第52話 VSケルベロス 前編
突如として俺たちの前に姿を現した三つ首の魔獣――ケルベロス。
ミノタウロスやヒュドラにも匹敵すると言われているそのAランク魔物が、ここトリア迷宮のボスであると俺は直感的に理解した。
対するケルベロスは、鋭い赤色の目を俺たちに向けると、目標を定めたとばかりに凶暴な光を宿す。
直後、ケルベロスの三つの口が突然大きく膨らみ始める。
一体何をするつもりなのか。
過去に聞いたことがあるケルベロスの情報と照らし合わせて、俺は敵の狙いを見抜く。
「ッ――
ケルベロスが体内に有する大量の魔力を炎に変換して放たれる絶大な一撃。
遭遇したばかりで、まだこちらの態勢が整っていない状況で放たれると、一発で全滅の恐れすらある。
この危機的状況から皆を救うのに適しているのは、やはり――
「テトラ、頼む!」
「わかった」
テトラはこくりと頷くと、俺たちの前に立ち両手を前に伸ばす。
蒼く輝く魔力が集い、それはやがて一枚の盾となる。
「「「ガァァァアアアアア!!!」」」
「蒼盾(アイギス)」
ケルベロスの放った炎の息吹と、テトラの展開した蒼盾が衝突する。
瞬間、耳をつんざくような轟音が鳴り響き、さらには身を焦がすような熱風が空間全体に広がった。
衝突が終わり、その場に残ったのはテトラの蒼盾のみ。
無事にケルベロスの初撃を防ぎ切ることに成功したみたいだ。
しかし、それで胸を撫で下ろすことはできなかった。
炎の咆哮を防がれるや否や、ケルベロスは力強く大地を蹴りこちらに駆けてくる。
遠距離戦は分が悪いと見て、近距離戦に勝機を見出そうとしているようだ。
三つの口が大きく開き、俺たちを噛み殺そうとばかりに獰猛な牙が鈍い光を発している。
「いかせないよ!」
その仕掛けに真っ先に反応したのはフレアだった。
ケルベロスとテトラの前に立ち、剣を構えて迎え撃つ。
が――
「っ、重い!」
剣で牙を弾こうにも、ケルベロスの体重が乗った一撃を簡単に弾き返すことはできないようだった。
さらに、反撃を試みようにも他の頭が交代しながら攻撃してくるため、そううまくはいかなかった。
不意に、前回のヒュドラ戦を思い出す。
ヒュドラもケルベロスと同様に複数の頭を持っており、その連携にはひどく苦しめられた。
今回はあの時と比べて数は随分と少ないが、その分それぞれのパワーやスピードは上回っているようで、あのフレアですら苦戦を強いられていた。
だが、状況はすぐに一変する。
「よそ見してて、いいのかな?」
「私たちを忘れてもらっては困りますよ!」
フレア一人に集中しているケルベロスの死角をつき、シーナとエルの二人がそれぞれ別の頭に攻撃を仕掛けていた。
二人はフレアの動きに出遅れた段階で、隙をついてケルベロスに攻撃を仕掛けることに意識をシフトさせていたようで、見事にその狙いが的中した。
極めつけは――
「隙だらけ」
いつの間にかケルベロスの懐に潜り込んでいたテトラが、力強いアッパーを浴びせる。
それによって、彼女の何十倍もの重量があるケルベロスの体が、一瞬だけ地上を離れた。
「「「グォォォオオオオオ!」」」
連続でダメージを与えられたケルベロスは、確かに苦痛の声を漏らしていた。
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