ファーストキスと同棲決定

「気持ち良かった。ありがとう」


 体を拭いてもらった健斗は、スッキリした気持ちで雪奈にお礼を言った。


「いえ、私に出来ることがあればしてあげたいので」


 異性の体を拭くのは初めてだったようで、未だに雪奈の顔は赤い。

 タオル越しではなくて直接背中に手が触れた時もあったため、慣れていない雪奈には恥ずかしかったのだろう。

 昨日は看護師に背中をやってもらったが、異性の体など慣れているから何の抵抗もなく拭いてくれた。

 雪奈は恥ずかしいのに良くセフレであると言ったものだ。

 深い関係でありたいと思っている、ということだろうが、別にセフレでなくても仲良くすることが出来る。

 健斗に好きな気持ちはないとはいえ、仲良くしていたらいずれ付き合いたいと思うかもしれないのだから。


(俺はクズなんだろうな……)


 好意を利用して雪奈とイチャイチャしたのだし、健斗は自分のことをクズだと思わずにいられない。

 雪奈とイチャイチャしたいというのであれば、セフレじゃなくて告白して彼氏彼女の関係になればいいのだ。

 でも、セフレの関係になってしまい、少しの罪悪感はある。

 恐らく今からセフレじゃないよね? と言っても、雪奈が撤廃することはないだろう。

 それくらい雪奈は健斗のことを好きだということが予想出来るのだから。


「雪奈、おいで」

「はい」


 罪悪感はあるものの、健斗は本能に逆らうことが出来ずに雪奈と再びイチャイチャを開始。

 左手で優しくギュッと抱き締めてあげると、雪奈は嬉しそうにして顔を胸に埋めた。

 右手が使えないのが本当にもどかしい。


「俺とイチャつけてどう? 嫌ならするの止めるけど」


 雪奈の性格からしてセフレより彼氏彼女の関係がいいだろうし、本当に嫌ならイチャつくのを止める。


「嫌ではありませんから、健斗くんの好きな時にイチャイチャしましょう」


 許可が取れたので、雪奈を好きに出来るということだ。

 車に轢かれそうなとこを助けられて、雪奈は健斗を王子様と思ったのかもしれない。

 だからセフレの関係でも一緒にいたいのだろう。


「ありがとう。雪奈といれて嬉しいよ」

「私も、嬉しいです」


 本当に一緒にいれて嬉しい、と思わせるかのように雪奈は健斗の背中に腕を回す。

 恐らく雪奈は健斗に好意がないということに気付いている。

 それでも一緒にいることを選んだのだし、雪奈の絶対一緒にいたい、という想いの強さが凄い。


「雪奈……」

「あ、健斗くん……」


 瞼を閉じた雪奈の顔にゆっくりと自分の顔を近づけていく。

 優しく雪奈の頬に左手を当ててみると、かなり彼女の体は熱くなっている。

 恥ずかしいからだろうが、それ以上にこれからすることに期待をしている、といった顔だ。


「んん……」


 お互いの唇が触れ合い、生まれて初めてのキスをした。

 雪奈の唇はとても熱くて柔らかく、何度も何度もキスしたい気持ちになる。


「あ、んん……」


 雪奈の唇を味わっていると、彼女の口から甘い声が漏れた。

 キスが気持ちいい、ということなのだろう。

 だけどキスによって出る声は健斗の欲求を高めるだけだ。


「健、斗く……んん……」


 止めるタイミングが見つからず、ひたすらキスしまくっている。


(キスってこんなにいいものなのか)


