半年前……屋敷の庭で死にましたわ。『魔法使い殺し』の被害者と全く同じように。ただその詳細な様子は、あまりにも……公表するにはあまりに、ひどいものでしたから」

 世間に向けては単に自宅で死去、とだけ伝えられたのだ。

「しかしそうなると、『魔法使い殺し』は八人会議の方々を狙ったものと考えられていたのが、完全に覆されることになりますぞ」

「そう……そのとおりです。私がここへ来たのは、事件の真実を探すため」

 兄の死の真相を求めて。


 ヤーヤムが騎士バンフレッフによる取り調べを終えてあてがわれた客用寝室に戻ると、中にはほのかな蝋燭の明かりがあった。

「あなた……一体どこに行っていたの?」

 窓際の椅子に腰掛けて夜空を眺めていたのは、黒衣の男だった。

「別にどこでもない。いても俺は調査に協力できないからな」

「それはそうかも知れないけれど」

 呆れた口調で言って、ヤーヤムは寝台に腰を下ろした。

「少し休むわ。隣にあなたの部屋も用意してくれているから、そちらへお行きなさい。朝にまた合流しましょう」

 男は立ち上がり、扉に向かった。

「そういえば……騎士はあんたが事件の調査を勝手にやるのを、どう判断したんだ」

 体半分廊下に出たところで振り返り、そんなことを尋ねる。廊下には魔法の明かりが灯っているが、相変わらず深く被ったままの頭巾で表情はわからない。

「邪魔をしない限りは咎めないそうよ。ただし、何かわかった場合には知らせるよう求められた」

「ふん……それで、明日はどこへ?」

「他の二人の殺害現場へ。ここからちょうど近い方……老カルヘインの仕事場から行ってみるつもりよ」

「そうか。おやすみ、お嬢さん」

 扉が閉まるのを見届けると、ヤーヤムは革の胴衣と帯を外し、長靴を脱いで揃えて、そうして上掛けの下に潜り込んだ。


 長い一日が明けて、二人はまた辻馬車に揺られていた。何しろ先立つものはヤーヤムが潤沢に持っている、使えるものは使わねば損というもの。

 予定外に泊まりとなってしまったが、近くの溜まりで拾った馬車の御者は、今朝は白髪の老人だ。ヤーヤムは前日の車軸が折れた若い御者について尋ねてみたが、老人は耳が遠く説明しても話が通じず諦めた。

 この分では行き先が伝わっているのかも怪しいところであったが、そこはさすがに飯の種か老人は問題なく目的地まで二人を運んだ。

 到着したのは、王都でも指折りの大店が立ち並ぶ通りだ。金剛通りと街の者が呼ぶとおり、宮廷御用達の店をはじめ、金銀宝石や宝飾品を扱う店がずらりと軒を連ねている。

「カルへインは元々は宝飾品の職人よ。ただ一族の中でも変わり者で、彼には魔法使いとしての側面もあった。魔法の道具を創る研究は人族の間でもずっと行われているけれど、彼は宮廷から出資を受けてそれを進めていたと言われている」

「魔法で動く道具、あるいは誰でも込めてある魔法を引き出せる道具。あれはエルフにしか扱えない技術だと聞いているがね」

 現在人族にできるのは、手にした物品を自らの体の延長とみなして魔法を付与することだけだ。

 まだ店の開く時間には少し早く、通りは閑散としている。辻馬車を降り、二人は路地に入った。

「そういう風にも言われているけど……そうね、私の考えとしては、人族には全く無理なものであれば、エルフから何かしら警告のようなものがあってもいいのではないかと思うわ。それがないのならば、可能性はわずかでもあるのじゃないかしら」

 ここよ、と言ってヤーヤムが足を止めたのは、華やかな表通りから一本裏に入った工房街の一角だ。

 こちらの方は表よりも朝が早いのか、荷を担いだ人や馬、使い走りの子供、職人たちを相手にする行商などでそれなりの人出だ。

「カルヘイン工房。二ヶ月前に老カルヘインが殺害されたあとは、彼の息子と孫があとを継いでいる。ただ、魔法に関する研究の方は終了したみたいね。彼らは魔法使いではないから仕方ないのだけど」

 そんなことを言いながら、ヤーヤムが扉を叩こうとした瞬間、中から慌ただしい足音と、複数の男の声が聞こえて来た。

「おっと」

 ヤーヤムが一瞬体を硬直させたのを、黒衣の男が咄嗟に自分の方へ引き寄せた。さてその判断はヤーヤムにとっては幸運なことで、扉は叩きつけるような荒っぽさで内側から開かれたのだ。

「うわっ!危ないな!なんだってそんなところに突っ立っているんだ?!」

 戸板に強打されるのを危ういところで免れたヤーヤムを、中から出て来た若い男が怒鳴りつける。

「なんだはこちらの台詞だよ、坊主。あんたはこのお嬢さんをその頑丈な扉でぶちのめすところだったんだぞ」

 驚きすぎて固まったままのヤーヤムを後ろに庇い、男はごく淡々と告げる。

「誰なんだよあんたら?こっちは今とんでもねえことに……」

「おい、ルークヘッツ!早く行かないと……悪かったなお嬢さん、何か商用でお越しかな。すまないが、俺たち火急の要件があってね、また出直してもらえるか」

 最初に飛び出して来たルークヘッツと呼ばれた若者の後ろから、やや年嵩の男が顔を出した。

「文句は後でならいくらでも聞こう、何しろ代表のカルヘインが……」

「親父が死んだっていうんだよッ!なんでもいいからどいてくんねえか!」

 ルークヘッツの悲痛な声が路地に響いた。


「今のカルヘイン……つまり二ヶ月前に『魔法使い殺し』に殺害された老カルヘインの息子。死んだ、って一体どういうことなのかしら」

「どうもこうも。老カルヘインの息子が死んだ知らせを受けて、孫がそこへ向かっている。それだけだろう」

 今二人は、孫のルークヘッツと連れの男が工房街を足早にどこかへ向かうのを追っている。

「あなたね、確かにその通りでしょうけれど……ああもう。考えても仕方ないか。とにかく状況を見極めなければ」

 先をゆく方の二人は、どんどん狭い路地、雰囲気の不穏な街路へ入ってゆく。

「どこへ向かっているのかしら……彼らの自宅とは全く別方向だわ」

 ひとつ角を曲がるたびに、より貧しい区画に踏み込むかのようだ。道端にはぼろを纏った物乞いが座り込み、石畳もあたりの建物も傷んで薄汚れ、手入れの行き届いていないのがはっきりとわかる。

「着いたようだぞ」

 見れば、細い路地の行き止まりが幅の狭い水路になっていた。水位は低く、両岸から投げ込まれるごみが至る所に溜まり、ただでさえゆるい流れをますます澱ませている。

 水路の両側には人だかりができていて、ルークヘッツと連れの男は物見高い野次馬を荒っぽくかき分けてゆく。あとをついて人垣を抜けると、煉瓦積みの急な斜面がある。

 その手前側、水路の底にある何かを、人々は見物に来ているのだ。

「ああ……」

 うめき声をあげ、ルークヘッツは膝から崩折れた。

「間違いない、親父だ……」

 ヘドロ混じりの水底に体半分浸かり、血塗れで横たわるのは、亡き老カルヘインの名を継ぐはずの息子、ダヤナレンだった。

 

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