第67話 VS上級悪魔

『グォォォォ!』


 先手は上級悪魔。

 その巨体に見合わない速度で、こちらに向けて飛んでくる。


「速いッ!?」


 巨体とはいえ、当然ヒュドラに比べたらその体は小さい。

 そしてその小さな体の中に、ヒュドラに匹敵するエネルギーが込められているのだ。

 速度も、パワーも、想像を遥かに上回るものを有していた。


 しかし――


「フレア、頼む!」

「はあぁぁぁッ!」


 その速度にフレアは負けていない。

 むしろ、ヒュドラ戦で覚醒したフレアの俊敏さは上級悪魔のそれを大きく上回っていた。

 誰よりも真っ先に上級悪魔の前に立ちはだかると、手に持つ長剣を力強く振り抜く。


 直後、キン! という音が辺り一帯に鳴り響いた。

 それはフレアの剣を、上級悪魔がかぎ爪で受け止めた音だった。


「くっ、硬い!」

『ソノ程度、オレ様ニハ通ジナイ!』


 どれだけの強度を誇っているのか。

 フレアの一撃でも突破できないとはさすがに驚きだ。

 だが、おかげで上級悪魔の動きを一瞬止めることができた。

 この状況ならば彼女の力が発揮される!


「よそ見、しないで」

『ムゥッ!?』


 いつの間にか上級悪魔の懐に入っていたテトラの声に、敵は困惑の声を上げる。

 敵が立ち止まっているこの瞬間なら、速さで劣るテトラでも攻撃できる。


「今だ、テトラ!」

「えいっ!」

『ガッ!』


 小さくも力強い掛け声とともに、渾身の一撃を振り上げる。

 テトラの拳が上級悪魔の腹に直撃する。


 その瞬間、ドゴン! と鈍い音が鳴り、上級悪魔は後方に吹き飛ばされた。


「ナイスだよ、テトラ!」

「うん、フレア」


 ハイタッチするフレアとテトラ。

 それだけ手応えのある一撃だったのだろう。

 後方から見ているだけの俺でも同じように感じた。


 その証拠に、なんとか着地し態勢を整える上級悪魔の腹は大きく凹んでいた。

 人間が相手なら、間違いなく内臓が破裂し、戦闘不能になったことだろう。


 そう、相手がただの人間なら――


『今ノ一撃、痛カッタ。ダガ、ソノ程度デ俺サマハ倒セナイ』

「……自動回復か」


 上級悪魔が受けたダメージは、ものの数秒で回復していく。

 神聖な魔力による攻撃ではないためか、治癒にかかる時間は一瞬みたいだ。

 これは想像以上に厄介な相手かもしれない。

 それでも、純粋な戦力が上回っているのはこっちだ。

 やりようはいくらでもある。


 そう確信を抱いた次の瞬間だった。


『残念ダッタナ。コノ程度デ、勝ッタト思ウナヨ!』

「ッ!」


 上級悪魔が叫びながら反撃を仕掛けてくる。

 先ほどと違ったのはここから。

 どういう訳か、上級悪魔のスピードは格段に上昇していた。

 上級悪魔の大振りによる一撃。

 それをフレアはなんとか食い止める。

 しかし、それだけでは止まらない。


『マダダ!』

「くっ! 連続で!?」

「速い。反撃する隙が無い」


 技術など一切無視。

 身体能力に頼り切った怒涛のラッシュを仕掛けてくる上級悪魔。

 フレアとテトラはそれを凌ぐだけで精いっぱいだった。

 その様子を見たシオンが高らかに笑う。


「あはは、驚いたかしら? さっきは上級悪魔になった直後だったから、魔力が体に馴染んでいなくて動きが鈍くなっていたのよ。どんどん強力になっていく私の僕(しもべ)によってやられてしまいなさい!」

「まだ、全力じゃないのか……!?」


 それはとても看過できない情報だった。

 今はなんとか、フレアとテトラの二人がかりでようやく均衡が保てている。

 これよりさらに強くなるなら、この均衡は瞬く間に瓦解するだろう。

 一刻も早く手を打つ必要がある。


 俺は深く息を吐いた。


「リーシア」

「はい、ご主人様」

「嫉獄炎による援護と、周囲への警戒を頼む。さらに増援が来る可能性も捨てきれないからな」

「了解しました。しかしそうなると、ご主人様はどうされるおつもりですか?」

「アレ(・・)をフレアとテトラの二人に使う」

「! アレをですか?」


 リーシアが大きく目を見開く。

 そんなリアクションになるのも仕方ない。

 俺が今から試そうとしているものは、未だに完璧とは言い難い。

 実践投入するには早すぎる代物だからだ。

 けれど現状を覆すには、もうそれしか手は残っていない。


「アレを使うには全神経をそっちに向ける必要がある。だからそれ以外はリーシアに任せる」

「……むぅ」

「リ、リーシア?」


 どこか不満げにリーシアが頬を膨らませる。

 俺が無謀な策に出ようとしているのが納得できないのだろうか。



「リーシアが疑いたくなる気持ちも分かる。けど、今はこれを使うしかないんだ。どうか信じてくれな

いか?」

「……そういうことではありませんわ」

「えっ?」

「わたくしがご主人様を疑う訳がないでしょう!? 不満なのはアレをフレアとテトラだけに使うという点ですわ。わたくしだって、もっとご主人様と強く繋がりたいのに!」

「そ、そうか」



 予想外の理由のため一瞬拍子抜けしたが、俺の選択自体は正しいと思ってもらえたみたいだ。

 今から使うものは、前衛職に適した技法。

 後衛職であるリーシアに使うと、むしろ逆効果になるから避けたんだが……

 まあ、それ自体はリーシアも分かってくれているんだろう。


 すぐに真剣な表情に戻り、力強い声で告げる。


「冗談で……はありませんが、この期に及んで自分の利益にこだわるほど子供でもありません。かしこまりましたわ。後のことはわたくしにお任せください」

「ありがとう。やっぱりリーシアは頼りになるな」

「! ええ、ええ! そうですとも! 頼りになるわたくしをご主人様にお見せしなくては!」


 突然元気になるリーシア。

 この様子なら十分任せられそうだ。

 俺は視線をフレアとテトラの二人に戻す。

 シオンの言葉通り、上級悪魔の動きはさらに洗練されており、二人は劣勢を強いられていた。


 この状況を、今から俺が変える。


「フレア、テトラ! 今からアレを使う!」

「っ! 分かった! お願い!」

「了解。がんばる」


 背中越しに二人の気持ちを受け取り、俺は深い集中状態に入った。

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