第71話 経緯②
「突然、人形たちが勝手に動き出した……?」
ここまでの話を聞いて、俺が最も気になったのはその点だった。
アルトの話では……もっと正確に言えば、リーンの元パーティーメンバーの話から、シオンが人形に指示を出して皆の動きを止めて囮にしたとばかり思っていた。
しかし、本当はそうではなかったのだ。
俺はフレア、テトラ、リーシア――そして複雑な表情を浮かべるアイリスと、その隣にいるブランを見る。
その日、シオンのもとに訪れたのは俺たちと同じ現象。
すなわちシオンは人形遣いとして覚醒し、その結果人形が意思を持って動き出したのだ。
そして人形たちは、その時シオンが頭に抱いていた、何としてでも助かりたいという願いを叶えるため行動したのだろう。
たとえその結果、シオン以外のメンバーが犠牲になろうとも。
すると、ここまで静かに話を聞いていたリーンが口を開く。
「……なるほど、事情は理解しました」
「……今の話を信じるの? 大分、荒唐無稽だと思うのだけど」
「もちろんです。貴女が自分の意思で私たちを傷つけようとする人でないことは、分かっていましたから」
「…………!」
疑うことを知らないようなまっすぐな視線を受け、シオンは大きく目を見開いた。
「まさかここまであっさりと信じるとは、少し驚いたわ」
「そこまであっさりでしょうか? アイクさんやアイリスなどの前例もありますし、十分信じるに値すると思うのですが……いえ、この場合、シオンの方が前例だと言うべきでしょうか?」
「……それはどちらでもいいと思うけれど」
「それでもそうですね。話を戻しましょう」
リーンは一つ咳払いした。
「シオンの人形たちが一人でに動き出したことは理解しました。ですが私が最も気になっているのはその後です。なぜ洗脳魔法を受け、悪魔を使役するに至ったのかを教えていただけませんか?」
「……分かったわ」
首肯したのち、シオンは続ける。
「貴女たちと別れた後、私は人形に連れられて地上を目指したの。けれど五階層の途中で遭遇した魔物の襲撃を受けて、人形は破壊された。残された私は何とか魔物のいないエリアまで逃げ切ることに成功したわ」
そこまで聞いて、俺の中に疑問が浮かぶ。
「シオンが逃げた後にすぐ、リーンも仲間を連れて撤退したんだろ? そこで遭遇したりはしなかったのか?」
「リーンと違い、力のない私は魔物のいない道を選んで戻っていたの。そのせいか、最短距離を駆け抜けていくリーンたちとは会わなかったのよ」
「なるほど」
納得したところで、シオンは説明を再開する。
「セプテム大迷宮に一人取り残された私は死を覚悟したわ。五階層なんて、よっぽどの冒険者じゃないと挑戦してこないもの。けれどそれで仕方ないと思ったわ。経緯はどうであれ仲間を裏切った私には当然の末路だと思ったの」
けど、と。シオンは続ける。
「そんな風にして絶望する私の前に――アイツは現れた」
◇◆◇
『おやおや、これはこれは。まさかこんなところでこれほどの逸材に出会えるとは思っていませんよ。勇者が最下層である七階層に到達できるかどうかを見届けるつもりが、まさかこうなるとは』
シオンの前に現れたのは、一人の男だった。
いや、正確にはただの男ではない。
漆黒の衣装に身を包んだその男の額には一本の角が生えていた。
その異形を前にし、シオンが声を上げる。
『悪魔!? 悪魔がどうして、こんなところに!?』
そう。その存在は、人類の敵である悪魔だということをシオンは理解していた。
敵意を向けられてもなお、その悪魔は楽し気に笑うばかり。
『そう警戒しないでください。私は貴女に危害を与えるつもりはありません』
『っ、そんなこと信じられるはずがないわ! 何が目的なの!?』
『貴女に、力を授けたいのです』
『……どういう意味よ?』
あまりにも訳の分からない発言に、一瞬敵意を忘れて首を傾げる。
人類の敵である悪魔がなぜ、力を授けてくれるというのだ。
困惑するシオンに向けて男は告げる。
『貴女の持つ人形遣いとしての力は、実にユニークで強力なものなのです。それを最大限に発揮すれば貴女はさらなる力を……それこそ、勇者を倒すことができるほどの力を手に入れられるはずです』
『……そんなこと、望んだことはないわ』
『本当ですか? その割には先ほど、自らの手で勇者を殺そうとしていたようですが』
『ッ!! 違うわ! アレは私の意思でやった訳じゃ……』
『意思がどこにあるかは大した問題ではありません。重要なのは、貴女の力によって勇者が死に至る危機に陥ったこと。その事実のみです』
『違う、違うの。私は……』
普段の自分ならば、悪魔の言うことが間違いだと、もっと強く断言することができただろう。
しかし今、リーンたちへの罪悪感や、最大限に蓄積された疲労によって、冷静な判断ができなくなってしまっていた。
頭の中が混乱してしまう。
『ふむ、これくらいやれば、十分成功するでしょう』
そんなシオンの頭に向かって、悪魔が手を伸ばす。
手には禍々しい漆黒の魔力が集っていた。
その魔力が頭に触れた瞬間、意識がどこか遠いところに消えていく感覚がした。
『さあ、名もなき人形遣いよ。貴女はこれから、私の配下として数多の勇者を殺すのです』
それこそが、記憶に残る最後の言葉だった。
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