第68話 最強の存在

 その技の可能性に初めて気付いたのは、先日のヒュドラ戦だ。


 巨首きょしゅにトドメを与える直前、フレアだけの力ではそれが敵わないと悟った。

 その時、咄嗟に思いついた方法によって、彼女の力をさらに引き出すことに成功した。


 実はその後、俺たちは時間を見つけてその技を練習していた。

 普段から使用するにはリスクが高く、確実性も低いことからこれまで実践投入することはなかった。

 トリア迷宮におけるケルベロス戦でも、そういった考えから使用していない。


 だけど、今は違う。

 目の前にいる上級悪魔は、死力を尽くさねば倒せない敵。

 だからこそ、俺は小さく呟く。


魔糸操作マリオネット――接続リンク


 人形遣いのジョブスキル、マリオネット。

 俺の体から透明の魔力の糸がフレアとテトラに伸びていく。

 その結果、俺の意思によって二人の体を動かすことが可能となる。

 通常であれば、二人の意思で一つの体を動かすなど邪魔でしかない。

 だけど、同じ時間を共にし、心の通じ合った俺たちならば。

 きっと、そのハードルを乗り越えて先に行ける。


 そして俺は告げた。

 その技の名を。



「――――同調シンクロ



 その瞬間、フレアとテトラの動きが加速する。


『ナッ! 急ニ、動キガ速ク……一体、何ヲシタ!?』


 突然の変化に、上級悪魔は困惑している様子だった。


「私たちは何もしていないよ!」

「ただ、アイクを信じているだけ」


 同調は、どこまで俺が二人の動きをトレースできるかにかかっている。

 二人は俺を信じて、いつも通りの動きをするだけだが……それがどれだけ難しいか。

 口で言えば簡単そうに聞こえるが、フレアとテトラは凄いことをしてくれていた。

 そんな二人を、俺が裏切るわけにはいかない!


 考えろ、考えろ、考えろ。

 今、彼女たちがどう動きたいと思っているか。

 思考を、心を、一つにしろ!


『グゥ! 対応ガ、追イツカナイ!』


 俺の意志に応えるようにして、フレアとテトラは徐々に上級悪魔を圧倒していく。

 上級悪魔は力任せに両腕を振り回すが、フレアはその全てを紙一重のタイミングで避け、数十の剣閃を浴びせていく。

 そうして生まれた隙を狙い前に出るのはテトラだ。

 その小さな体からは考えられないような膂力で、次々と敵の胴体を撃ち抜いていく。

 パワー、スピード、ともに上昇した二人と渡り合えるほどの実力を、上級悪魔は有していなかった。


「そんな! 私の上級悪魔が押されている!?」


 その光景を前に、シオンは信じられないとばかりに目を見開いていた。

 これほど苦戦するとは夢にも思っていなかったのだろう。

 さらに、


「ご主人様の力になれるのが、フレアとテトラだけなどと思わないでくださいませ! 嫉獄炎インフェルノトウ!」


 追い打ちをかけるように、リーシアが嫉獄炎を放つ。

 漆黒の炎はフレアとテトラを素通りし、上級悪魔だけにまとわりつく。


『コンナモノ、俺サマノ体ニハ通用シナ――ガァァ! 熱ガ、体ノ内部ニ直接!? 何故、何故、何故ェェェ!』


 嫉獄炎をまともに喰らった上級悪魔は、その痛みから逃れるように後方に跳ぶ。

 そしてシオンのすぐ横に着地した。

 自分のもとに戻ってきた上級悪魔を見て、シオンは舌打ちする。


「こんなはずじゃなかったわ。貴方たちごとき、一瞬で片付けて本命にいくつもりだったというのに。とんだ誤算ね」

「だったら素直に降参したらどうだ? こっちもお前には色々と訊きたいことがある」

「……申し訳ないけれど、それはできないわ。私は、私に与えられた使命を成し遂げなければならないのだから」

「……使命か」


 一瞬、シオンの纏う雰囲気がどこか変わったように感じた。

 まるで自分の言葉ではなく、誰かから強制的に言わされているかのように。

 上級悪魔がシオンに告げる。


『主ヨ! 指示ヲ! 奴ラヲ殺スタメニ!』

「分かっているわ……仕方ないわね。本来であれば勇者を殺すためのとっておきだったのだけど……ここにいる者たちを倒さないことにはそれも叶わないものね。アレを使いなさい」

