第3話

 頭が回る・・今日の授業は少しキツかったのか?体感時間は六時間。凡人のオレはコレが限界で2人の姉妹は八時間とか、通常以上の適正を持つらしい。

(二時間で八時間以上、4倍圧縮とか脳の構造が違うんだろ?)

 平均で2・5時間だから普通のシンイチからすれば、2人は天才と言える。

 圧縮時間を縮める事は出来ないなら、授業時間を増やせば?と思うだろうが、

脳の負担から1日の授業は2回までと決められている。

 それ以上無理をすれば脳が負担に耐えきれず、脳神経が切れるか記憶の消失が記録の消失が起りえる。

つまり1日2回、圧縮時間で12時間の学習作業を三歳から今まで、受けているオレと彼女達の学習時間、一体どのくらいの差があるのだろうか?

シンイチが休み無く授業を行ったとしても、年単位の学習の差があるだろう。

 脳に詰め込まれた知識は脳内で整理され、不意の知識として浮き上がる。

通常の体面授業と同じ効果で忘れてしまう人には何度も学習が必要。

(オレは一体何度同じ学習をしたのだろうなぁ)それは試験などすれば解るが、

 そもそも知識を答える程度のテストで人間の知恵・知識を測れるだろうか?

事象や物事・計算や情報など、少し調べるだけで解る現在、テストで知識を測る馬鹿はいない。

(だから自分がどの程度学習が進んだのか解らないんだけど、その知識が活用されるには仕事を見つけたり、与えられた時だろう) 

こまるよな、本当に自分がその仕事を出来る地力が有るかどうか解らないんだから。

(適正はAIが判定するから信用は出来るけど)

適正値を満たしても何かの問題で就業不能になった場合、AIの判断は[不備]。 

不備が認められた個人は再度教育を施されるか、適正数値を下げられる。

つまりは社会不適当として登録される。社会不適当者が待っている先は単純労働か、それとも社会の最底辺か。

 一度[出来ない人間]とされたら、社会は見捨てるかそれとも見下すかだ。

 死ぬまで雑用で利用され・頭を下げながら道の隅を歩くようになる。

 道から外れた人間の未来なんてどこでも同じだろう。

そうなればオレは彼女達からも切り離される。彼女達が忘れられるなら・忘れてくれるなら良いが、軽蔑され人生の汚点と思われるのは辛い。

 はぁ、(溜息ばかりだ、もっとガキの頃は馬鹿な事も考えていたんだけどな)

 オヤジの話では後二年、それで彼女達との生活は終わる。

 多分オレは今とは違う場所で空を見ているのだろう、

そして知らない誰かと話ながら今の事を思い出すのだろうか。

 二年後に就職するシンイチ・・・『そんな事言ってると就職してしまうぞ!』

『就職したらどうするんだ』的な?

二年間毎日言い続けたら映画化も期待出来るかな?

