第48話 二人
赤色の魔力に包まれてから数秒後。
光が収まり、ゆっくりと目を開けると、予想通り先ほどまでとは違う光景が広がっていた。
どうやら俺は通路の途中に転移したらしく、目の前には通路が続いている。
後ろは壁になっており、どうやら一方通行みたいだ。
先に進んでいくしかない。恐らく、ここからがこのダンジョンの本当の始まりなのだろう。
なぜ俺たちだけにこの現象が起こったのかは疑問だが、今はそれを気にしていられる余裕はない。
ここから先の難易度はこれまでよりも間違いなく高いはず。
CランクやBランクの魔物も出てくるとすれば、決して油断はできない。
それでも俺が落ち着いているのには理由があった。
なぜなら、この場にいるのは俺一人ではなかったからだ。
「アイク。どうやらわたしたちだけみたい」
俺と同じように辺りを見渡していたテトラが、冷静にそう分析する。
どんな状況でも落ち着いている彼女の姿は、こういった非常事態にはとても頼もしい。
「転移時の様子から察するに、俺とテトラ、フレアとエル、リーシアとシーナの三組に分けられたんだろう。きっとここから先は、それぞれでダンジョンを攻略していく必要があるんだと思う」
「! アイクとわたしの、二人だけで?」
「ああ、頼りにしてるぞ、テトラ」
「任せて。がんばるっ」
ふんすっ、と。
鼻息を荒くしながら力強く頷くテトラ。
その様子があまりにも可愛らしかったため、俺は思わず彼女の水色の髪をすくように撫でる。
するとテトラは小さく首を傾げた。
「アイク?」
「いや、悪い、手が勝手に」
急いで手を離そうとするも、俺の腕がテトラの両手に捕らえられる。
そしてそのまま左右に揺らす。
「ううん、すごく満足。そのまま続けてくれていい」
「そうか……なら、遠慮なく」
許可も貰ったことだし、俺はそのままテトラの頭を撫で続けた。
テトラは目を細めながら、満足気にふふふ~んと鼻歌を歌っていた。
他の仲間たちとはぐれてしまったという状況には適さない、まったりとした雰囲気のおかげで、緊張感まで薄れていくようであった。
結論。
うちのテトラ、ちょー可愛い。
それからしばらくリラックスタイムを楽しんだ後、俺たちは改めて先を目指すことになった。
歩き始めて数分、俺たちはさっそく魔物の群れと遭遇することになった。
人と同じように二足歩行でありながら、狼の顔と茶色の体毛に覆われているのが特徴的なCランク魔物――ワーウルフ。
俺一人では一体討伐するのにも苦労する魔物が五体。
魔物の中でも特に連携が優れているため、同時に複数体を相手にするのは厄介だ。
まあ、それも少し前までの俺なら――という話だが。
「テトラ、左方の三体を頼む。俺は右方の二体をやる」
「了解」
簡単に指示を出し、戦闘が開始する。
ワーウルフも直感的にテトラの方が強いと気付いたのか、そちらに数を割く。
結果としてこちらの目論見通り、テトラが三体、俺が二体を相手にすることとなった。
「グルゥゥゥ!」
二体のうちの一体(前衛)が、身を低くしながら俺目掛けて突進してくる。
人間相手ではまず経験することがない低さからの攻撃。
これがワーウルフ(前)を相手にする上で、まず注意しなければならない点だ。
もう一体(後衛)のワーウルフ(後)は、突進するワーウルフ(前)の後ろで俺の動きを注視している。
俺が突進を躱し態勢を崩したタイミングで攻撃を仕掛けてくるつもりなのだろう。
さて、どうするか。
二体の連携攻撃を躱しきる自信はある。
今までの俺ならば回避に徹して時間を稼ぎ、テトラに倒してもらっていただろう。
だけど――――
「火炎(ファイア)」
「!?」
俺は自ら敵を倒すことを選んだ。
これまで成長し続けるテトラたちを見て、思ったんだ。
俺自身ももっと強くならなければと。
これから彼女たちはどんどん次のステージへと昇っていく。
その時に俺が足手まといになるわけにはいかない!
ワーウルフ(前)は突進を止めることができず、勢いよく火炎に顔を突っ込む。
普通ならばCランク魔物に大したダメージを与えられない俺の初級魔術も、この状況では話が別だ。
目と鼻に直撃を浴びたワーウルフ(前)はその場で立ち止まり、混乱しながら火を浴びた自分の顔を両手で振り払っていた。
――――今!
短剣を強く握り締め、俺は一気に敵に接近する。
「ガアッ!」
仲間の危機を察したのか、ワーウルフ(後)がワーウルフ(前)の脇を抜けるようにして、俺目掛けて鋭い爪を伸ばす。
だが、
「――読んでた!」
「ギャンッ!!」
ワーウルフ(前)に危機が迫ればワーウルフ(後)が援護に来るのは分かっていた。
初めから狙いをワーウルフに定めていた俺は、伸ばしてきた手首の腱を短剣で斬った。
だが、俺の攻撃はまだ止まらない。
「黒闇(ダーク)」
その場で闇属性の初級魔法を発動した俺は、素早くバックステップでその場から飛び退く。
二体のワーウルフは混乱から抜け出せていないのか、闇の中に留まったままだ。
その隙に俺は素早く腰から魔留石(高)を取り出す。
ここに込められた魔力を全て使ってしまえば、その反動で俺は動けなくなる。
だから、使用量を俺の許容範囲内である三分の一に抑えておく。
Cランクの魔物相手ならばそれで十分だ。
「――――火炎(ファイア)」
ドンッ! と、小さな爆発が闇の中心で発生する。
高熱の熱風は闇を吹き飛ばし、さらに二体のワーウルフの体を焦がす。
全身が炎にのまれて燃え尽きるまで、そう長い時間はかからなかった。
二体のワーウルフが魔石に変わったのと同じタイミングで、既に三体のワーウルフを倒し終えていたテトラが近付いてくる。
「勝った、いえい」
「ああ、お疲れ様、テトラ」
パンッと手を叩き合った俺たちは、そのまま先に進んでいく。
頭の片隅で、他の組は無事だろうかと考えながら。
――――――――――
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