第66話 上級悪魔

 シオンの口から発せられたのは衝撃的な宣告。

 それにいち早く反応したのはアイリスだった。


「お母様を、殺す……?

 そのために貴方は、ずっとお母様のパーティーにいたの?

 そして最後にうらぎったの!?」


 アイリスが怒りをかみ殺すように呟く。

 俺も頭にも同じ考えが過る。

 だが――


「……何の話かしら? 先ほどから言ってるでしょう。そんなこと、まったく記憶にないと」

「!?」


 アイリスが顔を強張らせ、口をパクパクとする。

 あまりにも馬鹿げた発言。

 それを前に、生じた怒りをどのように表現すればいいか忘れてしまったかのように。

 だけどそんなアイリスとは違い、俺は疑問を抱いていた。


「ご主人様、何か妙です」

「……リーシアも感じたか?」

「ええ」


 リーシアも同じ違和感を覚えたようだ。

 シオンがリーンの殺害を目的として、この場に現れたのは確かだろう。

 だが、だとするなら三年前、リーンを裏切ったことを忘れたと言い張る理由は何だ?

 向こうにメリットがあるようにはとても思えない。

 先ほど抱いた違和感が、俺の中で確信に変わる。


 ――シオンは本当に、三年前のことを覚えていないのだと。


 なぜそんなことになっているのかは分からない。

 ただ一つ分かることは、そんなシオンと今から戦わなくてはならないということだけ。


「説明はこの程度で十分かしら? それでは今度こそ戦いを始めましょうか」


 シオンが高らかに声を上げる。

 なんとか戦いを避けられないかと、俺は思考を巡らせる。



「……そいつ等を使役してるってことは、さっきの戦いもどこかから見てたんだろ? 悪いが三体が協力したところで、俺たちには勝てないぞ」

「そうね。一体一体が別々に戦ったところで、そこの剣士や格闘家に個別撃破されてしまうだけ。どうやら実力に大きな差があるようだもの」

「それが分かってるなら、戦いを挑む理由は……」

「けれどそれは、個別に戦ったらの話。さあ、時間よ」

「――ッ! これは!」



 どういうことか。

 シオンが軽く手を挙げると、三体の下級悪魔が一か所に集う。

 そして、ゆっくりとゆっくりと、三体の体が混ざり合っていく。


「何が起きているの……?」

「一つに、なっている?」

「邪悪な気配が増していきますわ……!」


 三体の下級悪魔はその身を合体させ、さらに上位の存在に変化しようとしていた。


「ふふふ。悪魔は人間と違い、純粋な魔力の集合体。それらを組み合わせることによって、上位存在に進化させることも可能なのよ!」


 シオンの言う通りだった。

 僅かな時間をかけてその場に生み出されたのは、下級悪魔よりも一回り大きい一体の生命体。

 姿としては少し大きくなっただけ。

 が、そのうちに秘める魔力量は先ほどとは比べ物にならなかった。

 進化の際、大気中の魔力すら吸収したのだろうか。

 その身に秘める力は、俺たちが死力を尽くして討伐した強敵――ヒュドラにも匹敵していた。



「御覧なさい。これが上級悪魔(アークデーモン)……貴方たちを殺す存在よ」



 シオンは自信に溢れた声でそう告げる。


『オレ様が、貴様達ヲ殺ス』


 シオンの意思に応えるように、上級悪魔も力強く宣言する。


「これは……厄介だな」


 その光景を前に、俺は顔をしかめた。


 強さだけならば、まだ何とかできるはずだ。

 あの日ヒュドラを討伐した俺たちならば。

 しかし、問題はこの敵が悪魔だということ。

 ヒュドラと違い、神聖な力を持たないフレアやテトラの攻撃では致命傷になりえない。

 リーシアの浄化の力も、このレベル相手にどこまで通用するか分からない。

 せめてあの時のように、リーンの魔力が込められたアイリスのネックレスを使用できればいいのだが……


「確か、病み上がりだから再度魔力を込めるのは今度にするって言ってたよな」


 そのため、今アイリスがつけているネックレスに魔力は込められていない。

 リーンの魔力を頼りにするわけにはいかない。


 となると、いったいどうすれば。

 俺は必死に頭を回転させる。

 しかしそれをいつまでも待ってくれるほど、敵は優しくなかった。


「本命の前にこれだけの敵を相手にするのは些か面倒だけれど……仕方ないわね」


 シオンが上級悪魔に命じる。


「彼らを殲滅しなさい」

『了解、シタ!』


 そして、上級悪魔は指示に従ってこちらに迫ってくる。

 仕方がない。

 覚悟を決めろ!


「やるぞ、皆!」

「任せて、アイク!」

「倒す」

「もちろんですわ、ご主人様!」


 そして、俺たちと上級悪魔の戦いが始まった。

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