第4話 松平房子お嬢様の妄想
明治通りを新宿へ向けて走る真っ白なリムジンの後部座席で、松平房子はスマホの画像に胸をときめかせながら、口から溢れてしまいそうな生唾をごっくんと飲んでいた。
もちろん、隣で居眠りをしている父親の久太郎にはバレないように。
運転手で松平家の執事、金馬結弦はその整った顔だちから房子の同級生達のアイドル的な存在となっていた。
房子は面白くなかった。
「金馬はあたしのものだからね!」
友人達に笑いながら放つ台詞には、本音も隠されていた。
夕刻迫る明治通りは渋滞が続いている。
金馬はバックミラーをチラリと覗いて絶えず房子を気にかけていた。
当の房子はー
スマホの写真に保存した『さんま』という魚の食べ方や生態図鑑を見ながらふむふむと心の中で頷いて、またその度に生唾を飲み込んだ。
のろのろ走る車内で、久太郎のイビキが響く。
だか房子は気にならなかった。
頭の中では、初めて食した目黒さんま祭りのあの味が駆け回り、大海原を泳ぐ真っ黒に焼けたさんまの群れがどっと押し寄せている。
さんま さんま さんま 。
この地球がなくなる日に食べたいもの。
最後の晩餐はさんまにしようと房子は思っていた。
池袋駅を過ぎた所で、房子は金馬に言った。
どうしても確かめたい事があった。
「金馬! 今日の夕飯はなに?」
すると金馬は淡々と話し始めた。
「格式名高いこの松平家のお嬢様ですよ。言葉遣いには配慮せねばなりません。ユウメシではなく、せめて夕ごはん。それに、あまり呼び捨てにするもんじゃありません」
房子はほっぺたを思い切り膨らませた。
金馬に笑って欲しかったが、その表情は彫刻の如く変わらなかった。
「本日のお夕食は、ホテルニュー成生のフレンチで御座います」
「ええー、ヤダヤダ」
「ワガママを言ってはいけませんよ。それとも何かご要望がお有りですか?」
房子は眠る久太郎の顔をチラリと見て言った。
「さんまが食べたいなあー」
金馬は一瞬驚いた顔をしたが、またもや淡々と話し始めた。
「房子お嬢様。さんまやメザシなどは一般庶民の食べ物です。その味が美味しいと感じてはなりません。これから先々の人生、海外のお客様やご友人とも食についての意見交換も増える事でしょう。さんまは下魚で御座います」
房子は項垂れながらも悪態をついた。
「金馬のケチケチケチ。ばかばかバーカ」
金馬は全く動じなかった。
リムジンは間も無く新宿区へと差しかかろうとしていた。
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