第63話 共闘開始
「ドール・オペレーターからフィギュア・マスターに進化……!? これはまさか!」
俺はかつての記憶を思い出す。
セプテム大迷宮にてミノタウロスに襲われている途中、
ノードに裏切られ、置き去りにされたあの日。
俺のもとにもその現象が訪れ、それと同時にフレアは意思を手に入れた。
それはいわば、人形遣いとしての覚醒の瞬間。
それと同じものが、たった今アイリスの身にも起きたのだ。
だが、それはそれとして、疑問は残る。
「覚醒はともかく、その結果なんでぬいぐるみが意思を得るんだ?
フレアたちのような、人形師が作った人形だけに現れる現象じゃないのか……?」
そう、戦闘用に作られたフレアたちと、ブランと名付けられた子犬のぬいぐるみとでは、構成要素が全く異なるはず。
にもかかわらず、フレアたちと同じように意思を得たのはなぜなのだろうか。
けど、そんなことをいつまでも考えていられる余裕はなかった。
「ブランが大きく……いったい、何が起きてるの?」
というのも、覚醒した張本人であるアイリスの方が、より困惑していたからだ。
あまりにも突然の出来事だ。
そうなってしまうのも仕方ないだろう。
ブランが意思を得た原理について考えるのは後回しだ。
今、分かることのはたった一つだけ。
俺はアイリスを安心させるよう、優しく声をかける。
「アイリス、無事か?」
「お、お兄ちゃん! これ、何が起きてるの?
いきなりブランが大きくなって、かってに動き出して……」
「多分、俺たちと一緒だ。アイリスが人形遣いとして覚醒したんだよ」
「わたしが、かくせい……?」
「ああ。どうしてぬいぐるみであるブランにそれが起きたのかは分からないけど……覚醒するために必要なのは、人形を大切に思う心。アイリスがブランを大切に思い続けていたからこその結果なはずだ」
「わたしが、ブランを大切に思っていたから……」
アイリスは戸惑いながらも、俺の言葉を聞いて少しだけ嬉しそうな表情を浮かべた。
そして、そのまま視線の先にいるブランを見つめる。
「本当に? わたしがブランを大切に思っていたから、ブランがそれに応えてくれたの?」
「うぉおおおん!」
肯定するように、空高く吠えるブラン。
それを見て、今度こそアイリスは満面の笑みを浮かべた。
「そっか……わたしも、お兄ちゃんみたいになれたんだね」
「ああ」
俺はそんなアイリスの頭を撫でる。
ただ、彼女だけに意識を向けられるほど、今は甘い状況ではなかった。
「ご主人様、そろそろ敵が動きます」
「ああ、分かってる」
リーシアの言葉を受け、俺は頷く。
ブランの突撃によって吹き飛ばされていたはずの下級悪魔が起き上がり、再び俺たちの前にやってきたのだ。
「ヤッテ、クレタナ! 貴様ラは、絶対ニ許サナイ!」
「さすがに、今の一撃でやられてくれるほど甘くはないか……だが!」
もう、不安はない。
先ほど、不意打ちとはいえ下級悪魔にダメージを与えたのを見るに、恐らくブランはBランククラスの力を有している。
覚醒した瞬間からそれだけの力を持っているとは。
さすがは勇者であるリーンの血を引いたアイリスが使役しているだけはあると言ったところか。
魔力の質からして、恐らく通常からかけ離れているに違いない。
そして主であるアイリスを守るようにして構えるブランには、下級悪魔と戦う意思があるはず。
ブランの協力を得れば、ここにいる戦力だけでも、十分に渡り合えるはずだ!
「リーシア、アイリス、方針変更だ。今ここで悪魔を倒す」
リーシアは真剣な表情で、アイリスは少しだけ戸惑ったように頷く。
「ええ、ご主人様のおっしゃる通りに。わたくしはアイリスさんを守るように立ち回りつつ、援護いたしますわ。アイリスさんもそれでよろしいですか?」
「う、うん。まだ何が起きてるのか理解できてないけど……お兄ちゃんたちなら、なんとかしてくれるって信じてるから。だからブランもお願い。お兄ちゃんたちを守って!」
「バウッ!」
任せろと言わんばかりにブランが吠える。
傍から見てもはっきりと分かる信頼関係だった。
「何人デ、カカッテ来テモ同ジ。皆殺シ!」
「残念だけど、そうはならない!」
下級悪魔の宣言を、俺は力強く否定する。
そして、混乱に陥った町中で――俺たちと下級悪魔の戦いの幕が開くのだった。
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