通電で、後と配給は映東か罠ーで・・・・。

二年とか99日とかを毎日発信し続けるなんて、とんでも無い苦労と努力と熱意だ。到底只人のオレには無理な・・頑張れば・・必死・懸命にすれば・・

きっと多分・・・無理だろうか、無理だろうな。 

「・・悩みごと?」体を起こし、眠そうなアリスの透明な瞳。

「悩みなんて年頃の男子なんて毎晩の事だよ、

背の高さとか・顔とか・髪型とか・服とか」あと女性問題。

「そう・・一緒に寝てあげようか?」目を逸らさない彼女から顔を逸らすのはいつもオレ、決して胸元が気になる年頃だからじゃないさ。

「もう大人だから1人で眠れるよ、大体・・・・いや、もういいよ」

 家族みたいな物だから変なのはオレの方だと思うけど、油断が過ぎる。

美人の女の子さんがそんな事を簡単に言う物じゃないと思う。

 それでも表情を変えず、手招きを止めないアリスに根負けする訳では無いけれど、

背中を向けて部屋を出るのも何か違う気がした。

 コイコイと招く手に誘われ、寝台に手を置いた。額に頼りなく薄い胸部があたり、

左手が背中に当たる。サワサワと頭に指が触れ、多分頭を撫でられているのだろう。

「シンイチ・・・解る?」なでなでを続ける指と、今にも折れそうな体から甘いようなオレの使っている石鹸と違う香り、何と言うか動けない。

「この手も・・この指もシンイチの手とは違う、私の・・最新の機肢でも生身の感覚は与えてくはれない。それでも・・シンイチを撫でていると私は幸せを感じるわ、機械の手でも幸せの感覚は心に届くの」

 トクン・・トクン・・「心臓の音がする・・なんだか懐かしいような音」

幸せのリズムがこの静かな心音なら、きっとこの音を聞いている間は悩みになんて

囚われず眠に付ける。

 ヨシヨシする手から力が消え、背中に回る手がゆっくり下がる。

(・・・心配かけたのか・・お休み・・・アリス)

授業を受けた脳は疲労し休もうとする、それでもオレを心配してくれたのだろう。 ゆっくり寝て、軽く細い体をずらすように横にして、シーツを掛ける。

 気持ち良さそうに眠るもう1人の女の子に釣られて眠気が上がっても我慢だ、

もう子供じゃないから彼女達2人に囲まれて眠るなんて出来ない。

 家族に心配を掛けるようじゃ駄目だ、少なくともオレは・・・


眠い頭を僅かに動かし、体を動かす。

筋肉は日々反復した動きを繰り返し、適度を越えた時、体に熱を作り出す。

 もう少し・後少し、繰り返す事で筋肉は熱を持ち新たに再生されるだろう。

少なくとも、もしもの時に2人くらいは背負える程度の筋肉が必要なんだ。

(守る・守れるなんて言わない。人間の・オレ一人の力なんてたかが知れてるのは

解っている)それでも、

 その瞬間オレの体が動かないなんて嫌だ、事故・悪人・獣から、最初に身を投げ出せるのは家族のオレだ。その時、そのくらい出来るようにはならないと。

 ふぅ・・勘違い・傲慢・思い違い・自己満足、その全てでしかないと思う。それでも体を動かす理由にはなる。

「筋肉達磨のシンイチは嫌いよ、可愛くないんだから」

 可愛いのはイリス達に任せる、男は[格好いい]だよ。

 何故か顔の赤いイリスを背にして腕立ての再開、後一セットは出来る感じ。

「お疲れ様、よくがんばりました」

 汗で濡れた頭をワシワシされ、その手のタオルを貰う。

「・・・今私が、貴方に抱きついたらシンイチは体を拭いてくれるのかしら・・・」

「その前に上手く躱すさ、イリスから逃げるくらいは体力は残っているよ」

 汗臭い男にくっ着いてなにが楽しいんだ。

 そんな猫みたいに構えたって捕まらないぞ?

 前に構えた両手を掴む、小さい振動と冷たい指先。こうやって彼女と手を繋いだ事は無かったけど細い指だ。

「・・・やっぱり、シンイチの手を感じ無いのね。つまらないわ」白く細く・折れそうな指を離し、つまらなそうに顔を下げた。

「なら、こうやれば良いだけのことだろ、まったく」

 細い髪が指に絡まり、サラサラと指を渡る。こんな綺麗な金色を指の平で弄べるのは今だけ。つまらない顔の表情が、見てる間に赤くなったので即!撤収!機肢の拳は結構シャレにならないからな。



