Бродяга=さすらい人

「ジョー、拾ってきたぞ」

「あぁ、いつも助かる」


 小さな作業台に向かって、青年は呟く。ガチャガチャとうるさく床に置かれたのは、様々な機械の部品だ。戦地では多くの機動召使が延々と壊れ続けている。味方の機材も無限ではないので、戦場に赴いた技術者がこうして修理して使うこともあった。


「こら! 丁寧に置けと毎回言っているだろう!」


 技師の腕は大切なので外に出ることなく守られながら過ごしている。しかし戦いに出る奴は粗暴で無骨な者が多く、何度言っても慎重に扱ってはくれなかった。肌より硬いので、このくらいでは壊れないと思っているらしい。


「それよりいつものくれよ。命張ってオレたちが拾ってやってるんだぜ?」

「あー、はいはい。ウォッカならそこだ。好きに持って行け」

「Спасибо(スパスィーバ)!」


 男たちは下卑た笑いを残して去っていった。機動召使研究をしているのは飛鳥(あすか) 丞(じょう)という日本人。しかしここはシベリア、ソビエト連邦軍の駐屯地だった。丞がソビエトに渡ったときはまだ大日本帝国とは仲が良かったのだが、それがこの体たらく。そのころは十三年ほど前になるので、自分が六歳のときだ。


 幼少から変わらず、めっぽう頭が冴えたので、逆に両親からは気味悪がられてしまっていた。機動召使という概念すらない時代に、完璧な機械工学を叩き出したのだ。とある大学教授から才能を見初められて、その人とソビエトに渡るか日本に残るかの二択を迫られた。丞はとても迷ったが、彼とともにこの極寒の地へと移住したのだ。


「さて……」


 丞は一粒のチョコレートを口に含むと、拾ってきてもらったパーツへと目を遣る。機械の部品では味方とか敵とか関係ない。使えるものを使うだけだ。敵陣で使っているものの状態が良好であればそれを使用するし、使えなければ友軍でも捨てる。

 機械は都合がいい。人間のように情で会話をしないし、記憶も簡単に失くしてくれるからだ。寄せ集めの体でも、命令さえあれば従ってくれる。


「さすが綾小路。デザインは凡庸だが、細かい部品は丈夫だ」


 綾小路産業の名前は、ここでも轟いていた。単眼ルーペを瞼に挟んでまじまじと見るも、自社製品よりも傷が少なかった。シベリアに渡ってすぐ研究に取り掛かった丞は、九年間の結果が認められ、シベリア機動召使マニュファクチュアの技術職として引き抜かれていた。


「工場が分かれると質が落ちるって逐一報告してるんだがなぁ」


 機動召使工場は、この広い大地に複数ある。働き手が違うと品質にも影響するのだ。そもそも合わせようという気がない。作れと言われたから作っているだけで、誇りもクソもない。


「消耗品だからな」


 この国では彼らは愛されることはない。機動召使は丞の子どもみたいなものだ。からくりからヒントを得て、自ら動く機械を作り出した。彼は、機動召使の産みの親だった。


 人々の生活をより良くしようと考え出したのだが、それがいまはどうだ。戦争の道具にしかなっていない。それどころかこれらは戦火を巻くと忌み嫌われ、遠ざけられている土地も少なくなかった。歯噛みすることもあるが、それでも研究ができるだけマシだ。きっと日本に残っていたら愚鈍な親によって才能は摘まれていた。


「これは、……ⅡB‐SAか? 日本軍にも酔狂なやつがいるもんだ」


 逡巡しながら頭陀袋(ずだぶくろ)を漁っていると、見知った顔が出てくる。帝国への輸出が禁止されているのは世界でも知られていた。その規制がかかってからのモデルだ。良く知っている。ⅡB‐SAは、丞がモデリングした。こんなところで帰ってくるとは、気恥ずかしさも感じる。

