第11話 さんまさんまさんま

ヘリコプター機内から中継を入れるベテラン記者の目に映るものは、夕闇に浮かぶ新宿歌舞伎町のきらびやかな灯りと、渋滞にのまれて動かないままのパトカーのランプ。

タブレット端末には、新宿通りを走る女テロリストと人混みとが交互に映し出されている。

それを見ながら。


「新宿上空ですが、警察車両が前に進めずに立往生している模様です」


を繰り返し伝える自分が惨めに思えてしまった。

地上班からの映像がアルタ前広場に変わると、そんなベテラン記者のネガティヴな心境は吹き飛んだ。

青年期にバンドマンとして活動していた頃。

毎日夜中まで練習していた伝説のロックバンドの名曲 Deep Purple の highway star が大音量で流れていたのだ。

ベテラン記者は生中継をし続けた。


「えー。あー。たいへん興奮しています。Deep Purpleのライブインジャパン! どうやらですね。完コピしている模様です! えー。プラチナディスクですね。えー。私はDeep Purple、ツェッペリン、TREXを貪るように聴いてました! そう! ロックンロール!」


『I love her I need her I seed her!Yeah She turns me on Alright hold on tight!I'm a highway starー』


リトルのシャウトが終わると、KとYUKIのギターセッションに観客は沸いた。

焼き鳥屋のオヤジは串を振り回しながら叫んでいる。

葛城は時計を見た。


『とっくに30分過ぎたわよ!』


そう思っていると背後で姫子の声がした。

葛城と金馬が振り返る。

姫子は真っ黒なさんまを掲げて二人に投げた。


「受け取ってくださいっ!」


緩やかな放物線を描いて飛んで来るさんまを見て金馬はギョッとした。


『こんなものお嬢様に食わせてたまるか!』


金馬の直感だった。

社長に取り入る為に娘の好物を利用する魂胆が許せまじと思い切りジャンプしたが、ほんの数センチ差でさんまは葛城の手に収まった。

葛城は焼き鳥屋のオヤジにさんまを投げた。


「焼き直してえー!」


金馬も叫んだ。


「せめて吸い物にしてくれえええっ!」


焼き鳥屋のオヤジはニヤリとして叫ぶ。


「任せろ!俺はこれでも懐石屋だったんだぜ!」


焼き鳥屋のオヤジは焼いた鳥の胸肉を煮詰めながらさんまの骨を抜きまくり、別に沸かした蒸し器で脂をさっと取ったさんまを椀に盛って柚子を浮かべた。


リトルの長い長いシャウトが続く中、焼き鳥屋のオヤジは椀を葛城に手渡した。

葛城は房子の肩を叩いて笑顔を振りまいた。


「さ、房子お嬢様。召し上がってくださいまし」


サファイアーズのロックンロールコンサートが終わった。観客達は総立ちでアンコールと叫んでいる。

久太郎も叫んでいた。

房子はそんな周りにはお構い無しに椀の中の身を箸ですくって呟いた。


「なにこれ?」


金馬がすかさず言った。


「高級なさんまで御座います」


「これが? さんま?」


「左様で御座います」


房子は涙ぐんで。


「変わり果てた姿になっちゃって」


と言った後に、その身をポンっと口の中に入れた。

その味の不味さに驚いた房子は葛城に言った。


「すぐに答えて! このさんまは何処のさんま?」


すると、ひょっこりと葛城の背中から姫子が顔を覗かせて。


「あの。実は渋谷の魚屋のさんまなんですー」


と小声で答えた。

房子は椀を金馬に返して、しばらく考えてからツンと顔を上げて得意気に言った。


「さんまは目黒に限るわね」





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