第51話 崩壊

 俺とテトラが行き止まりの空間に辿り着き、探索を開始してから約10分後。

 は突如として起こった。


 ゴゴゴという鈍重な音と共に、空間全体が激しく振動する。

 とにかく、何か異常事態が発生しているということは確かだった。


「テトラ! ひとまずこっちに!」

「わかった」


 離れた場所にいたテトラを呼び寄せ、この後に備える。

 何が起きても対応できるようにしなくてはならない。


「これは……」


 続けて、俺はその異変に気付いた。

 この空間で最も存在感の強かった物体――犬の頭をかたどった彫像が、非常に強力な魔力を纏い始めたのだ。

 それに伴うようにして、灰色だった肌が禍々しい漆黒に塗り替えられていく。


 だが、いつまでも彫像を見ていられる余裕はなかった。

 空間全体の揺れはますます激しくなり、それによって恐るべき事態が訪れたからだ。


 揺れに耐えきれなくなったのか、ガラガラと、空間を覆う周囲の壁が勢いよく崩れ落ちていく。

 空間の中心にいたため俺とテトラが崩壊に巻き込まれることはなく、ほっと胸を撫で下ろす。


「……ん?」


 と、ここで俺はもう一つだけ状況が大きく変わっていることに気付いた。

 崩壊した壁の向こう側にいる人物が視界に入ったのだ。

 俺たちから見て左右に、二人ずつ立っている。


 向こうもこちらの存在に気付いたのか、嬉しそうに笑う。



「アイク! テトラ! そこにいたんだね!」

「何はともあれ、合流できてよかったです」



 左方には、フレアとエルの二人が。



「ああ、ご主人様! ようやく再会できましたわ!

 この喜びをどのように表現すべきなのでしょうか!」

「……態度の変わりようがすごいね。

 まあ、アイクさんやエルたちと再会できて嬉しいのは一緒だけど」



 右方にはリーシアとシーナの二人がいた。


 三組に分断された後も、問題なくダンジョンを進んできたようだ。

 俺は安堵のため息をつく。


 その後、フレアたちは地面に転がる瓦礫を飛び越えて、こちらに駆け寄ってくる。

 これで六人全員が一ヵ所に集まることができた。


「よし、これで全員揃ったな」


 俺の呟きに皆が頷く。

 次に発言したのはフレアとリーシアだった。


「それにしても、すっごくびっくりだね!

 行き止まりに辿り着いて、変な彫像があると思って調べてたら急に壁が壊れちゃうんだから!」

「驚いたのはわたくしたちも同じです。

 もっとも、こちらは部屋に足を踏み入れた瞬間のことだったので、中を調べる余裕すらありませんでしたが」

「……えっ?」


 二人の言葉を聞き、俺は少し違和感を覚えた。

 どうやら分断された三組の道がこの行き止まりに続いていたことは間違いないだろうが、問題はそこに辿り着いたタイミングだ。

 俺とテトラがやってきたのは約10分前。

 フレアたちは恐らく数分前、そしてリーシアたちに至っては一分も経っていないだろう。


 そして肝心なのは、壁が崩壊したのがリーシアたちが辿り着いたのと同じタイミングだったということだ。

 これは推測になるが……恐らく、壁の崩壊の条件となっていたのは、三組全てがこの場所に辿り着くことだったのではないだろうか?

 仮にそうだとするなら――問題はまだ何も解決していない。


 一度はそれぞれ三組に分断され、大量の魔物が現れる通路を踏破し、その上で全員が辿り着いた時のみに起こる現象。

 そして、未だにこのダンジョンのボスが現れていないという事実。

 そこから導き出される答えは、つまり――



「「「ガァァァアアアアア!!!」」」



 ――突如として、獣の咆哮が空間いっぱいに響き渡る。


 俺は咄嗟に音がした方向に視線を向け、思わず言葉を失った。

 それと同時に、予想が正しかったことを確信する。


 俺たち全員がこの場所に辿り着いた瞬間に壁が崩壊した目的。

 それは俺たちを合流させることと同時に、を解くためでもあったのだ。


 人の身長を大きく上回る巨躯は、大繩に締め上げられたかの如く隆起している。

 鋭い赤色の眼光が俺たちを射抜き、獰猛な牙が目の前にいる獲物を食い荒らさんとばかりに鈍く光る。


「まさかこんなところでお目にかかるとはな……」


 俺は冷や汗をかきながら、その魔物を前にして小さく呟く。


 そこにいたのは、ミノタウロス、ヒュドラとも匹敵する強力な魔物。

 このトリア迷宮のボスであろう三つ首の魔獣――ケルベロスだった。

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