第65話 シオンの目的

 アイリスの告白に、俺は思わず目を見開いた。


「人形遣い、シオン?

 それにリーンさんを裏切ったってことは、まさか……」


 アイリスはこくりと頷く。


「そう。三年前まで、お母様のパーティーにいた人形遣い」

「それは確かなのか?」

「うん。何度か顔を合わせたことがあるから、まちがいないよ」


 アイリスは震える声でそう教えてくれる。

 俺はギリッと歯を噛み締めた。

 まさかこんなところで、アイリスの因縁の相手と出会うことになるとは。

 アイリスは告げる。


「どうして、あなたはあの日、お母様をうらぎったの!? そのせいで、お母様は……!」


 苦痛に耐えるような声。

 それを聞くだけで、彼女がこの三年間受けた苦しみが伝わってくる。

 アイリスの怒りに、張本人であるシオンはどう答えるのか。

 この場にいる全員がシオンに注目する。


 しかし、


「ごめんなさいね。そんなこと、全くもって記憶にないわ」

「!!」


 責任を放棄するとも取れる反応に、アイリスたちは驚愕と怒りに目を見開く。


「覚えてないふりするなんて、ひどいよ」

「うん。許せない」

「どのようにして口を割らせましょうか」

「グルゥ」


 反応は様々。

 共通しているのはシオンに対して不満を抱いているという点。

 当然、俺も同じだった。


 だがそれと同時に、違和感のようなものを覚えていた。

 三年前のことを覚えていないと言ったシオンの言葉が、嘘をついているように思えなかったのだ。


「…………」


 アイリスに視線を落とす。

 仮にシオンの言葉が本当だからと言って、当然アイリスのほうが嘘をついているとも思えない。

 その表情が、何よりもそれを雄弁に告げている。


 それに、人形遣いであるということ自体は、彼女自身が先ほど認めていた。

 状況的にどう考えてもアイリスの方が正しい。


「いったい、何がどうなってるんだ……?」


 そもそも、シオンの目的はなんだ?

 どういった経緯で悪魔を使役するようになったのかも分からないし、こうして俺たちの前に現れた理由も定かではない。

 ただ一つ分かるのは、俺たちと敵対する意思があるということだろうか。

 頭の中が疑問でいっぱいになる。

 だがいつまでも考えている時間はなかった。


 シオンがくすりと笑う。


「長話も何でしょう。そろそろ戦いを再開するとしましょうか」

「俺たちと相対する気か?」

「当然よ。でなければ下級(レッサー)をけしかけたりしないわ」

「……なぜ俺たちと戦う? お前の目的は一体何なんだ?」

「あら、言ってなかったかしら? いいわ、特別に教えてあげましょう」


 そう言って、シオンはそばにいる下級悪魔の頭を撫で始めた。


「私は悪魔族のために働くという使命が与えられているの」

「悪魔族のために働く使命だと? いったいどういうことだ?」

「……そんなことはどうでもいいでしょう? 問題は中身よ。その使命を達成するのに最もふさわしいことが、何か分かるかしら?」

「…………」


 悪魔族のためになること。

 一つだけ、頭に浮かんだ答えがある。

 そもそも、前回戦った下級悪魔も、一つの目的を口にしていた。


 ただ……

 俺は後ろにいるアイリスに視線を向ける。

 彼女の前では、その考えを口にしたくない。

 そんな俺の想いを踏みにじるように、シオンが続ける。


「分かったようね? 悪魔族にとって天敵となる存在が人間界にはいる。そう、勇者よ」


 その言葉に反応したのはアイリスだった。


「ゆう……しゃ?」

「ええ。そして勇者の中でも特別に優秀だった存在。その勇者を殺すことこそ、私に与えられた最大の使命」

「……まさか!」


 ここまでくれば、その答えに辿り着くのに時間は必要なかった。

 シオンの言う勇者とは、すなわち――



「ようやく察したようね。そう、私の標的は歴代最強とも謳われた勇者リーンの殺害。

 ……街中で悪魔が暴れていると知ればすぐ救援に現れると思っていたら、貴方たちが立ちはだかったのは予想外だったけれど……まあ構わないわ。

 貴女たちを片付けた後、本命に向かうとしましょう」



 そう言って、シオンは不敵に笑った。

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