第8話 お誘い

 俺の話が終わると、紫音と千代は驚愕の表情を浮かべていた。

 どうやら彼女たちにとって、ここ以外の世界があるという事実はとても信じられないことのようだ。


 だが、しばしの時間を置いた後、おもむろに紫音は言った。



「異世界が存在するなどという話は聞いたことがありませんでしたが……アルス様がそうおっしゃるのであれば、本当のことなのでしょうね」

「信じてくれるのか?」

「はい。それが事実なら、アルス様の常軌を逸した力の説明になりますし、アルス様ほどのお方が魔術師界隈に知れ渡っていないことも納得できますから」



 その言葉を聞いて、俺はほっと胸を撫でおろした。

 ひとまずのところ、信じてくれそうで安心する。


「次は俺からも質問していいか? この世界について、言える範囲でいいから教えてほしい」

「かしこまりました」


 それからは逆に、俺がこの世界について聞く番になった。



 まず、この世界は地球という名前で、俺たちが今いるのは日本という海に囲まれた国家らしい。

 地球には日本以外にも多くの国があり、常日頃から交流しているのだとか。


 説明を聞いているうちに驚いたことが幾つかあるが、そのうちの一つとして、どうやらこの世界では魔法――魔術は世間一般に浸透してはいないらしい。

 多くの人間は魔術の存在も知らず、科学といった文明の恩恵を受けて生活しているとのことだった。


 ただ、この世界に魔力が存在する以上、邪悪な敵は存在する。

 向こうでは魔獣と呼んでいたそれを、この世界では妖魔と呼んでいるらしい。

 その妖魔を討伐する任を請け負っている者が魔術師であり、普段は一般社会に溶け込んでいるのだとか。


 紫音は日本にいる魔術師の中でもかなり優秀な家の娘であり、千代は代々一ノ瀬家に仕える従者の家の娘らしい。

 どうりで、二人の間に上下関係らしきものが見えたわけだ。


 そしてそのまま昨日の話になるが、紫音はいつものように、妖魔討伐の任務を受けてこの山にやってきた。

 しかし事前に聞いていたものより遥かに強力な妖魔が待ち受けていたせいでピンチに陥ったところに、俺が助けに来たとのことだった。


「改めてお礼を言わせてください。アルス様、昨日はまことにありがとうございました」

「ああ」


 頭を下げる紫音の気持ちを受け取った後、話を戻すことにした。



「紫音の説明のおかげで、この世界についてはなんとなく分かった。誰もが当たり前に魔法を使う俺の世界とは、だいぶ様相が違うみたいで驚いたよ」

「そのようですね。私からすれば、誰もが魔法を使う世界の方が想像がつきませんが……」



 お互いに感想を述べた後で、紫音は切り出す。



「アルス様がこの場所で生活している理由を、お聞きしてもよろしいですか?」

「あまりよその人間が、この世界に関わるべきじゃないと思ったからだ。まあ、既に紫音たちとはこうして関わってしまったわけだが……」

「ということは、アルス様はこれからもずっと、ここで生きていくおつもりなのですか?」

「ああ、そのつもりだけど……」



 そう答えると、紫音はきょろきょろと小屋の中を見渡したかと思えば、千代と顔を合わせた後、こくりと頷き、俺の方を見た。


「あの、大変申し上げにくいのですが、ここは人が暮らすにはあまり適していない場所かと思います」


 それは確かにそうだろうな。

 だからこそ、人が寄り付かなくて助かっているわけだし。


 そんなことを考えていると、紫音は意を決したように言った。


「あ、アルス様さえよろしければ、私の家で一緒に暮らしませんか!?」

「――――へ?」

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