第69話 解除

 突如現れた頼もしすぎる救援。

 アイリスはリーンの元に駆け寄っていく。


「お母様、どうしてここに?」

「邪悪な魔力の気配を感じたからです。もっともアイクさんたちがいる手前、私が足を運ぶ必要はなかったかもしれませんが」


 彼女の言葉を受けて、俺は思わず苦笑いをしてしまった。


「そんなことはありませんよ。助かりました。リーンさんの助けがなければ、俺たちだけであの攻撃を防げていたかどうかは分かりません」

「そういうことならば、夫を無理やり説得して馳せ参じた甲斐がありました」

「アルトさん……」


 リーンの身を心配するアルトの姿が脳裏に浮かぶ。

 病み上がりのリーンをこちらに向かわせたくはなかったことだろう。

 それでもリーンを向かわせたのは、ここにアイリスがいたからだろうか。


「それにしても、今の一撃はとてつもなかったですね」

「そうでしょうか?」

「はい。まさか俺たちが苦戦していた上級悪魔を一蹴するなんて……」


 上級悪魔はヒュドラに匹敵する力を有していた。

 それをたった一撃で倒すだなんて……もしかしてリーンは、シオンに裏切られなかったら、ヒュドラを討伐することもできていたんじゃないだろうか?

 そんな俺の考えを知ってか知らずか、リーンは首を横に振る。


「それはきっと相性の問題です。勇者の扱う神聖な魔力と悪魔の邪悪な魔力がぶつかった際は、より強力な方がもう一方を呑み込みます。勇者の魔力には、邪悪な魔力を消滅させる力がありますから。仮に敵がちゃんとした肉体を持っていた場合であれば、あれほど簡単にはいかなかったことでしょう」

「なるほど」


 ということは、ヒュドラなんかを相手にした時は今ほどの効果を見込めないということか。

 とはいえ、それでも十分すぎるほどの威力だったとは思うが……


「ところで、そちらの大きな犬はいったい……」


 リーンの視線の先には巨大化したブランの姿があった。

 アイリスが答える。


「この子はブランだよ! えっとね、お兄ちゃんみたいにわたしも人形遣いとして成長したみたいで……それでブランも自分で動けるようになったの!」

「うぉん!」


 答えるように、ブランが吠える。


「そうですか。それは大変驚きです。ですが……よかったですね。これからはブランと直接言葉を交わすことができるようになって」

「うん!」


 笑顔で頷くアイリス。

 そんな彼女を見て嬉しそうな表情を浮かべた後、リーンは顔を上げる。

 彼女が見ているのは、未だ困惑した様子のシオンだった。


「……アイリスは彼女を、リーンさんのパーティーにいた人形遣いだと言っていました。それは本当なんですか?」

「ええ。少し二人で話をさせてください」


 リーンがゆっくりとシオンに近付く。


「ッ、勇者リーン……!」


 リーンを警戒してか、シオンは顔色を変えて後ずさる。

 かつてシオンはリーンを裏切り、その結果リーンは長い眠りにつくことになった。

 そんな過去が、両者の間に一触即発の空気を作る。


 俺たちはただ、その様子を眺めることしかできなかった。

 シオンの処遇を決める権利は、リーンにしかないと思ったからだ。


 そんな空気の中、リーンは告げる。


「お久しぶりですね、シオン」


 リーンの言葉は因縁の相手に対するものではなく、まるで古くからの友人を労わるような声だった。


「私のことは覚えていますか?」

「……知らない。知らないわ。私はただ貴方を殺すように命じられただけ! だからそんな、私を知った風に言わないで!」


 そう返すシオンの様子はどこかおかしかった。

 さっきまでとはまた違う。

 まるでそうあってほしいと無理やり信じ込もうとしているかのような、そんな印象を覚えた。


「そう言われましても……私は貴女を知っていますから。同じパーティーで、ともに冒険をしたでしょう?」

「知らないわ、そんなこと! 近付いてこないで!」


 シオンはそう叫びながら、片手をリーンに向ける。

 その手には球体のマジックアイテムが握られていた。

 次の瞬間、そのマジックアイテムからリーン目掛けて黒色の魔力が飛び出す。


「お母様、危ない!」


 リーンの身を案じたアイリスの叫びが響く。

 しかし、


「平気です」


 リーンが軽く手をかざすと、その魔力が霧散していく。

 この程度では、リーンを傷一つ負わせられないようだ。


「……なるほど。そういうことですか」


 そしてリーンは何かに納得したように一つ頷く。

 対し、シオンは拒絶するように叫ぶ。



「何なのよ、貴女は! 私は貴女を殺そうとしていた。そしてそれに失敗した。だというのに、まるで旧友に対して話しかけるように……ふざけないで! こうなっては私に抵抗する手段はないわ! やるなら早くやりなさい!」

「では、遠慮なく」

「え? ――がっ!」

「ええっ!?」



 予想していなかった行動に、俺は思わず驚愕の声を零した。

 リーンがシオンの額を掌底で勢いよく叩いたのだ。

 衝撃が強かったのか、シオンはその場に崩れ落ちていく。


 な、流れ的に会話でどうにかするのかと思っていた……


「いいんですか、リーンさん? これ以上会話を試みなくて」

「逆です。会話をするためにこうしたんです……無事に解除できたみたいですね」

「? どういうことですか?」

「彼女の頭を見てください」


 言われたままにシオンの頭を見る。

 するとすぐ、その変化に気付いた。

 そしてそれは俺だけでなく、フレアたちも同様だった。


「これ、何だろう? 頭から黒色のもやが出てくるよ」

「嫌な感じがする」

「悪魔と同様、邪悪な魔力の気配……っ、これはまさか!」

「そうです。さすが、僧侶であるリーシアさんは勘がいいですね」


 リーンはさらに続ける。


「このもやは悪魔族の中でも、上級悪魔を超えた上位存在――魔族だけが使用可能な魔法の残滓(ざんし)です」

「魔法の残滓?」

「ええ。そしてその魔法の種類こそ――」



「――洗脳魔法よ」



 その言葉はリーンからではなく、下の方から聞こえてきた。

 全員がそっちに視線を向ける。

 するとそこには、上半身だけを起こしたシオンの姿があった。

 彼女はバツが悪そうな顔で、じっと地面を見つめていた。

 そんな彼女を見て、リーンは小さく笑う。


「それでは改めまして。お久しぶりですね、シオン」

「ええ――そうね、リーン」


 そうして、二人は顔を合わせるのだった。

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