『……了解、シタ!』


 何かを決断したかのような声色で告げるシオン。


 それを受け、上級悪魔は両の羽根を大きく羽ばたかせ天に昇っていく。


「……何をするつもりだ?」

「貴方たちが思いのほか厄介だったから、仕方なく奥の手を使うことにしたのよ。先刻の攻防で倒し切れなかったことを後悔しなさい」


 シオンがそう告げた直後。

 空を飛ぶ上級悪魔から強力な風が吹き荒れる。

 いったい何が。

 警戒する俺たちが見たのは、驚くような光景だった。


「あれは……漆黒の魔力の塊?」

「すごい力を感じるよ……!」

「……強力」

「これは想像以上ですわね」


 上級悪魔の前に、禍々しい黒色の魔力が集まっていた。

 その尋常ならざる気配に、思わず身震いする。

 そんな俺たちを見て、シオンは笑う。


「あれこそが奥の手、黒魔砲ダークキャノン。魔力のほとんどを使用して放つ、悪魔族の奥の手よ。貴方たちにこれを防ぐ手段があるかしら?」

「くっ……!」


 この状況で防御手段があるとすればテトラの蒼盾(アイギス)だが……

 ヒュドラの猛攻を食い止めたあの盾でさえ、防ぎきれるか分からないほどの魔力量だった。

 ならば回避に徹する?


「いや……それはできない」


 後ろを振り返る。

 ある程度避難が済んだため近くには人がいないが、遥か後方には一般の方々が多くいるはず。

 上級悪魔が放とうとしている黒魔砲は、恐らくそこにまで到達するだろう

 ここで防がなければ、全ての命を守ることはできない!


「テトラ、蒼盾の準備をしてくれ。俺も魔力を全力で注ぐ」

「……わかった」


 こくりと頷くテトラ。

 これで防ぎきれるか分からないが、こうなってしまっては頼れるのは蒼盾しかない。

 だからこそこれに全てを賭けるしかない。

 そんな考えのもとに下された判断。

 俺とテトラはすぐに蒼盾の発動に備える――否、


 備えようとした、次の瞬間。

 突如として、その声は鳴り響いた。



「――――聖導剣セイクリッド・ソード



 刹那――純白の閃光が、視界を覆った。

 否、それは光ではなく純然たる魔力の斬撃だった。

 ただ、あまりにも高純度かつ高密度であったため、そのように錯覚してしまったのだ。

 その光の斬撃は空を駆け、そのまま空に浮かぶ上級悪魔に迫る。


 誰もが呆気にとられる中、真っ先に反応したのはシオンだった。


「これはまさか……! 今すぐ放ちなさい!」

『黒魔砲!』


 シオンの命令に従い、上級悪魔は黒魔砲を放つ。

 不完全な状態で放たれたとはいえ、その一撃は大地を粉砕するほどの巨大なエネルギーが含まれている――はずだった。


 しかし、


『ソンナ、馬鹿ナ!』


 純白の閃光は瞬く間に漆黒の塊を呑み込み、さらに勢いを増して直進する。

 そしてそれは、すぐに上級悪魔さえも呑み込み――

 光が地平線まで消えるのと同じくして、上級悪魔は呆気なく消滅するのだった。


「嘘、嘘よ……こんなはずが」


 あまりにも急転直下な光景を前に、シオンは驚愕の表情で後ずさる。

 そんな中、彼女を除く全員がある一方向へ視線を向けていた。


 今のは、勇者だけが使用可能な神聖なる斬撃。

 となると、今の一撃を放ったのはこの町に唯一存在する勇者パーティーのリーダーだろうか?


 いや、違う。

 アイツにこんなことはできないことは、俺が誰よりもよく知っている。

 もう一人、いるのだ。

 この町に勇者は。


「嫌な気配がしたため、念のため赴いてみれば……まさか、懐かしい顔を見ることになるとは思ってもいませんでしたよ」


 そこにいたのは、金色の長髪を靡かせる一人の美しい女性。

 その手には一振りの聖剣が握られている。

 そんな彼女を見て、真っ先に声を上げたのはもちろんアイリスだった。


「――お母様!」


 そう。

 そこにいたのは、かつて最強の勇者と謳われた存在――リーン・グレイスだった。

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