第4話 Septender,2001 ③(アイギスの風邪)
翌日、アイギスは学校を休んだ。朝の会で担任の先生が風邪だと言っていた。季節の変わり目は体調を崩しやすいから気を付けてくださいね、先生はそう続けた。
ぼくは残念だった。頭から離れないこの疑問について彼女と話したかったのだ。なぜぼくらが違う身体なのか、なぜぼくらはそう生まれてしまったのか。彼女ならばバカにせず、ぼくの疑問について一緒に考えてくれるはずだった。午前の授業は何も頭に入らなかった。給食のカレーライスを平らげるとぼくは、また友人の誘いを振り切って図書室に行った。
図書室には司書の先生以外誰もいなかった。先生はぼくに怪訝な視線を送る。ぼくは背中に刺さる視線に怯えながら昨日と同じ書棚へと向かったのだが、目当ての本がない。昨日、アイギスと一緒に選んだ数冊の本が一冊もなかった。戸惑いながらも、ぼくはその隣にささっていた類書、表紙に裸の男女が描かれた本を取って隅へと逃げた。
書かれていることは昨日の本と殆ど同じだった。なので、なぜこのぼくがアイギスがこの身体に生まれついたのか、そのことに対する回答はなかった。途中のページで目についた成人女性の裸のイラストではそのぷっくりと膨らんだ乳房と腰回りを見ていると、胸のうちがざわざわと苦しくなりペニスが充実してゆく感覚を覚えた。その充実がぼくの胸に哀しみを呼ぶ、
この性欲のせいで沢山の人間が死んでいっている。
「おい、昨日から何読んでるんだよ」
声をかけられて、ぼくはクラスメイトが連れ立ってきていたことに気がついた。突然付きあいの悪くなったぼくに対して憮然とした表情を浮かべていたが、開いているページに描かれた女性の身体を見て、下品に顔を歪めた。おい、俺らにも見せろよ。クラスメイトの中でも一番身体の大きなやつが、そう言ってぼくの隣に腰を下ろした。本を奪い取る。彼の隣にもう二人が座る。
「うっわ、えろ。おまえ、へんたいじゃん」彼は裸の乳房を紙の上から撫でた。
「お前一人で読んでたの?」
アイギスの名前は出せない。ぼくは消え入りそうな声で肯定した。友人たちは紙に穴が空きそうなほど熱心な視線を注ぎ続け、ページをゆっくりとめくってゆく。彼らの関心を引いたのは、やはりマスターベーションについてだった。
「おい、誰かやったことあるやついる?」友だち二人、そしてぼくは首を横に振った。
「じゃあ今日、家でやってこようぜ。で、明日はその報告会な」
「きみたち、読むなら席の方で読みなさい」
司書の先生がそこまで来ていた。僕らの読んでる本を眉に皺を寄せながら眺めている。慌てたクラスメイトは、やべえ、と言ってぼくに本を投げ返して、走って逃げていった。先生は走らないでと声をかけたが、彼らはそのまま走って消えていった。
投げられた本はぼくの足先の床に落ちていた。手を伸ばせない。伸ばすことができない。先生が腰を屈み、本を手に取って表紙を眺めた。埃をはらい、本を手渡してくれる。
「今日は××ちゃんと一緒じゃないのね」
先生はアイギスの名前を言った。アイギスは風邪で休みです、ぼくはそう答えた。
「本、きみも借りるなら受付にきてね」そう言って先生は受付に戻って行った。ぼくは顔を真っ赤にしながら本を書棚に戻すと、小走りになって図書室を後にした。
アイギスは翌日も学校に来なかった。一方でぼくは、やたらと絡んでくるクラスメイトたちから一日中逃げ続ける必要があった。隙を見せると、彼らはぼくに昨日の夜の報告をしてこようとする。ぼくは、そんな話は絶対に聞きたくないと思っていた。そんな努力も虚しく、放課後すぐに教室から走り逃げようと考えていたのに、ランドセルを奪われてしまった。
ぼくはずっと俯き顔で、両隣から肩を組まれて彼らと一緒に歩いていった。行く先は、河原だ。そこに何があるかは、知らない。ただ、クラスメイトたちは下品に笑っている。
……連中から解放されたぼくは、真っ直ぐアイギスの家に向かった。胸のうちが、箸でぐしゃぐしゃに割った木綿豆腐のように崩れていて、今にも涙があふれてしまいそうだった。
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