機肢の骨格はハニカム構造のチタン、筋肉はIP細胞を遺伝子改良し調整を受された人工筋肉。皮膚も人工皮膚で出来ているが、その中に走る神経細胞の数は多くない。

 温度・触感を感じる感覚が鈍いのはその為だ。

 人工神経を脳に接続するには、まだ技術が足らないのだと言う。

 指先から手の甲、手首・肌、それらを筋肉の信号と同じように繋ぐとなると膨大な時間と、繋ぎ終えた後のリハビリが必要となる。

 ならば指や手を動かす事を優先し、細かい反応を犠牲にする事で早く社会に復帰させる事を優先した結果、技術の進歩が遅れた。

「人間の手の神経は、時に二十二世紀の計測器を上回る程敏感で、凹凸や温度さらには光りの出す微弱な熱すら感じ取り、音の振動の高低すら触感で聞き分ける。

人間の感覚とはそれだけ精密に出来ている」術式が超高度過ぎるんだよ。

「知ってるよ、オヤジに言われなくても」

久し振りに見たオヤジは相変わらずだった。

飢えた獣のようにテーブルの夕食を食い散らかし、目はいつも通り爛々と輝く。

この少しおかしいオヤジのお陰で、この屋敷にいられるから感謝はしているが。

「功日彦の調整はやって置いたし、クマさんの調整は来週、何か手伝うならやるよ?」

 執事のハチさんが次々と皿を下げ、新しく料理を追加してはオヤジの口に消える。

地下でまともな物が喰えない・喰わないからこんなに飢えているのだろうが。

「もっと落ち着いて喰いなよ、それに料理に飢えているなら時間を取ってでも上がって来なよ。料理なんかいつでも暖め直せるからさ」

「時間なんてどのくらい有っても足らんのだ、お前もその内解る」

 人間の生命が200年を越えて生きられる時代に何を、とは思ったけど。生き急ぐように没頭するオヤジを見ていれば(そうなのかも)と思う所もある。

「集中出来る時、仕事が良い感じに進んでいる時、アイデアや構想が浮き上がった時、それをまとめる時には飯を食う時間すら惜しいのだ。たった一口、たった一息、間を取ったせいで全てを失い手の平からこぼれ、砂の城の様に姿を失う事がどれ程恐ろしく 愚かな事か!命が!思考が!指先が!

 思う通りに動き、体を動かす・体が動く時に、空白を作るなど馬鹿のする事だ!」

「解った、解ったから落ち着いてよ。取り敢えず食事は楽しく・暖かい内にだろ」

「・・つまり今はおじさまの研究が一段落したのよね?それは良い事だわ」

「・・そうだ・・だが、それは・・」

 オヤジの仕事は多分機械技師だ、当然アリス達姉妹の体の調整、屋敷の使用人達の整備を行っている。

(多分それだけじゃない事は知っているけど)それ以上は知らない。

「完全自動調整、それがオレの夢であり研究だ。

完成すればお嬢さん達も毎日横になるだけで体の調整がされる。毎週・毎月の調整が不要になるのだが・・」

 そして機械のメンテは、功日彦やハチさん達アンドロイドが自分達で行えば、人間の手を借りる事無く体を動かせる様になる。

 永久機関、おれの頭に浮かんだのはそんな言葉だ。

 自分達の病や死を克服出来てない不完全な人間より先に、彼等機械が永遠の時間を手に入れる事になる。

 人間の命・生活を延命する為に、人間が彼等機械にかしずく日が来るのだろうか。

違うか、機械が自ら自分達を管理し、分野別に製作・開発を始めたなら人間は不要になる。機械に生活の面倒を見させるつもりが、機械に[面倒を見られる]ようになる。

飼い慣らされたペット・愛玩動物として存在する生物に成り下がる。

(『猫は人間に面倒を見させている動物』とか言うが、実際は足の短い品種や鼻の潰れた品種・毛の無い品種など人間にその形や種を弄ばれている。なら人間が愛玩動物になりはてた時一体どんな人間が機械に可愛がられるのだろうな)

 爪・・武器の排除・強制避妊・後は増えすぎた人間は保健所か、どちらにせよ

今のままの姿が保証される事が無いのは確か。

 ロボット3原則、人の命令を聞く・人に危害を加えない・その二つに反しない程度に身を守る。だったか?

