第五か条

天に召します我らが父よ

 その年の夏は暑かった。戦争の火がそろそろこちらにも飛んできているからだ、と勝手に思っている。相次ぐ食糧不足で騒動が起きたりしている中、綾小路産業はやはり不況を知らないのだろう。眞子都もまた電話交換手として忙しくしていた時期だった。


 春に社長として就任したメアリから、そんな折通達がある。自社の機動召使を、すべて戦闘用に切り替えるというのだ。


「戦闘用機動召使か……。さらに忙しくなるかもしれないな」

「そうなんですか?」


 その後匡祐とは上司と部下の関係戻ったが、親しさに変わりはなかった。そもそもいまからその関係は続いていくようなものだ。眞子都の髪も伸び、いまでは匡祐と同じくらいになっていた。


「帝国が戦争に本腰を入れるんだよ」


 眞子都の職場には、メアリの計らいで先日から女子用制服が支給されている。檸檬色のワンピースにサンチュールを巻いたものだ。更衣室も設置され、女性に優しい世界へと切り替わろうとしていた矢先だった。

 匡祐と隣に並んで掲示板を見ていたが、人が集まってきたので自分たちの部署に戻ることにする。その道中でも仕事のことで話は続いていた。


「取引先が変わる可能性があるから、電話も多くなるだろう。他の部署の手が回らなくなって、書類の束が送られてくるぞ?」

「う……、それはたいへんそうですねぇ」

「ふっ、まぁ、気楽にやればいいさ。世の中仕事だけじゃないからね」


 相変わらず送り迎えは続いていたが、肩の力は抜けて身近に接することができるようになっている。いまの季節は朝でも暑い。膝下スカートは袴よりも涼しかったが、空気が通り抜ける感触がして心許なかった。

 そんなことを考えていると、空気を引き裂くような喚声があがる。


「マコ!!」

「メアリ……?」


 久しぶりに友人の声を聞いたので正面の廊下を見ると、すごい勢いで詰め寄って来られた。隣に禰宜はいない。急いで来たのか、珍しくひとりだった。

 肩をしっかと掴まれて、それでも報告ははっきりと伝えられる。


「正輝おじ様が、見つかったそうよ……!」


 働くにあたって、保証人をメアリ名義にしてくれていた。仕事中何かあれば、彼女がまずは受けてくれる。喜ばしいはずなのに、友人の顔は晴れない。むしろその逆で泣きそうな表情をしていた。顔色もとても白い。


「お、父さま、が……?」


 走ってきたのか息が荒い。一瞬の逡巡を見せたがメアリは唾液を嚥下して、苦しい顔をしながらも続けてくれる。


「残念だけど、……亡くなっていたそうよ」

「――っ」


 眞子都は息を呑む。急いで考えを巡らすが、理解が追い付かない。朗報と訃報が同時に来て、呑み込み切れなかった。その血の気の引いた顔を見て部下を愛する心からか、堪らず匡祐が話題を遮る。このままでは卒倒しそうだった。


「社長、それはいまでなければいけないのですか?」

「いまじゃないとダメ! マコ、急いで戻りなさい! 屋敷が改められるわ!」


 その叫びの意味が示すのは、愛する機動召使が見つかってしまうかもしれないということ。父の訃報の衝撃も束の間、眞子都はメアリの手を振り切って、急いで踵を返す。それは、それだけは認識できる事態だった。


「ツバサ!」


 絶対に失ってはいけない、大切な相手なのだ。いつの間にやら覚えた社内図は、こういうとき遺憾なく頭脳を廻り発揮してくれる。

 一度足を止めたものの、メアリも後ろから駆けてきてくれた。隅々まで探してくれたのだろう。自分より体力が付いているはずなのに、この徒競走では眞子都のほうが遅かった。


「車を出してるわ! 来栖は戻っていて!」


 苦い顔で匡祐は頭を掻いて、元気な娘ふたりを見送った。心のままに生きていてほしいとは思うけれども、残されたほうは堪ったものではない。焦燥は彼にだって浸透してくる。あとできちんと説明をしてくれよ、と戻ってくるように願いを掛けた。


 車に乗り込むと今日は文治ではなく専属の運転手に、西園寺家へ走るように言い付ける。窓の開いた車内で、矢継ぎ早にメアリから詳細を聞かされた。少し走っただけなのに汗が吹き出し、気分が悪い。


「正輝おじ様は、芸妓と蒸発したでしょう? 先日無理心中したらしいのよ。そのご遺体が見つかって、ついに西園寺の爵位が危うくなったの」

「そう」


 しかしそれよりもツバサが気になる。残念だが父は後回しだ。どうにか見つからないでと願うばかりだが、複数人で捜索された場合は助かる可能性が薄くなる。そしてメアリは、もうひとつ良くないことを忠告した。


「もし機動召使が見つかった場合、とても危険よ。間違いなく戦争行きになってしまうわ」

「戦争!? だって、ついこの間だってそんなに影響はなかったのに!」


 それに、戦闘用になるのは新しく生産になる機動召使だけではないのか。メアリの令状にはそのくらいしか書かれていなかった。しかし従業員にはそれでいいのだ。華族で働いているのなんて眞子都くらいしかいない。


「急激に路線変更したのよ。それだと新しい生産分では足りないの」


 もっと早く伝えておけば良かったと、メアリは歯噛みする。眞子都に言い付ければⅡB‐SAはどこかに仕舞い込んでくれたかもしれなかった。それよりも、もしかしたら綾小路家で安全に保管できたかもしれない。

 許されない大罪でも、友人のためなら可能にできるかと考えて、それでも彼女は頭を振った。いいや、できない。悲しいけれど、国に逆らうことはできなかった。

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