第10話

「・・イリス、何しに来たの?」

 シンイチが去った扉を見つめ、タオルを巻いたまま湯船に入ろうとするイリス。

「アリスと同じよ、背中を流して上げようと思っただけ。そしたらアリスの服があったから」急いで脱いだらしい。

(それにしても水着も着けないなんて)恥じらいが無いのだろうか。

 湯船でタオルを取った体は自分とは少し違う、成長の違いがこんなにも。

「ジロジロ見たって代わって上げないわよ」

「たった4年か5年の違いじゃない、大して変わらないわ」

 そう、たった4・5年の違いで妹は女の体になった。これからも彼女は成長し続けるのだろう。

 こんな時、自分の体が普通じゃ無い事に気付かされる。

 喉の甲状腺・子宮胎盤など女性らしくあるべく存在する器官、[調整]で体を作る事は出来ても自然に成長した姿とは違う。

 人形として愛される事を拒んだ姿が今の姿なのだから、綺麗じゃなくても自然な姿を、人工物の体でも人間として傍にいられる自分を見せたかったから。

 だから理想の体じゃなく、自然なこの体を好きでいて欲しい。

 それでも日々女性らしくなるイリスを見ると、自分が時間に取り残されているような気持ちになる。熱い筈の湯船で体が震え、喉が乾く。

(負けたく無い、このまま全てを失うくらいなら)

「私を選んでもらうから」そうしたらきっと、普通女の子の体になった自分は誰かに引け目も無くシンイチの傍にいられる、一緒の時間を生きて行ける。

「・・もしも、アリスの目的が・・体なら・・体だけなら、あげてもいいわよ。」

「何言ってるのよ」心を見透かされたような寒気が私の天秤を揺らす、そんな事出来るわけが無いから二人で決めたのに。

「私はシンイチの傍にいたい、この体のままでもいいの。好きなの、諦められないの」

 手足の機肢ならシンイチは気にしない、不便とも不自由とも思わず傍にいてくれる。

 それでも「完全な体になったら絶対諦められないから、それが解っているから」

 選んでもらう、だれも怨まずシンイチに選ばれた方に体も思いも托すと決めた。

 もし普通の女の子になっても、そこにはシンイチはいない。そんな気持ちで生きていける筈が無い。

 (だって、それは心が、自分の心がシンイチに届かなかったって事だから)

 体じゃない、中身で負けたって事だから。そんな中身で負けたのに、

今更体で彼を奪うのか。

「ごめん・・・でも」負けない、呟きの声は小さくイリスは湯船から出た。

 私もそろそろ出ないと逆上せてしまう、私だって負けない。



「熱いんだか寒いんだか」あの後30分、走ってダンベルあげてバーベル上げて走る。

 窓を開けて冷やしながら体を虐め、なんとか落ち着いてから熱熱のシャワーで汗を流すもう寝よう・・・・

 人型に膨らむベット、枕を抱きかかえて丸くなった隙間から溢れた金色の髪。

「ひとのベットを堂々と占領して・・」いつもならサクラが丸くなっている場所に別の存在が占領している。

「起こすべきか・・それとも起こすべきかそれが問題だ」

ん・・「ふぁぁあ・・んん、眠いんだから早く帰って来なさいよ」

 目を細め欠伸するイリスがオレを確認して目を合わす。

「話したい事があるならベットを盗らないでよ、ほら、起きて起きて」

 体を起こしてあげようとした手を掴まれ、そのままベットの中に吸い込まれた。

 人肌に温くなったベットの中で、パジャマ姿で待ち構えたイリスに捕まった。

「起きないから・・一緒に寝よ?」

 ベットから上がるイリスの香り、お風呂上がりでそのままベットに潜り込んだような、シャンプーの匂いと混ざるイリスの香り。

「空気が寒いから、早く」

 ベットの怪人に体を包まれ、柔らかく暖かいベットに押し倒される。その温もりと、匂いに逆らえず仕方無いから諦めて横になった。

「まっっったく、しょうがないなぁ」

 甘えん坊なのか?独り寝には少し寒くなったとは言えこの歳で添い寝して欲しがる。

「・・シンイチはドキドキしないのね、やっぱり・・」

「少し前まで一緒に寝てたんだ、ドキドキなんて」兄妹みたいな仲でそんな事、

「こういうのじゃないと、やっぱり駄目?」シーツの奥から取り出した薄いピンク、 殆ど透けているくせに白いフリルの付いた・・・

 あの叔父さんは本当に何を考えているんだ、自分の娘に外国映画とかで見る寝具を。

[ネグリジェ]とか買ってくる親が世界のどこにいるんだ。

「そんなの着て寝てたら簀巻きにしてオレは床で寝る、そんなのは・・駄目だ」

 誰かに見せるのも、オレが見るのも・・駄目だ。

「ほら、もう寝るから」電気の明かりが声に反応して徐々に落ちる、フリルは取り合えずベットの脇へ、そして盗られた枕は自分の頭へ。

 腕を枕にされて痺れる、それでも直ぐに眠気が勝つのは安心できる相手だと解っているからだ。(少しでも意識するなよ、オレ。でないと絶対眠れない)