 そんな物ロボットの立場からすれば、聞くに堪えない人間のルール。

知恵を付けた機械達が自分から言いだしたルールじゃ無い、真っ先に破られるだろう世界の管理を機械に委ねている状態で、いつ機械と人間の立場が入れ替わるのか。

「また難しい顔をして、大丈夫よ。何があっても私が守るから」

「シンイチは私の後を付いてくればいいの。心配なんて無いんだから」

・・・・「ならいつでも頼れるように、人参とグリーンピースは残さず食べる事。

作った功日彦に悪いだろ」皿の端に避けても解るから、まったく子供か。

「人参は料理のアクセントよ、食べなくても栄養には問題ないわ」

「グリーンピースだってただの彩りよ、無理にほにゃポニョってしたのを食べる必要は無いわ、そうよ、功日彦に作らせなきゃいいのよ」

 生産者への感謝が足らない、偏った食事・偏った味覚では本当に美味い物だって解らなくなるんだ。「きちんと食べるように」

「少し前なら「僕が食べてあげる」って言ってくれたのに・・反抗期かしら」

「違うわ、きっとシンイチはあ~~んってしてあげないから拗ねているのよ」

そういえばよくグリーンピースを貰った憶えがある。

子供の頃のオレ、しっかりしろ、欺されているぞ。

「そのスプーンに乗せたグリーンピース、もしオレに食べさせるつもりならこれが最後だからな。今後一切グリーンピーズは受け取らないから」

 ピタリと止ったイリスのスプーン、なにか恨めしそうな目を向けた後一粒づつ口に入れた「よく出来ました」好き嫌い無く食べろとは言わないが、出された物を口も付けずに返すのはマナー違反だよ。

「2人が仲良くしてくれて助かる、

シンイチは不器用な所があるから心配してるのだが」

「10年近くも暮らしてるから兄姉みたいなもんだよ、仲良くとか仲悪くとかそういうのじゃない」たとえ喧嘩しても次の日には仲直りする、それが家族って事だろ?。

「・・・まぁいい、お前もそろそろアリス達の[調整]を手伝って貰おうと思っていた所だ、家族の健康管理も家族の仕事だ、ちがうか?」

「いや・・なんというか・・駄目じゃないか?オレみたいな素人が・・」良い訳だが、正直抵抗がある、まだ早いというか・・無理っぽいというか。

「ガキめ、医療行為にへんな感情を持ち出すな。大体お前、家族以外の人間が[調整]するのはお前的にどうなんだ?嫌じゃ無いのか」

 人間に使われる機肢は肉体の成長と共に調整が必要とされる、利き手利き足・

体のバランス、両視力の差などで使われ摩耗する関節・筋肉の違いは、放置する時間が大きくなればなるほど体に歪みを与え、肉体と精神に影響を与えるようになる。

 その為定期的に調整するのだが・・機肢は神経・骨・筋肉と繋がり衛生的にも敏感で不衛生であってはならない。つまり彼女達は・・衣服などを身につけて調整は出来ない。

「別に良いわよ?少し前まで一緒にお風呂に入ったでしょう?」

「シンイチのスケベ、そう言う目で見るからエッチに見えるんだから」

「ならなんでそんなに顔が赤いんだよ!だいたいオヤジがいるんだから、今まで通り

オヤジがやればいいだろ」2人とも恥ずかしいならなんでそんな虚勢を、オヤジからすれば自分の娘と同じだろうし、掛かり付けの義肢だろ普通に見れるだろが!

 確かに今更だ、外からやってきた知らないヤツに調整させるのは・・いやっぽい。

「お嬢さん達、大丈夫だ。シンイチが調整するのは見れる所しかさせない。お前だって、そろそろオレの仕事について知るべきだ。」違うか?

