第7話 菓子
千代から差し出された袋を受け取った俺は、中身が気になったため訊いてみることにした。
「これは何だ?」
「わたくしたちが住む地域で有名な和菓子とお茶になります。ぜひ、お召し上がりください」
返事をしたのは千代ではなく紫音だった。
――っていうか待て、菓子だと?
勇者として旅をする中、一時的に滞在した貴族の館で食べたことがある。
この世のものとは思えない甘さに、多大な衝撃を受けたものだ。
それに菓子といえば、思い出せることがもう一つある。
貴族の館にて、俺が菓子を気に入ったことに気付いたのか、その侯爵家の子女であるレリアナからよくお茶に誘われた。
国一番の美少女と名高い奴だったんだけど……向こうからお茶に誘ってくる割には、いつもつまらなさそうにツンツンとしていた。
恐らくは当主から指示を受け、勇者である俺を嫌々ながら侯爵家に囲い込もうとしていたんだろう。
彼女には申し訳ないことをしてしまった。
閑話休題。
何にせよ、菓子がつまらない物だなんてとんでもない。
この上ないお礼だ!
俺がちらちらと袋に視線を向けているのに気づかれたのだろう。
紫音は小さく笑った後、言った。
「アルス様さえよろしければ、そちらを食べながら、お話しいたしませんか」
「……そうするか」
「それでは、私がお茶をお入れいたしますね。紫音お嬢様とアルス様はそのままでお待ちください」
立ち上がり、準備をする千代。
しかしすぐに彼女は動きを止めた。
「どうかしたのか?」
「ここには水道がないので、どうしようかなと思いまして。お茶を淹れるにはお湯が必要なんです。近くに井戸や川はあったでしょうか……」
「湯が欲しいのか? なら――ウォーター、ファイア」
魔法によって、瞬時に大量のお湯を作る。
すると二人は目を見開いた。
紫音が尋ねる。
「ア、アルス様、今何を? 術式が展開されたようには見えなかったのですが」
「術式? 魔法を使うのに、そんなものは必要ないだろう?」
「魔法? 一部の選ばれた人間にしか扱えない魔法を、アルス様はお使いになられるのですか?」
「ああ」
「すごいです……」
紫音はキラキラとした目で俺を見つめてくる。
向こうの世界では、誰もが魔法を当たり前のように使うため、ここまで驚かれるとは思っていなかった。
まあ、俺が扱える魔法の種類が多いのは確かなんだけど。
と、そんなことより、重要なことがある。
「それより、早く菓子を食べよう」
「は、はい。今お茶を淹れますね。……念のため、急須は持ってきておいて正解でしたね」
千代は独り言を呟きながら、茶を入れてくる。
向こうではあまり見ない、緑色をしていた。
そしてお茶の横に置かれるのは、丸々とした小さな茶色い何か。
これが菓子なのだろうか?
「これは何だ?」
「お饅頭です。そのまま素手で頂いても大丈夫ですよ」
「わかった」
紫音から許可をもらったところで、ぱくり。
「――――!」
その瞬間、俺の体に衝撃が走った。
ほんの少し弾力がありつつも、スッと歯が通る柔らかさな食感。この生地だけでも格別の美味だが、中にあるざらざらとした舌触りのそれを噛むと、想像を絶する甘さが口いっぱいに広がり、圧倒的な満足感を得ることができた。
続けて千代が淹れてくれた茶を飲むと、こちらは想像と違い苦みを感じたが、むしろその苦みが口の中をすっきりさせ、さらに饅頭が欲しくなるという幸福の永久機関を生み出していた。
「――美味い」
感慨深くそう言うと、紫音はくすくすと笑って言った。
「お気に入りいただけたようで何よりです。たくさんございますから、好きなだけお食べください」
「じゃあ、ありがたく」
その後も、饅頭という名の菓子を幾つか食した。
それを食べ終えた後、紫音は何かを思い出したかのように口を開いた。
「そうです、アルス様に一つお聞きしたいことがあったのです」
「ん、なんだ?」
「一級災害指定妖魔を一瞬で討伐する圧倒的な腕前の魔術師など、これまで聞いたことがなかったのですが……アルス様はどちらの国の魔術師協会に所属されていらっしゃるのでしょうか?」
一級災害指定妖魔、魔術師協会と、聞きなれない単語が幾つも出てきた。
だが話の流れから、紫音が俺を、こことは違う国からやってきたと思っていることは理解した。
正確には、別世界からなんだけど……。
さて、問題はここでどう答えるかだ。
本当はこちらの世界の住民には関わらず生きていくつもりだったのだが、こうなった以上、その考えを貫く必要はないのかもしれない。
それよりも彼女たちからこの世界についての情報を集め、今後について相談に乗ってもらった方がよさそうだ。
そう考えたのち、俺は言った。
「その魔術師協会とやらには所属していない」
「えっと、なら、どこでその力を得たのでしょう」
「こことは違う、別の世界でだ」
「――へ?」
間抜けな声を漏らす紫音。
隣に座る千代も、何を言っているんだコイツ、と言った目で俺を見てくる。
そんな二人に対し、俺は元の世界であった出来事については隠しつつ、とある事情でこの世界にやってきたことを説明するのだった。
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