権現堂は目を覚ました。

 ――そうして絶叫した。


「どうなっていやがるッだれなんだよ、これはァ! 俺みたいなァやつが触っちゃいけねェだろォ、これ! つうかっ、こんなっ無防備過ぎらァ……どうしろッつうんだよ!」


 権現堂は硬派であった。今時珍しいぐらい硬派な男だった。モテないわけではない。権現堂のことを好いていると公言する女性は常に五人はいるほどに、むしろモテる男だった。女性どころか男性からも好意を寄せられ、男性でも女性でもないようなものからも告白を受けるほどの男だ。

 しかし、権現堂は硬派だった。

 自分の守らなければならないものは妹と決めており、それ以外に守らなきゃならないものは持てないと決めていた。その両手はすべて妹を守るためにありそれ以外に触れることはなかった。それがまた権現堂がモテる要因だったのがその話はここでは割愛しておく。

 つまり権現堂は女性の体について知識しかなかった。無理に押し付けられたことは幾度もあるが、自らの意思で触れたのはこれが初めてだったのだ。彼はつまり、動揺していた。それはそれはこの世の終わりかのように動揺していた。


「意外と筋肉……ちげェ! なに考えていやがるッ!」


 ちなみにレオナ嬢は令嬢のなかでも自尊心が高く、同時にその美貌を整えることの意味を深く理解していた。つまり彼女の体は女性らしいラインを保つために、しなやかな筋肉を基盤にもつ健康的な肉体だった。そうして肌は触れるものに馴染むように吸い付いてくる生まれたての赤子のようなものだ。

 女性慣れしていない権現堂でなかったとしても触れることを躊躇であろう、まさに高嶺の花を体現する肉体だった。権現堂の動揺は仕方がないものとも言えた。


「だっあっ?! なんだこの小鳥のような声はァ! とことんかわいいな?! 誰か知らねえが天使みてえェなお嬢サンだなァ?!」


 それにしても動揺しすぎ、とも言えた。

 権現堂はその部屋を裸足で歩き回りながら自らの体を見て騒ぎ、触れて騒ぎ、騒いでは騒いでいた。そこにノックの音。

 そうしてこの話はようやくプロローグに戻るわけである。





 つまりこの話はレオナ嬢と権現堂の話であり、コンツェルン家の終焉と練馬のギャング戦争の話である。最後は聞いていないって? それは長くなる話だ。その話はあと三話後ですることにしよう。




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