 ずっと出来そうに思えてしまい、止めたくないから左手で雪奈の頭を抑えて少し濃厚なキスを開始。

 甘い声と吐息が聴覚を、柔らかい唇が触覚を襲う。


「あらあらあら、病院で、しかも夕方なのにお熱いのね」


 先ほどとは別の看護師──いや、別の女性がカーテンを開けて入ってきた。

 腰ほどまである銀髪に碧眼はどことなく雪奈に似ているので、もしかしたら家族なのかもしれない。


「お、おおおおお、お母さん?」


 流石に人が来たのでキスを止めると、雪奈は顔を真っ赤にして健斗から離れた。

 人にキスをしているとこを見られるのは恥ずかしいだろう。

 どうやら雪奈の母親らしいのだが、見た目はとても若くて姉と言われても信じてしまいそうだ。

 雪奈の髪と瞳の色は母親からの遺伝らしい。

 ただ、健斗たちを見てニヤニヤとしているので、性格は雪奈と正反対なのだろう。


「長瀬健斗くんよね? 私は雪奈の母の白鷺春奈しらさぎはるなと申します。この度は娘を助けていただき、ありがとうございます」


 本気で感謝しているらしく、春奈は深々と頭を下げる。

 娘が車に轢かれそうになったのだし、母親からしたら頭を下げても感謝の気持ちを伝えたいのだろう。


「頭を上げてください。雪奈を助けられたのは運が良かっただけですから」


 運が良かったと言えるかわからないが、事故のおかげで雪奈とセフレの関係になることが出来たので、運が悪かったわけではない。

 どんな関係であろうと、美少女とイチャつけるのは嬉しいことだ。


「ふふ、この子ったら助けられてから健斗くんにベタ惚れになっちゃったみたいなの。家でも健斗くんの話ばっかり」

「お、お母さん、そんなこと言わないで」


 否定しないのは、本当に話しているからだろう。

 雪奈が健斗のことを好きなのは先ほどの彼女の言動から分かりきっていたことだが、春奈の言葉でより確信を持てた。


「ところで健斗くんのご両親はお見舞いに来ないのかしら? 子供同士が付き合っているのだし、挨拶くらいはしときたいのだけど」


 実際にはセフレの関係なのだが、キスシーンを見ては付き合っている、と思うのが普通だろう。


「俺の両親は事故で亡くなりました」


 去年の三月──中学の卒業式の日に最悪の事態が起きた。

 息子の卒業式のために両親は張り切っていたのだが、学校に向かっている最中に事故が起きてしまったのだ。

 健斗は先に学校に行っていたために事故に巻き込まれなくて済んだのだが、家を出る前に話した会話が最後だった。

 卒業式開始前に連絡があって病院に向かったため、健斗は卒業式に出ていない。

 今は両親が亡くなった時に降りた保険金と先日入ってきた慰謝料で暮らしている。


「そうなのね。ごめんなさい」

「いえ、もう一年は前のことですし、ずっとウジウジしているわけにはいきませんから」


 子供に幸せになってほしいと思うのが親であり、いつまでも悲しい姿なんて見たくないだろう。

 だから元気にやっている姿を天国から見てほしい。


「というこは今は一人暮らしなのかしら?」

「そうですね。親戚が保証人になってくれたので、マンションで暮らしてますよ」


 元々家族向けの賃貸マンションに住んでいたが、今は単身者向けの賃貸マンションだ。


「そう。なら雪奈と同棲しちゃいなさい」

「ちょ……お母さんは何を言っているの?」


 とんでもない発言を言ってきた春奈の言葉に、黙っていた雪奈がようやく口を開く。

 耳まで真っ赤になっているとこを見ると、同棲が嫌ではなくて恥ずかしいのだろう。


「だって二人は付き合っているのでしょう? 健斗くんは右手が不自由なのだし、雪奈がフォローしてあげないと」

「それは……そうかもしれないけど……」


 雪奈の顔が曇ったのは、実際に付き合っているからではないからかもしれない。

 もし、セフレの関係だと知られたら、雪奈は健斗と関わることが出来なくなるだろう。

 親からしたら娘にセフレが出来たら止めるはずなのだから。


「はい。俺たちはラブラブのカップルです」


 雪奈の肩に手を置いてこちらに引き寄せる。

 せっかく美少女と好きなだけイチャイチャ出来るのだし、雪奈のことを逃がしたくない。

 だから雪奈と付き合っている、ということにした。

 我ながらクズだな、と思わずにいられないが。


「じゃあ決定ね」

「いいよね?」

「健斗くんがいいのであれば……」


 同棲することが決定した瞬間だ。


「私は雪奈に彼氏が出来て嬉しいわ。あの子は家族以外には敬語を使って男の子を遠ざけようとするし」


 モテすぎるために、雪奈は敬語を使っているのかもしれない。

 記憶が戻っていないからモテるのかはわからないが。


「それに雪奈のことを命懸けで守るんだもの。彼氏として文句なしだわ。出来ることなら、もう車に轢かれるなんてことはないと嬉しいのだけれど」

「そうですね。雪奈といられなくなるのは嫌ですし」


 左手でギュッと雪奈のことを抱き締める。

 人前だから雪奈は耳まで真っ赤だが、一切抵抗することがない。


「一ついいことを教えてあげるわ。雪奈は生理が重くてピルを飲んでいるから、健斗くんがゴムをつける必要はないわよ」

「それはいいことを聞いたな」

「もう……二人ともエッチです」


 恥ずかしすぎるのか、雪奈は顔を胸に埋めてこちらを向こうとしない。

 だけど嫌ではないらしく、離れることがなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る