5、

 

 

 どうにかマリアンヌを黙らせた王太子が、コホンと一つ咳払いをした。


「と、というわけでだな。ドリアンヌ、お前との婚約は破棄する。私達の関係はもう無いものと思え。そしてお前は私を騙した罪で国外追放だ。帰って荷物をまとめよ」

「はあ……あの、それは決定事項ですか?」

「そうだ!」

「国王様や両親の許可は?」

「そんなもの後で言えばいい!とにかく!私はこれ以上お前と婚約者で居る事が耐えられないんだ!一分、いや一秒でも早く終わらせたい!」

「ではしかと承りました」

「だからいい加減に……うん?」

「かしこまりました」

「それはつまり、婚約破棄を受け入れるという事だな?」

「そうですわね」


 出来ればちゃんと書面とか用意して解消したかったのだけど。

 破棄ってことだから、そんな段取り必要無いのだろう。


 パパっとこれにて終わりって事でいいんだろう。


 私はニッコリと満面の笑みをたたえて王太子を見た。──なぜそこで顔が赤らむのか分からないのだけど。ほら、マリアンヌが肘で小突いてますよ。


「婚約破棄は確かに承りました。まあこうなってしまっては、お互いにその方が良いのかもしれませんね」

「う、うむ、そうだ。……まあお前がどうしてもと言うのなら、側室くらいには──」

「ですが国外追放は受け入れられませんわ」

「してやっても……って、へ?」


 なんか凄い気持ち悪い提案が為されようとしてましたが。

 私はそれを遮って言葉を続けるのだった。


「私は国を出る事は出来ません。やらねばならない事がありますので」

「ふ、ふざけるな!王太子である私を騙していたのだぞ!?」

「騙していたというか、隠していたというか……とにかく、王も公爵夫妻も知ってる事ですから。王太子である貴方が知らずとも、私が国外追放になるいわれはありませんわ」


 キッパリ言ってやると、王子の顔が見る見るうちに赤くなる。


「何を言っている!お前は王家の血筋と言うものが如何に重要か知らんのか!連綿と受け継がれてきたこの尊き血に、どこの者とも分からぬお前の不浄な血を入れられると思うのか!?」

「は?私の血筋はちゃんとしてますけど?」

「それは私が決める事だ!王家というこの国最古で純血の王族たる、この私が!!」

「は……」


 もう駄目だ。こらえきれない。この王子はもう駄目だ。


 言葉を失っている私に、マリアンヌが叫ぶ。


「血筋が分かってるって言ってもどうせ大したものでもないくせに!この国ではね、王族こそが最高の血筋なのよ!そして!その次に偉い公爵家の娘である私の血こそが王家に嫁ぐに相応しい!王妃に相応しいの!あんたの穢れた血で汚すんじゃないわよ!!」


 彼女が生まれてからずっと。

 姉妹だった。仲良くしてきたと思った。


 そんな妹に、まさかこんな暴言を吐かれる日がこようとは。


 なんだか情けない。


 私は複雑な思いで俯くのだった。


「今更泣いても遅いわよ!国外追放が嫌だってんなら、そこに土下座しなさいよ!騙してごめんなさーいってね!」

「そうだ、まずは謝れ!」


 マリアンヌの提案に、王太子も乗っかる。


「床に頭こすりつけて謝れば……そうね」


 少し思案するマリアンヌ。

 すぐにその目が輝く。良い事を思いついたと、悪戯を考える子供のように。愉悦の光が浮かぶ。


「そうね、下女として雇ってあげてもいいわよ?」


 卑しい身の上のお前にとっては、それでも最高の待遇でしょ?


 そう言うマリアンヌの顔は、とても醜いものだった。


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