父親は親バカ
「あまり良くなかったな……」
病院から出て健斗はそう呟く。
右手首の骨折の治り具合を病院で診てもらったのだが、普通より骨のくっつき具合が良くないらしい。
右手は安静にさせてないといけないのだが、お姫様抱っこしたりして治るのが遅くなっているのだろう。
医者に右手は使うな、と怒られてしまった。
「健斗くんはしばらく右手を使う禁止です」
雪奈にも怒られてしまい、健斗は「わかった」と頷く。
いつも言うことを聞いてくれる雪奈が怒ったのだし、完治するまでは絶対に右手は使わない方がいいだろう。
「これからどうするんですか? 私服を着ているってことは学校に行くわけではありませんよね?」
病院は十時半くらいに終わったのだし、これから学校に行っても授業を受けることは出来る。
でも、今日はこれから別のとこに行かないといけないため、学校は休ましてもらうもとにした。
テストは赤点を取らなかったために補習はなく、一日くらい休んでも問題ないだろう。
そもそも学校にはきちんと用事があるからと休むと連絡を入れた。
「もう着く。ここのビルだな」
「ここって……」
駅から歩いて五分くらいのビルに用事があり、健斗は何やら考えているような表情をしている雪奈を連れて中に入っていく。
エレベーターに乗って三階に、目的の場所がある。
「事故のことで弁護士に相談しないといけないからな」
白鷺弁護士事務所と書かれた表札が目に入った。
加害者とは弁護士を通して話してもらおうと思っているので、これから相談するのだ。
両親が亡くなった時にもここの弁護士に相談したため、今回も同じ弁護士に頼もうと思った。
ほとんど怪我はなかったとはいえ雪奈も事故の被害者なので、一緒に行くのが筋だと判断して連れてきた。
「やっぱり……」
何やら雪奈は小声で呟いているが、健斗は気にせずにインターホンを鳴らす。
『はい』
スピーカー越し女性の声が聞こえてきたため、健斗は「予約した長瀬です」と答える。
『少々お待ちください』と聞こえて十秒ほど立ってドアが開かれた。
出てきたのは秘書と思われる二十台後半くらいの女性で、長めの黒髪をポニーテールに纏めてオフィスカジュアルの服を着ている。
「お待たせいたしました。中にお入りください」
手を繋いでいる健斗たちを見て、一瞬だけこのリア充が、という鋭い視線を女性から向けられたが、今さら気にせずに中に入っていく。
「こちらにお座りください」
広々とした事務所にあるソファーに座るように言われ、健斗と雪奈は座る。
とてもフカフカしており、自宅にあるソファーより座り心地がいい。
「お待たせいたしました」
数分待ったことろで、弁護士の男性が出てくる。
黒髪をオールバックにして眼鏡をかけた四十代半ばくらいの男性で、見た目から受ける印象は真面目。
名前は
事故で亡くなった被害者の家族が慰謝料を貰うのにはかなりの時間を要するが、貴史は優秀でかなり早く、しかも多めに慰謝料を貰ってきたのだ。
慰謝料を貰うにの時間がかかるのは、加害者がなるべく少額にしようとごねるからだろう。
「今回もご利用いただきありがとうございます」
貴史は深々とお辞儀してから向かいにもあるソファーに座る。
弁護士からしたらたかが一つの案件のはずだが、どうやら貴史は雪奈のことを覚えているらしい。
「こちらをどうぞ」
秘書の女性がテーブルにお茶を置いてくれたので、健斗は一口だけ飲む。
「まさかあこんな短期間でまた利用するとは思ってもいませんでしたよ」
「私もです」
そんなやり取りをしていると、雪奈が「お父さん」という言葉を口にした。
「雪奈、今は仕事だからお父さんと呼ぶのは止めなさい」
「うん……」
名字が同じことから察してはいたが、雪奈と貴史は親子だ。
見た目は似ていないので、どうやら雪奈は完全に母親似らしい。
雪奈は頬を赤くしており、恐らくは父親の仕事場に健斗と来たのが恥ずかしいのだろう。
一方の貴史は真面目な顔をしているので、私情を仕事に持ち込まない弁護士のようだ。
「でも、一歩間違えれば雪奈が大怪我をするところだったんだ。今回の加害者からは多額の慰謝料を請求しようじゃないか」
訂正。家族のためならば思い切り私情を持ち込む弁護士らしい。
握り拳を作り、今にも娘に何してんだコラアァ、と加害者に文句を言いたそうな顔をしている。
「雪奈のお父さんって親バカ?」
小声で雪奈に問いかけると、頬を赤らめて「はい」と頷く。
娘が事故に巻き込まれたのだし、どんな人でも私情は出てしまうものだろう。
でも、以前会った時に感じたクールさが一切なく、今回は娘のために頑張りそうな雰囲気だ。
「あの、別にいつも通りでいいんですよ? 今回頼んだのだって面倒だからであって……」
今回は誰かが死んだわけではないため、慰謝料を貰えても高額にはならならないだろう。
両親が亡くなった時の保険金もあるし、先日春奈から生活費を振り込むと言われたため、別に慰謝料は貰わなくてもいいとは思っている。
「いえ、今回だけは絶対慰謝料をたっぷりとぶんどってきます」
見事に親バカっぷりを発揮しているため、雪奈の頬がみるみると赤くなっていく。
こんな父親を見られたくなかったのだろう。
「あ、雪奈を助けてくれて本当にありがとうございます。本当はお見舞いに行きたかったんですが、何分忙しくて……」
貴史は深々を頭を下げる。
親バカを覗けば優秀な弁護士のため、忙しくてお見舞いに来れないのは納得だ。
それに病室では雪奈とイチャイチャしていたので、来なくて良かったとも思ってる。
「大丈夫ですよ。それより事故のことを話しましょう」
「そうですね。慰謝料がっぽし貰いましょう」
どうしても多額慰謝料を貰ってほしいようで、健斗は半ば呆れながら貴史と話した。
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