第62話 新たなる人形遣い

 フレアたちと別れた後、俺、リーシア、アイリスは急いでこの場から避難する。

 できればアイリスだけでも、グレイス家に送り返したい。


 そう強く思いながら駆けていく中、俺たちの前にその存在・・・・が現れる。


「――――うそ、だろ?」


 人のものとは思えない、禍々しい漆黒の体を持つ生命体。

 俺はその化け物の正体を、吐き捨てるように告げる。


下級悪魔レッサーデーモン……!」


 まさか、ここに来て三体目が出現するとは。

 さすがにこれは予想外だった。


 こうなったからには、選択肢は一つしか残されていない。


「リーシア! アイリスを連れてここを去ってくれ!」

「しかし、それではご主人様が!」

「数分なら時間を稼げる! 急げ!」

「――っ、分かりましたわ!」


 リーシアは苦渋の表情で頷き、アイリスの手を引く。


「そんな! お兄ちゃんを置いていくの!?」

「そうです! ご主人様の想いを裏切るわけにはいきません!」


 その言葉を聞いたアイリスはわずかに逡巡の表情を浮かべた後、リーシアに続いてこの場から去る。

 それを見送った後、俺は改めて下級悪魔に向かい合う。

 なんとかして時間を稼がなくては。


「……狙イ、オ前ジャナイ」

「なに?」


 だが、覚悟を決めた俺の前で、下級悪魔は不可解なことを呟いた。

 そしてあろうことか、その鋭い目をリーシアとアイリスに向ける。


「匂イ、向コウノ方ガ強イ。アッチヲ狙ウ」

「待て、させるか! デコイ!」


 下級悪魔の注意をこちらに向けさせるために囮を発動する。

 しかしどういうことか、下級悪魔はその効果を受けることなく、まっすぐリーシアたちに迫る。


「しまっ――」


 これは予想外だ。

 俺の演算能力をフルに使えば、迫りくる攻撃を凌ぐことができる。

 だが、こうして単純な追いかけっこになれば勝てる見込みはない。

 俺と下級悪魔では、身体能力が根本から違うのだ。


「リーシア! アイリス!」


 だから俺は、二人の名を呼ぶことしかできなかった。

 下級悪魔が自分たちを狙っていることに気付いた二人は、思わずその足を止める。


「きゃあっ!」

「させませんわ! 嫉獄炎インフェルノトウ!」


 漆黒の炎が下級悪魔を襲う。

 だが、


「無駄、ダ!」

「なっ、ダメージを無視して!?」


 間違いなくダメージは通っているはずなのに、それに耐えながらも下級悪魔は突進を止めない。

 やがて下級悪魔の振りかざしたかぎ爪が、リーシアとアイリスの二人を襲う――


「ウォォォオオオオオオオオオオ!」

「ッッッ!? ガッ!」


 ――直前、その間に何かが割り込んだ。

 人? いや、違う。

 体長は2メートルを優に超える、白い毛並みを携えた巨大な狼が、体当たりで下級悪魔を吹き飛ばしたのだ。


 というか、あの狼は――――


 俺は狼の奥にいるアイリスに視線を向ける。

 すると、その腕の中には既にはなく――アイリスは虚空を見つめながら、驚愕の声を零した。



人形遣いドール・オペレーターから、人形遣いフィギュア・マスターに進化……って、何のこと?」

「――――ッ、これは!」



 それは、この世に新しく人形遣いフィギュア・マスターが誕生した瞬間だった。



――――――――――――――――――――


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