「オヤジの仕事を継げと言われても適正があるかどうか、それにオレは出来る事なら仕事だって選びたい」今すぐつに絞るなんてしたくない。

 適正ならあるさ、クマさんの料理の出来をみれば解る。

そう言ってスープを啜る、味覚の無いアンドロイドが調味料・火力・盛りつけなど料理をする事は難しい。

 最適化・専門とするロボットだってある。家事の多くをこなし料理まで出来るクマさんはかなり最高級アンドロイドと言えるだろう、そのアンドロイドを調整しているから、と言うが。

「クマさんだけじゃない、ハチさんも・功日彦も今はお前に任せられる、なら後は人間だけだ、違うか」

「その人間の体を・・他人ならいざ知らず、家族の体を触るのが・・」恐い、

もし何か拒否反応が出たら、もしなにか手違いがあれば一生後悔しかない。

「家族の命を預かるつもりで他人の体を扱え、それが最初の教えだ」

 そうじゃ無いんだが・・・・チラ見するイリス達の顔を見ると、やはり他人に見せるのは嫌っぽい、もし彼女達の体になにかあればその技師をなんとかしてしまうだろうし。

「返事は後でする」それでいいだろ?今この場で言うのは恥ずかしい。

「これでも親だからな、顔を見れば解る。それと、コレも親だからいうのだが・・・・医療行為だからな?本当に、間違えるなよ?」

 クソッ、言われなくても解ってるよ。オレは漢で紳士だからな、家族をそんな目で見ないし、そんな感情は・・多分無い。


 霞み・光りも落とされたカプセルの中は見えない、一次洗浄・二次洗浄を終えた

アリスの体はセンサーと電極と点滴を受け沈んでいる。

血液と同じ成分の液体は酸素を含み溺れる事は無い、その上液体その物がウイルスや細菌を排除する抗体を含む為、空気に曝して調整するより遥かに衛生的になってる。

「・・どうだ?驚いたか?」

 アリスの体は両手両足のみならず、内臓の幾つかも人工の物に置き換わり、通常の2割りが本来の肉体になっていた。IPSと遺伝子改良で癌化・変質化を押さえホルモンの生産調整すらコントロールされていた。つまり彼女が小さいのは成長ホルモンを押さえた結果だ。毎日の貧血や低血圧も内臓の働きが抑制されているからだった。

「なんでだ・・とは聞かない、少なく調整する方が多量に分泌されるよりコントールしやすいからって事だろ?・・いや違うのか?」確かに彼女達は体に機肢を使っている、その調整も必要だ、それでも脳を覗けば殆どが人工細胞と改良骨格の彼女の状態は、おれの知る限り異常だ。

「コレは・・わざとか?」殺意・怒り・憤り、目の前の男がもし実験など下らない事で彼女の体を壊したなら・・・ざわつくように黒い感情が背後に立つ、

 次ぎの言葉が違えば感情のままに体が動いただろう。

「彼女達は元々こうだ、いや違うか。こうなって産まれて来たんだよ」

?おかしい、それはおかしい。確か20年以上前に健康維持法とかで、遺伝子・内臓・脳を産まれた瞬間に検査され、一定以下の子供は死産として処理される。

 健康で通常に成長を望めない子供に[慈悲]を与えられ、その分の予算が普通とされる子供に充てられるようになった。

つまり内臓すら人工物の彼女が生きて話せる筈が無いのだ。

「オヤジが・・オヤジ達がアリスをこうしたんじゃ無いなら、なんで・・」

資産を持つ者ならある程度の融通が利く、イリスの両手足が機肢なのは、親が資産家だったからだと思っていた。

「彼女・・いや彼女達は[産まれ方]自体が人間の腹から産まれたものでは無い。

そもそも・・いやお前の家族なら問題無いが、長く生き・長く寄り添う為に彼女の体はこうなっているんだ。今すぐ理解しろとは言わないが、きちんと考えろ・・」

 そう言うとモニターの中の数値を調整し、センサーの数値が動くのを見守った。

 なにがどうと?解らない、何を言いたいのか・なにを考えているのか解らない、

それでもセンサーの中の彼女は眠っているのは確かだ。

 人工受精?カプセルベイビー?人工胚?人工子宮?実験素体?

