独占と体を拭いてもらう

「……マジ?」

「はい……」


 健斗の問いかけに、雪奈は耳まで真っ赤にして頷いた。

 セフレなんて間違いなく嘘だろうが、そんな穢れた関係であっても雪奈は一緒に、深い関係でありたい、と思っているということだ。

 単に興味本位で聞いてみただけなのですぐに肯定されると思っておらず、健斗は驚きを隠せない。

 好きで好きでたまらないのだろう。


「セフレ……白鷺ってビッチなのか?」

「なぁ……違います。まだキスすらしたことないで……はっ……」


 しまった、と思ったのか、雪奈は自分の手で己の口を塞ぐ。

 セフレの関係で何の経験もないのは不自然だと考えたのだろう。


「まあ、事故当日にセフレになったとしたらまだ経験がなくてもおかしくない、か」

「そうです。セフレ、になって一緒に帰っている途中で事故に遭ったんです。だからまだ経験もないですし、連絡先も交換出来てません」


 一緒に帰った、というのは間違いなく嘘であるが、一緒に帰ったということにしたいようだ。

 事故前の記憶が確かであれば、健斗は学校帰りに漫画を買いに本屋に行っていた。

 本屋の帰りにたまたま雪奈を見つけ、そこで車に轢かれそうな彼女をたまたま助けた、ということだろう。


「そうか。なら連絡先を交換しよう」


 嘘だとはあえて言わず、健斗はスマホを雪奈に見せる。

 嬉しそうに「はい」と頷いた雪奈と連絡先を交換した。


「俺たちはセフレの関係だったのか」


 本当にセフレの関係だったら連絡先を交換していないとおかしいだろうが、この際細かいことはどうでもいい。

 本人がセフレでもいいと望んでいるのだから、美少女である雪奈とイチャイチャしない理由はないだろう。

 それに思春期男子が美少女とイチャつきたい、という欲求を持つのは当然のことだ。


「はい。なので、私のことは雪奈、と呼んでほしいです。私も健斗くんとお呼びしますので」

「わかった。雪奈とイチャイチャしたい」

「え? きゃ……」


 慣れない左手で雪奈の腕を掴み、健斗は彼女のことを引き寄せる。

 突然のことで驚いたようだが、特に抵抗することなく雪奈は抱き締められた。

 抵抗するどころか、むしろ抱き締められるのを望んでいたような……それくらい雪奈は嬉しそうな表情をしている。


 椅子だとくっつきにくいので、ベッドに雪奈を座られてイチャイチャを継続。

 嬉しくても恥ずかしい気持ちはあるらしく、今の雪奈は顔から火が出そうなくらい真っ赤にしている。


(女の子の体って柔らかいしいい匂いがする)


 初めて女性を抱き締めた感想だった。

 華奢な体躯なのにどこもかしくも柔らかく、男性を惑わすような甘い匂いがする。

 右手を使って触れ合う面積を増やして雪奈を味わいたいが、グッと我慢した。


「俺の匂いって臭くない? お風呂入れてないから臭うかも」


 ギプスをしているからか、お風呂に入る許可が出ていない。

 お湯に濡らしたタオルで体を拭いているのだが、臭っていてもおかしくはないだろう。

 退院したら入れるだろうが。


「大丈夫ですよ」


 本当に臭っていないことをアピールするためか、雪奈は健斗の胸に顔を埋めさせた。

 好きな人の匂いなら容認出来るのだろう。


「雪奈を他の男に近づけないように俺の匂いつけとく」

「健斗くん以外仲がいい人はいませんよ」


 独占される、という意味に嬉しくなったのか、雪奈は嬉しそうに笑みを浮かべる。

 エッチなことだけして終わりじゃないとわかったからだろう。

 それに思っていた通り、雪奈に彼氏やセフレなどといった特定な人はいない。


「あの……そろそろいいですか?」


 ゆっくりとカーテンを開けて女性の看護師が入ってくる。

 驚いて深雪が離れようとするが、健斗が左手に力を入れてを抱き締めるのを止めない。

 イチャイチャしてるとこを人に見られるのが恥ずかしいらしく、雪奈は「あうぅ……」と真っ赤な顔を胸に埋めた。

 離れられないから胸に埋めて顔を隠すしかない。


「どうしたんですか?」


 少し恥ずかしいが、あくまで平常心で看護師に尋ねた。


「体を拭くのでタオル持ってきたんですけど」


 看護師の手にはビニールに包まれているタオルがある。

 濡れているタオルはホカホカに温かく、昨日拭いて貰って意外と気持ちいいことが判明した。


「今日は彼女さんに拭いてもらった方がいいですね。しばらくしたらタオル取りにくるんで」


 看護師はタオルをベッドサイドテーブルに置いて出ていく。

 去り際に「病室でおっぱじめたらダメですよ」と言われたが、余計なお世話だ。

 彼女、と言ったのだし、看護師にセフレの話は聞かれてはいないだろう。


「俺の体を拭いてみる? 片手じゃ拭ききれないいから」

「はい。でも……」

「でも?」

「私に、健斗くんの匂いをつけてから、がいいです」


 恥ずかしさで胸に顔を埋めながらも言ってくる雪奈が可愛い、と思わずにいられない。


「じゃあ匂いをつけるね」

「はい」


 健斗は雪奈の頬に自分の頬をくっつけて頬擦りをする。

 「ウリウリ」と首や手といった頬以外にもたっぷりと自分の匂いをつけていく。


「さて拭いてもらうから」

「はい」


 匂いをつけ終わったので、健斗は病着を上半身だけ脱ぐ。

 流石に下半身は自分で拭くつもりでいる。


「あ、傷が……」


 車に轢かれたのだし、健斗の体には傷がいっぱいだ。

 ほとんどが擦り傷なので、今月中には骨折以外完治するだろう。

 骨折だって全治一ヶ月ほどだし、来月の始めには治る。

 ただ、出来て数日しかたっていないため、少し生々しい傷もあるかもしれない。


「身を挺して私を守ってくれたのですね。本当にありがとうございます」


 背中にある傷を見ながら、雪奈はお礼を言った。

 健斗が助けに入らなかったら自分がこうなるかもしれないと思うだけで恐怖だろう。


「大丈夫だよ。それより早く拭いてくれ」

「はい」


 ビニールからタオルを取り出し、雪奈に背中を拭いてもらう。


「痛みなどはないですか?」

「大丈夫」


 少し傷に染みるが、お風呂に入れないから濡れタオルが気持ちいい。

 入浴出来ないのは残念であるが、雪奈に体を拭いてもらうという権利を得たのは嬉しい点だ。

 明日も拭いてもらえるかもしれない。

 そんなことを考えながら体を拭かれるのだった。

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