第70話 経緯①
洗脳魔法――それは悪魔族の中で極めて強力な力を持つ魔族が使える魔法。
その名の通り、対象者の認識を上書きすることが可能となる。
そんな魔法がシオンにかけられていたのだとリーンは言っていた。
「ってことは、リーンを殺そうとしていたのは洗脳によるものだったってことか?」
「……ええ、そうよ。洗脳魔法によって、それを使命として植え付けられていたの」
「けど、いったい誰にそんなことを……」
「そうですね、それが最も気になる点です。教えてくれますか、シオン?」
シオンの話が正しければ、この一件には黒幕がいることになる。
その存在をどうにかしないことには、本当の意味では解決したとは言えないだろう。
そう考えての問いだったが、シオンはすぐには答えようとはしなかった。
「シオン?」
リーンに呼びかけられ、シオンはピクリと肩を震わせる。
そして勇気を振り絞ったかのような表情で話し始めた。
「その話をする前に……貴女に、謝らなくちゃいけないことがあるわ」
「…………」
「三年前のことよ。私のせいで、貴女は死にかける羽目になった」
シオンの告白に反応したのはリーシアだった。
「どういうことでしょう? 三年前の一件も、今回と同じように洗脳魔法によって無理やり行われたものではないのですか?」
「……違うわ。私が洗脳を受けたのはその後のことだもの。だから……あの日、リーンを危険な目に遭わせたのは他ならぬ私自身よ」
その言葉に、リーンは優しい声で返す。
「では、教えていただけますか? あの日、貴女に何があったのか」
「……ええ、分かったわ」
シオンはゆっくりと、あの日の出来事を語り始めた――
◇◆◇
シオンの職業は人形遣いで、周囲からは不遇職と呼ばれていた。
それでも諦めることなく努力を重ね、中間(ミドル)サイズの人形を三体まで同時に操ることが可能となった。
それ以外にもサポート役として活躍できる、様々な修練を重ねた。
その結果リーンに実力を認められ、歴代最強とも謳われた勇者パーティーの一員として活動する日々は、シオンにとってこの上なく充実したものだった。
だからあの日も――初めてセプテム大迷宮の六階層に挑んだその日も、いつものように制覇できるとばかり思っていた。
しかし――
『おい、このヒュドラ、なんだか普通のと様子が違うぞ……!』
六階層の最奥に待っているヒュドラを前にした時。
パーティーの一員である魔法剣士が困惑したように言った。
その理由はシオンにもすぐ分かった。
シオンたちのパーティーは、以前にAランク魔物のヒュドラを討伐したことがある。
しかし、その時のヒュドラとは明らかに様子が違ったのだ。
首の本数、一本一本のサイズ、威圧感。
その全てが、これまで戦ったどの魔物より強力であることを示していた。
そんな魔物から向けられる十を超えた金色の視線を受けた時、シオンは直感した。
自分たちでは、この敵に勝つことはできないと。
死力を尽くしても待ち受ける結果は敗北。
そして死。
何としてでも生き残りたいという想いが、シオンの中に生まれてしまったのだ。
とはいえ、これに似た経験はこれまでに何度もあった。
パーティーの中で最も実力が劣るシオンは、その分だけ敵に抱く恐怖が大きかったのだ。
それでもリーダーであるリーンが先導し、メンバーを奮い立たせることによって、数々の絶望を打ち砕いていた。
だから今回も、本当はそうなるはずだった。
しかしここで、予想外の展開が訪れる。
ヒュドラを前に絶望するシオンの脳内に、不思議な声が響き渡ったのだ。
【条件突破】
【人形遣い(ドール・オペレーター)から人形遣い(フィギュア・マスター)に進化】
【魔力供給(リソース)派生、魔力作成(メイカー)獲得】
【魔糸操作(マリオネット)派生、自立行動(セルフ・アクト)獲得】
【基礎能力(ステータス)向上】
『これは、一体……?』
突然のことに困惑するシオン。
だが、本当の意味で驚愕するのはここからだった。
『ッ! 何かが足にしがみついて……人形?』
『おいシオン! 何のつもりだ! 早くコイツをどかせろ』
『――――』
どういう訳か。
シオンが指示していないにもかかわらず、人形が勝手に動き出したのだ。
さらに問題はその内容だった。
ヒュドラに立ち向かうのではなく、仲間たちを動けないようにしたのだ。
シオンは混乱する。
『ど、どういうこと? いったい何が起きてるの? ……違う! 今はそんなことを考えている場合じゃ! 皆、早くリーンたちから離れて!』
だが、人形たちはシオンの指示に従わない。
まるで自らの意思で動いているように、リーンたちを捕らえ続けた。
『……仕方ありません』
リーンは自分にしがみつく人形を強引に振り払う。
そして残る二人を助けるべく駆け出していった。
そんな中、リーンに振り払われた人形はあろうことか続けてシオンのもとにまでやってきて、その華奢な体を抱え上げた。
格闘家型人形だったからだろうか。
中間サイズにもかかわらず、シオンの体を持ち上げるには十分な力を有していた。
そしてヒュドラから逃げるように駆け出していく。
『何をしているの!? 下ろして! 私だけが逃げるわけにはいかないの!』
『…………』
しかし、人形はその指示に従わない。
ただ無言で、シオンの体を運んでいく。
シオンの脆弱な力では、人形の力に抗うことはできなかった。
『――――どうして』
人形によって連れ出される中、最後に視界に映ったのは、二人の仲間を庇うようにしてヒュドラの毒を浴びるリーンの姿だった。
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