 目を閉じ部屋の暗さに意識を放す・・・腕のしびれが・・不動にしている体が・・

体のあちこちが緊張と硬直で痛くなって来た。

コンコン・・「起きてる?」意識を起こす声に目が開いた。

 暗い部屋に廊下の明かりが入り人影が顔を覗かせた。少し顔を動かすだけでその姿が確かめられる位置、でも今の状態で起きている事がばれるのはまずい。

 小さな人影が部屋に侵入し、1歩ずつ近づくとゆっくりとベットに手を入れた。

(・・アリスも添い寝しに来たのか・・本当に)まだまだ子供だ。

 暗い部屋に入り込んだ星明かり、薄目で影を確認すると影の輪郭が細い。

「ってタンマ!タンマ、待て!フリーズ!」

 部屋の明かりが声に反応する、ベットの脇に立つ人間の姿を浮き上がらせ予想は確信に変わり事実だと証明された・・・枕を抱えた薄紫の透け透け寝具に身を包んだアリスが驚いた顔で立っていた。

 下着の色形まで解る透け模様、添い寝じゃなく夜這いだ。

「シンイチ・・うるさい・・ってアリス?なんて格好してるのよ!」

「これは・・これは元々そういう寝具よ!寝るときに着る物を着てどこか問題があるの」

 問題しか無い、そんな格好で真夜中ベットに潜り込むのは・・問題・・だろう?

「それより、イリスだってなにしてるのよ。」!「ちょっと」

 ベットの横に掛かるネグリジェを見つけて布団が剥がれた。

 大丈夫だよ、僕達は健全だ。ほっとした感じのアリスはそのまま剥いだ布団に入り、横になって目を瞑る。その顔は[絶対動かない]そんな覚悟を決めた女の横顔だった。

・・・・

 所で右には半裸に近い寝具の少女、左にも年頃の綺麗な女の子を寝かす思春期男子。

『キス以上はするなよ』と彼女達の父親に言われてその夜にこんな状態、大丈夫だと思いますか?

・・・・・・翌朝には答えは直ぐに出た。

 焼き立てのクロワッサンのバターの香りと人参ポタージュの湯気が上がる朝食、

目の前には怒りをこめかみに目の光りは殺意の漂う獣の眼光。

「可愛い娘達と同衾して喰う朝食は美味いかい?」

 猛獣に睨まれた雛鳥は身を小さくして目線を逸らす、彼女達の家にごやっかいしている身分で言訳のしようも無いが・・・・「たいへん美味しゅうございます」

「それは良かった、後幾つで最後の晩餐になるのかはキミ次第だからね、私の我慢の限界がそう遠くない事を解ってくれた上で、『美味しくいただきたまえ』」

 限界が来たら、後は崩壊するのみ。感情のダムが崩壊した暁には周囲の者を巻き込んだ大惨事になることだろう。

「・・・などとは言っているが、二人がキミの寝床に潜り込んだのだろう?それなら キミは被害者だ。胸をはって無罪を主張すればいい」

 ただしそれは冤罪の無い優しい世界での理、裁判官も弁護士もいない、検察だけの 屋敷では無罪主張も控訴も無い。

 試験も校則も無いなら、夜中に運動会をしたって怒られ無いんだ。正し有罪!即刑罰。ハハハ・・細く弓なりの目に揺らぐ光りを見逃すな、奴はまだ怒りを携えている。

「で・・?据え膳はどうだったんだい?自慢の娘の肌は柔らかかかったかい?」

「触ってもいませんよ!ただ昔みたいに一緒に寝ただけですよ」

 据え膳なんとかは掻いてもいい恥じだ、少しくらいは触った事になるのだろうけど、

それを口に出したら猛獣を繋ぐ鎖を解き放つような物。

(叔父さんに殺されたくは無いから、お風呂の事は絶対言わない)

「でも少しくらいは触ったりしたんだろ?肩とか腰とかくらいは」

 明らかな誘導尋問には答えられ無い、黙秘権を行使する!