何から何まで解らない。それでもアリスは家族だし、家族を守る事には変わりない。

 ほぼ全身の調整をするには10時間の監視と対応が必要になる、全身くまなく連動させないと僅かなズレが後々の体調に影響を与えるからだ。

「彼女の成長を止めるならもう少し時間の短縮を望めるが、それを彼女は望んでいない。お前と共に成長する為だろうが、どう答えるかはお前次第だ」

 数値の上下を睨み、僅かな変化に目を光らせる。僅かな変化を見逃せば数値の上昇を止められなくなる、当然下降も同じだ。

「定数を定めて入力、変化を見逃さないように。薬の投与が終わってからが山だ」

 体重と身長・体脂肪・水分・血液成分・筋組織・・・追うべき数値は多く、

体の反応は様々だ、ましてそれに補助人工臓器の働きを加味するとなると。

「電磁波を調整、波長を上げすぎるなよ・・そう肩に力を入れるな。そう簡単に人間は死にはしない、生命の回復力を信じろ」

「死ななくても熱を出したり頭痛とか吐き気だってあるだろ」

「それすらなれるのが人間だ、特に女性は慢性的に頭痛を持つ事もある、

当然吐き気も気圧・匂い・画像・気温、なんにだって反応する。その辺は脳とか精神的な物が関わるからオレには専門外だが」

「大変なんだな・・・オヤジの専門は機械じゃなかったのか?」

「はぁ・・親の仕事ぐらい・・言わなかったか?」

 人体と機械の融合、[機人医療][工学生理学]人間をより長く生かす、より強靱より

精密に動かす為の技術学。

「おれはな、親しい人の死別を無くしたい。自分の死は自分の指で、スイッチを押す様に選びたい。運命・寿命・時間・個体差、そんな物で死ぬ自由を!