 バストアップしか残っていなかったが、状態も良く感動するほどだ。体は踏み潰されたのだろう。


「何か、噛んでいるな?」


 出てきたのは、櫛の一部。強い力で噛んだのか、つげにヒビまで入っていた。歯も欠けており、これでは髪を梳くこともできない。羽毛も少し付いていた。

 取り出して見てみると、見覚えのある箔が押してある。左三つ巴に羽根の家紋だ。


「西園寺……眞子都?」


 懐かしい名に、想いを馳せる。丞がシベリア行きを渋ったのは、彼女の存在があったからだった。泣き虫だけど真っ直ぐで、誰にでも笑顔を見せる女の子。


 気付いたらペンを執っていた。国際郵便だが届くだろうか。いまは敵同士だが、どうにか言い含めれば何とか送ってはくれるだろう。君の機動召使で合っているだろうか。自分は君のために、彼らを作り続けているんだ。





「手紙?」


 だいぶ弱ってしまったが、食事は摂れるまでに回復した。メアリが甲斐甲斐しく世話をしてくれて、匡祐や他の同僚の女性たちも代わる代わる様子を見に来てくれているおかげだ。


 そんな折、眞子都に国際郵便が届いたと言う。海外に知り合いはいないはずだが、誰からだろうか。


「丞 飛鳥……?」


 どこかで聞いたことがあるような、ないような差出人だった。本当に自分宛なのかと確かめてみたところ、はっきりと自名義にインクが滲み込んでいた。訝しみながら中を開けて見ると、衝撃なことが書いてある。


「ツバサ――!?」


 幾星霜の挨拶には目をくれず、唯一信頼できる文字を見つける。ⅡB‐SAと機動召使名称で書かれていたが、見分ける方法もあった。櫛を、持っていたのだという。


「どうしたの、マコ?」

「ツバサが……」


 怪訝そうにメアリが覗き込んだところ、眞子都が潤んだ瞳で嗚咽を漏らそうとしていた。この奇跡を伝えなければと必死にもがいている。


「この人が、持ってる、って」


 丞からの手紙は、無事に届いた。問題は眞子都の記憶が曖昧だったことだ。眞子都と丞は幼いころに会っている。それも幼馴染で、家も近かったのだ。


「飛鳥って、開発者の……?」

「かい、はつ、しゃ?」


 この気持ちをどう表現していいか分からず、うまく発音できない。そこにいるのなら会いたい。が、国際ということは海を渡らねばならない。


「少し落ち着きなさい。手紙を寄越しているのなら、きっと悪いようにはしないはずよ」


 メアリは手紙を引っ手繰って、友人の代わりにきちんと内容を理解しようとした。飛鳥 丞はⅡB‐SAの原案兼、全世界の機動召使の開発者である。名前くらいは知っているが、ソビエトに腕を売ったいけ好かない男だと勝手に思っていた。


「飛鳥は機動召使開発の第一人者よ。ⅡB‐SAも彼の発案。日本人だけど、いまはソビエトにいるわ」

「ソ、ビエト……」


 極寒の地だ。寒さはまた、眞子都の大切なものを奪っていく。不安でどうしようもない眞子都を、何度も宥めるようにメアリは続けた。


「彼は六歳のときにソビエトに渡ったわ。いまは十九だと聞いているけれど……マコとは知り合いみたいに書かれているのだけど、そうなの?」

「どう、だったかしら?」


 自分よりひとつ年上のようだが、その話が本当なら自分が五歳までには出会ったことになる。そんな幼いころの出来事を覚えているかと問われても、思い出せるか自信がない。眞子都は細い指を顎に遣って、栄養の足りない頭を必死で動かす。


「飛鳥 丞のこと、覚えてない?」

「丞……」


 ただぼんやりと、海外では苗字と名前の表記が逆になることを思い出し、どこかで引っかかる枝を流さないように必死に手繰り寄せた。

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