僕らは一緒にドクペを飲む

伊織千景

僕らは一緒にドクペを飲む

「僕らは一緒にドクペを飲む」

                 

                 伊織 千景


空前絶後拍手喝采大銀河合衆連合大国連邦のカタブラ・アルハンブラ第一国家主席大統領首相が大銀河キャバクラのナンバーワンホステスであるピカリちゃんたっての願いを聞いてノリと勢いで国家機密的なボタンを押したことで、世界は一回滅びました。カタブラ・アルハンブラはちゃっかり生き残りました。

カタブラ・アルハンブラ第一国家主席大統領首相は、その大失態によって第二国家主席大統領補佐となりました。これは私達の時代の感覚でいうところの、大統領から大統領補佐になる程度の処分です。世界を滅ぼしておいて何故? と思う人も多いでしょう。しかしこう考えると納得がいくかもしれません。世界が滅びた後なんだから、大統領とか大統領補佐とか正直なんの意味もないでしょう? 会社が倒産したのに「ワシは社長なんじゃ」というくらい馬鹿げていることはないでしょう。そもそも会社がないんですから。言ったもんがちというわけです。じゃあなんで、カタブラ・アルハンブラは第二国家主席大統領補佐なんてポジションに収まったのでしょうか。どうせならもう「全能神」とか名乗ってしまえばいいのではないでしょうか。しかしそうも行かないのです。なぜならカタブラ・アルハンブラ以外にも生き残った人間がいたからです。


「アルハンブラ、喉乾いた」

「へへぇ! ただいまご用意します!」

「なにこれただのサイダーじゃない! ドクペ持ってこいドクペ!」

「しっ、しかしピカリさま! この脱出ポッドにある自販機にドクペなんて存在しません!」

「あぁ?! じゃあテメエで作れ第二国家主席大統領補佐!」

 世界が滅びるボタンを押した際、ちゃっかり生き残っていたのはカタブラ・アルハンブラだけではありませんでした。その場に居合わせていたピカリちゃんも、ちゃっかり脱出ポット的なものに乗り込んで生き残っていたのです。

「し、しかしピカリさま。なぜドクペなんですか!よりによってマイナーすぎやしませんか! コーラとかサイダーとかオレンジジュースとか、そういうメジャー的な奴ならこのアルハンブラでも何とかなりそうですが、ドクペってあんた、ちょっとあの味再現するの難易度高すぎやしませんか!」

ピカリちゃんは、必死に陳情するアルハンブラをじっと見つめていました。

「つまりあれか、カタブラ・アルハンブラ第二国家主席大統領補佐はあれか、ノリと勢いで世界が滅びるボタンを押しておいて、更にその場でションベン漏らして腰抜かしているところをこの「全能神」ピカリ様に助けてもらったおかげで今まだ呼吸ができているのにあれか、ドクペの一つも作れないというのか。そうかそうか、ふーんそうか。それじゃあ別の選択肢を与えてやろう」

「ほっ! 本当ですか!」

「宇宙服なしで人間が何秒間宇宙空間で生存できるかじっけーん!」

「ドクペ作りますドクペでお願いします!」

「わかればよろしい」

「しかしピカリさま、リアルな話、なんでドクペなんですか?」

「ああん?!」

「い、いえ作りますけど、その理由が知りたいなぁ、なんて」


ピカリちゃんは少し悩んだ後、なにか遠い目をしながら話をはじめました。

「小学生の時、プール帰りによく駄菓子屋に寄ってたんだ」

「駄菓子屋、ですか」

「ああ、お小遣いはいつも百円で、お菓子を数個とジュースを一個買って食べてた。ジュースは七十円で、瓶を返せば十円帰ってくる。だからお菓子は四十円分。あんこ玉とか、ビックハムカツとか、よっちゃんとか、キャベツ太郎とかと一緒に食べてた」

「いちいち渋いチョイスですね」

「いちいち文句言うやつだな。んで、プールの近くにあった駄菓子屋、そこだとなぜかドクペだけ五十円で売られてたんだよ」

「あっ……それっていわゆる在庫処……」

カタブラの言葉はピカリちゃんのボディーブローによって遮られました。

「瓶を返せば四十円。六十円も浮けばもう一つ分だけお菓子が買える。そりゃドクペ飲むわな。でもくっそまずいんだあれ。なんというか、フリスクと砂糖が一緒にフラダンスしてるような味じゃん? でもガキだからお菓子食いたいじゃん? だからいつも飲んでた」

「ゲッホゲッホ、そうだったんすか」

「だからドクペ飲むと思い出すんだよ。小学生の頃、くっそ暑い中自転車漕ぎながらプールで泳いで、皆で駄菓子食いながら笑ったあの時をな」

 ピカリちゃんは体に巻いた毛布をギュッと握りしめていました。世界が滅びてから、世界は大きな黒い雲に包まれて、いつも冬のように寒くて、暖房機能がついた脱出ポッドの中でもとても寒かったのです。


 カタブラは思いました。こんな悲しい顔を女の子にさせるべきではない。それの原因が例えその子がノリと勢いで自分に世界を滅ぼすボタンを押させたからといえどもです。それからカタブラは一生懸命調べ事をしました。カタブラはアホでしたが、自分がアホであることを知っていて、かつ自分以外のアホじゃない人間を最大限利用する賢さを持っている人間でした。

カタブラは脱出ポッドについていた高機能人工知能に現状を打破する方法を調べさせました。

ドクペを飲むための方法①一から作ると大体二千年位かかる。コレではダメです。ドクペを飲むまでに軽く二十回近く輪廻転生をしなければなりません。ドクペを飲むための方法②悟りを開いてドクペを心のなかに生み出す。コレもダメです。あくまで飲みたいのは実際に存在するドクペです。それにピカリちゃんは悟りとか開けなさそうです。

最後に出た方法はこうでした。③タイムリープ的なサムシングで全てを二十年分やり直す。ただし一切の記憶は消え、人生を一からやり直しになる。

つまりコレは、こういうことでした。二十年時間を巻き戻し、今までのことをすべてなかったコトにするということです。これで確かに世界が滅びたという出来事もなかったことに出来ますし、ドクペが存在する世界も復活します。しかしそれは同時に、カタブラが血の滲むような努力の末、第一国家主席大統領首相になったという事をなかったコトにするということでした。そしてピカリちゃんとこうやって話をしたということも、なかったコトにするということでした。しかしカタブラの答えは決まっていました。


そして夏が来ました。

いつものように光ちゃんは自転車を漕いで、アスファルトからの照り返しでばかみたいに暑くなった道を行き、皆で市民プールでひとしきり泳いだ後、いつものように駄菓子屋に寄りました。そこには珍しく見ない顔がいました。坊っちゃんカットで育ちが良さそうだけれど気が弱そう。そんな男の子に、光ちゃんは声をかけます。弱そうな坊っちゃんは、おどおどしながら受け答えしますが、小学生なんてすぐに仲良くなるものです。二人はすぐにロケットモンスターの話題で意気投合して仲良くなり、一緒に駄菓子を買って、一緒にドクペを飲んでまずいと顔をしかめました。

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