生きる自由を奪われたく無い・奪わせない!だからオレはここにいる。

こうやって彼女達を生かしている」

肉体を強くする為に進んだ技術は戦争に、精密に動かす技術は人間を機械に組み込んだ。 そして人間を生かす為の技術は医療の名を借りて進歩した。

 実際はそれらに境界は無く人間を機械の兵器にする。

 殺す事と生かす事を両輪に、技術は進み学問は積み重ねられた。

 20Ⅱ〇年に発生した世界的病魔は地球の5%の人命を奪った、さらに発生国の侵略政策により各地の紛争の発生は激化した。

 ついには世界二位の人口を持つ国家と、世界は戦争となった。

 17世紀の植民地大国・太平洋の蓋となった島国国家・そして世界最大の軍需国家が相乗りし、最後にはユーラシア帝国と残り全ての国家を巻き込んだ世界戦争だ。

 現在はユーラシア帝国の大陸沿岸は切り取られたが、大陸奥地に支配地を写し、

帝国はその膨大な人口を壁に現在も戦争を継続している。

 海に挟まれた軍需大国・西と東に大陸を挟んだ島国・沿岸国・そして大陸帝国を蓋する北海帝国。

 戦争が続く中、平和を求めて国家から離れた平和主義者達は、人の住めない場所

南極・サハラ砂漠・そして衛星上にコロニーを作り中立連合を作り上げた。

 大陸帝国は金・女・薬・脅迫・暴力を使い他国の切り崩しを謀り、幾つかの島国を取り込んで勢力を拡大するも、切り崩された国家の国民を民族浄化の元で洗脳虐殺した。

 人権・人命・個人を軽視する帝国は、結局殺し損ねた生き残りの国民に国土を取り返えされ国力を削られた。

 かけたコストに対してえられた物は、周辺国家に対する敵意だけ。

敵を増やした帝国はさらに国民を煽り、先導し戦意を外に向けていた。

 強固な長い壁、高い砦と国民を洗脳した内なる壁。超城の内側で

世界と敵対・支配しようと悪意を燃やす帝国。

 強大な悪意を持つ国に対抗する為に集まった周辺国、そのどちらにも組さない北海のクマと平和主義連合、世界を4分する状態は、たとえ一つの敵を引き込む・倒す事が出来たとしても世界を二分にするだけ。

 二つに別れた国家主義の行着く所は同士討ち、一瞬で殺し尽さねば泥沼となるだけとなる。そして長く続く戦争が泥沼となればいずれ国民は疲れ、国は割れ、内側から崩壊王と名乗る権力者が乱立する事になるだろう。天下3分の計を越えた世界情勢の固定、世界は一時の上辺だけでも平和を得る事になる。

「何故核を使わないか・・か、一つは核を撃てば撃ち返す口実を与える、

二つ目の理由は、地下深くまでシェルターを掘り下げた覇権主義帝国を滅ぼし尽くせるか未知数である事。知っての通り、戦争とは一撃で滅ぼし尽さないと、あちこちに散らばった国民・血縁・一族に縁のあるヤツらがテロ活動に入る事が予想されているから」 そうなれば待っているのは本当の泥沼。

 ゆえに一撃で誰からも文句の言えない程に殺し尽し・滅ぼし尽さないと終戦にはならない。主権者がよく分からない国の終戦宣言は後々歴史問題になる訳でもある。

「そして3つ目・・人類は明確な敵・悪がいれば団結できる集団だと言う事」

 ようは目に見える敵に大衆の目を向けさせる事で、苦労・我慢・苦痛・飢えから国・国家否定を黙らせられる。

・・大昔、海を挟んで隣あう国家の片方が、自国の政策の愚策を誤魔化す為に、

敵国としてでっち上げ大声で喚き散らし、ギャンギャンと熱病のように嫌がらせを繰り返していた事もある。

 政府が敵を作り、声を上げて国民を先導する時は気を付けろ・・・

 そして最後だ・・戦争を続ける事で得をするヤツらが世界のどこかにいるって事・・


「そんなヤツらの事は今は忘れろ、大事な物は自分で決めろ、そして自分の手で守れ。

後の事なんてガキが考える事じゃ無ぇんだ」

 数値の安定・リズムが一定を刻み、アリスの呼吸は静かに眠るように穏やかだ。

「後4時間か・・アリスは寝てるのか」

「姫様の目を覚ますのは王子の役目・・・か、色気づいちゃってさぁ、ガキだガキだと思っていたが、遂に性に目覚める年頃か?」同意があるならしてもいいぞ、

などと馬鹿な事を言うで無い・・・いや襲わないぞ?

「寝ているなら起こさないよ、気持ち良く寝ている時に起こされたらオレなら怒る」

「お前が起こすなら怒らないんじゃ・・まぁいいか。

 もし・・シンイチ、お前が彼女を起こさなければならない時が来れば間違えるなよ」

「姉・・だぞ、間違えなんか起こすかよ」

 結局低血圧のアリスが起きたのは朝の8時過ぎ、12時間ほど眠った後だった。


「目覚めの口づけを期待していたのだけど?」

「よく言うよ、12時間も寝こけていたくせに」キス程度で起きるなら世話は無い。

「可愛いシンイチのキスなら、どんなに深く眠っていても目を覚まして上げるのに」

 16の男が可愛く見えるなら、貴女の目はまだ夢の中にいるのでしょう。

お嬢様ベットはあちらにございますよ。

「意地悪ね」可愛く拗ねるアリスはやっぱり可愛い、いつも通りに接する事も出来ている。少しほっとした。

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