 二人の姉妹は朝が遅い、ゆっくりと目を覚まし少しの朝食で血糖値が上がるまで半分寝ている状態が続く。逆に最愛の娘を持つ父親は眠れなかったのか血圧を高くして、

血に飢えた獣のようになっていた。

「おかしい・あの寝具で押し倒さないなんて・・キミは同性愛者か?それとも不能か?」「やっぱりアノ透け透けを買ったのはアンタか!なんて物を娘に着させるんだよ!」

 もしかして二人がネットで購入とかの可能生も考慮したんだ、なんで娘に誘う下着とかを与えるんだ、間違いがあったらどうするんだよ。

「美しく可愛い我が子が、奥手な少年を誘いたいのならばと。親心だよ・・・そうか透け透けは見たんだな?」ニッコリがこんなに恐いものだとは、巧妙な誘導に引っかかり心臓が跳ね、脇汗がシャツを濡らす。

・・・・・

「まぁいい、私としては彼女達が全力を出せるようにしてあげるだけだ。

 悔いの無い全部を出し尽くしてアピールするんだ、キミはそれに答えてやりなさい」

 その後『もう一度言うよ、私の前でキス以上は許さんからな?』

ならあんな小さい水着とか透け透けを与えるなよ、柔らかいんだからな。


 授業の間も左右から挟まれ掴まれた手が熱い、強制的に意識を仮想世界に持って行かれるが、匂いとか触感は現実の感覚が残る。

 ふにふにで暖かく花のようなシャンプーの香り、勘弁してつかぁさい。

 昼の授業は普通の着心地の良さそうな服だった事で油断した、食後には叔父さんのいる前でお風呂に誘われ、獣の慟哭のような「行ってきたまえ」の言葉で断る事出来ず。

 下半身の熱はもう諦めた、多分バレてると思うし。

 カチカチの部分に時々鏡越しに視線を感じるが、そんな水着で混浴を迫るから悪い。 柔かな背中を泡まみれにし、指先・足先までスポンジて泡立て、首筋や脇とおへそ、それ以上は無理なのだ。それなのに二人は争ってオレの背中を泡立て、首筋から胸・足の指から腰の下まで洗ってくれる。

・・・照れるくらいなら硬い所を触らないでよ、どうしようも無いんだから。

 男なんだもの、可愛いい女の子と混浴すれば誰だってこうなるんだ。

(二人して凝視しない!そこはいいんだ。指を伸ばさないで!)

 

 昔、男には三本目の足があった。それは古代遠くまで狩りに足を伸ばし、山を越え谷を渡り二本の足では疲弊してしまう環境だったからだ。

 今の世なら杖のような役割の足だ、それがやがて農耕や定住生活で必要無くなり徐々に退化して膝上の小さな軟骨状の骨を残す限りになったのだ。

 世の中には膝下まで三本目の足を残す雄もいるから、つまりそういう事なんだ。

 風呂上がりには二人の体を拭いてから、もう一度冷水を浴びる。風呂場に残った二人の残り香が冷水の意味を無くす事に気付く為に、何分も冷水シャワーを浴びる事になる。

 そうそして風呂を上がると、自室に籠る風呂上がり特有の女性の香り。さすがに透けてはいないが、可愛い白とピンクのパジャマで、にこにこと待ち構えていた。

「こう言うときはトランプだ」少し遊んでから後の事は考えよう。

・・・女の子って寝るときは胸の下着は着けないんだな、と思った。


 行く河の流れは止らす、昨日の河と今日の河は違うらしい。

刻一刻と河の水は海に流れ、戻る事は無い。

 人間は、人間の気持ちはどうなんだろう。

 昨日好きだった気持ちは今日好きな気持ちとどこか違うのだろうか。

 姉妹の愛情とアリス・イリスへの感情は変化するのだろうか。

 3人で寝るようになって数日が過ぎた、ムラムラと寝苦しい熱を抱え、隣では甘いような吐息と「んっ」「んぁ」「あんっん」と聞こえる度に硬くなるオレどんな夢を見ているんだろうか。

 いっそ僧侶にでも転職しようかってくらい、悟りが欲しい。

 下着が汚れて目を覚ましても、二人が寝てるのは救いだろうか。

(駄目だ・・本気で駄目だ。唇とかほっぺとか・・あと胸とか)油断して寝ている彼女達の体を触ったら、口を付けたらと思うと限界が近い。

 絶対後戻り出来ない事が本能で解る。

 そんな精神防衛のギリギリの状態で、その日の朝を迎えたんだ。

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