……夢と現実の境目はいつも憂鬱に塗りつぶされている。それは今に始まったことではない。コンツェルン家に生まれたものの宿命なのだ。上に立つものは考えなくてはいけない。努力しなくてはいけない。であるからこそ同時に、闇を孕まなくてはいけない。

 下々を幸福にするためには自らの幸福は諦めろ。

 ……それが我が家の方針だ。

 まず奉仕せよ。そうして忍耐せよ。


『と、いうのは今回でやめにしようと思うんだよね』


 不意にそんな声が飛び込んできた。


『レオナ』


 その声が私を呼ぶ。


『おはよう』


 目を開くと、そこは見知らぬ場所であった。

 なにもない空間だ。視界は白に染まっている。自分だけが色を持つ、そんな妙な空間だ。


『やあ、レオナ』


 そこにひとりの少年が座っていた。少年といっても、人なのかどうかの自信は持てない。彼の声は少年のものだが彼の姿は人とはほど遠い。上半身は豚、下半身は魚、そうして尻尾は蛇だった。レオナの膝の高さほどしかないその少年は、理知的な瞳をしていた。


「あなたはなんでしょうか」


 少年はレオナを見上げてぐうぐうと鼻を鳴らす。


「ここはどこでしょうか」

『それらの質問の答えは同一だ。僕も、ここも、世界の狭間だ』

「狭間?」

『コンツェルン家は罪深い』


 ……罪?

 ぐうぐうと少年は鼻を鳴らす。


『権力を持つということは罪を持つことさ。それに加えて君は性格もよくないね』


 ……失礼な豚、だ。

 けれど否定する言葉もない。わかっていることだからだ。持つものは疎まれる。当たり前の話だ。


『だからやめようと思うんだ』

「なにを、でしょうか」

『コンツェルンの歴史を終えよう』

「我が家は終わりませんよ。なにを喰らっても永らえるでしょう」

『……ごめんね、レオナ』


 豚は何故かそう謝った。その理由を聞く前にまた意識が遠退くのがわかった。現実と夢の境目だ。豚がぐうぐうと鳴く。醜い声。ぐうぐうと、……そうして私は再び目を開いた。



 そこにあったのは見知らぬ幼子と見知らぬ部屋だった。


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