第10話 逃亡者

姫子は走りながら何度も後ろを振り返っていた。

自転車に乗ったお巡りさんがずっと追い掛けて来るのだ。


『こんな所で捕まって、色々聞かれる訳にはいかない!』


その一心で姫子は走り続けた。

上空を旋回しているヘリコプターの音と、何処からか聞こえるパトカーのサイレン音を喧しく思いながら、甲州街道を通り過ぎると背後で絶叫が聞こえた。


「止まれー! 止まりなさい!」


パン!

破裂音がした。

姫子はその音に驚いて、振り向きざまにひっくり返って地面に倒れた。

何故だか目の前にお巡りさんの自転車が降ってきた。姫子の全体重が、新鮮な2尾の生さんまにのしかかる。

地面に倒れた姫子の胸元から、潰れたさんまの血が流れて、通行人達は一目散に逃げて行った。

姫子は立ち上がって、見るも無残な目黒のさんまを呆然と眺めた。

込み上げる怒りに振り向くと、つんのめってひっくり返ったお巡りさんが気絶していた。

前方の自転車は前輪のタイヤが破裂している。

姫子は我に返った。


『目黒のさんまは無理だけど、渋谷のさんまがあるじゃない!』


ポジティブ思考が持ち味の姫子は再び走り出していた。

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