第42話 噂の真偽
冒険者ギルドの前に辿り着くと、喧騒が外にまで聞こえてくる。
俺とリーシアは数日ぶりに冒険者ギルドの扉を開けた。
ヒュドラ討伐直前に資料を見に来た時以来だ。
いつも通り受付で依頼完了の報告をして、その後に戦利品を買取してもらうだけのはずだった。
しかしギルドの中に足を踏み入れた俺たちに待っていたのは、予想とは異なる光景だった。
「ん? なんだ?」
俺たちが中に入った瞬間、賑わっていたはずのギルド内が突如としてしーんと静まる。
中にいた冒険者たちが一斉に視線をこちらに向ける。
突然のことに、俺は思わず足を止めてしまう。
なんとも形容しがたい空気の中、一人の冒険者が俺に近付いてくる。
レッサーデーモン討伐時に知り合ったCランク冒険者――ルアンだった。
「お、おい、アイク、ちょっといいか?」
「なんだ?」
「いや、その、何て言うかだな。
実はアンタたちがセプテム大迷宮の六階層に挑んだって噂が流れててな。
その噂を裏付けするように、ここ数日はギルドにも来てなかっただろ?
で、もしかしたら失敗しちまったんじゃないかって予想が広がってたんだ」
「ああ、そういうことか」
アルトからヒュドラ討伐の依頼を受けた後、俺はギルドでヒュドラの資料を読み込んだり、セプテム大迷宮攻略に必要な準備を整えていた。
既に五階層を攻略している俺がいつも以上に入念な準備をしている様子を見て、六階層に挑もうとしていると推測するのはそう難しくないだろう。
何日かギルドに来れてなかったのは疲れ切った体を癒すためだが、確かにそれらの状況から俺たちがダンジョン攻略に失敗したと――言い換えるなら、ダンジョン内で死亡したと推測されるのも仕方ないことだ。
そこに現れた俺の姿に皆が驚くのも仕方ないことだ。
その例に漏れることなく驚いていたルアンも、もう落ち着いた様子で口を開く。
「いやー、しかしそうなると噂は間違ってたってわけだな。
さすがにアンタたちでも何十年も攻略されてない六階層を攻略するのは無理だろうからな。
不在だった期間から考えて、町の東に発見された新しいダンジョンにでも行って――」
「いや、六階層自体は攻略したぞ?」
「――は?」
ぽかーんと間抜けな表情のままルアンの動きが止まる。
「おーい、聞いてるか? 六階層は攻略したって言ったんだけど」
「う、嘘だろ? それじゃ何日もギルドに来なかったのは?」
「ただの休養だよ。六階層はなかなか大変で疲れが溜まってたからな」
「……マジでか?」
「大マジだ。
ほら、これが証拠だ。六階層のボスだったヒュドラの魔石だ」
俺は素材袋の中から黒色の魔石を取り出す。
それなりに見識がある者なら、一目見ただけで魔石の価値を見抜くことができるはずだ。
「な、なんだ、こんな純度の高い魔石見たことねぇぞ!?
以前一目見たAランク魔物の魔石より、遥かに質が高い!」
それなりに冒険者としての活動歴があるルアンにもそれが分かったようだ。
彼の言葉につられるように、周囲で様子を窺っていた冒険者たちも近付いてくる。
「なんだこの魔石、こんなの見たことねぇよ」
「綺麗な艶のある黒色。まるで夜空みたい」
「六階層を攻略するなんて、どんな実力者なんだ。三階層すら攻略したことがない俺には想像もできねぇよ」
わいわいと、一気ギルド内が賑わい始める。
俺からすれば気恥ずかしい称賛も幾つかあったが……
「うふふふふ。ご主人様の素晴らしさが下々の民にも知れ渡っていきますね。
ええ、ええ、大変気分がよろしいです!」
「リーシア、お前はいったいどの立場なんだ?」
リーシアが自信満々に胸を張りながら誇らしげにそう呟く。
リーシアさんが幸せそうで何よりだと俺は思いました。
その後しばらくの間、怒涛のように俺に質問が飛んできた。
何で六階層に挑もうと思ったのか、どんな敵が出てきたのか、どのようにして攻略したのか。
アルトから受けた依頼ということもありあまり大っぴらにはしたくない内容が多かったため、ほとんどは誤魔化してやり過ごした。
そしてようやく解放された後、受付にいたエイラに今回の件について報告する。
彼女は心からの笑みを浮かべて称賛の言葉をくれた。
「アイクさんが無事で、本当によかったです。
私だけはアイクさんがどこに行っているのか把握していましたから、噂程度にしか思っていない皆さんと違いすごく心配だったんです。
今度からはできるだけ早く報告に来てくださいね」
「……善処します」
「お願いしますね。
小言はこの辺りにして、改めて。
アイクさん、六階層の攻略、本当におめでとうございます」
「ありがとう、エイラ」
そんな会話をした後、戦利品の査定に入る。
四階層のボス・ガーゴイルの魔石や、五階層のボス・ミノタウロスの魔石はそれぞれ大金貨二枚と四枚で買い取ってくれることになった。
ただ、ヒュドラの魔石だけはすんなりとはいかなかった。
エイラ曰く。
「過去の買取実績では大金貨五枚とありますが……アイクさんの話では今回討伐したヒュドラは特殊個体だったんですよね?
確かに魔石の質も通常に比べて異常に高いようですし、これでは査定ができませんね……」
「……やっぱりそうなるか」
俺も薄々そうなるんじゃないかと思っていた。
明らかにあのヒュドラの実力は通常のそれを超えていたからだ。
間違いなくSランクに達しているだろう。
査定ができず少し残念な気持ちはあるが、特に問題はない。
アルトから貰った報酬のおかげで生活に困ることはないだろうからな。
もしかしたら別の場所で使い道があるかもしれない。
そう考えた俺はヒュドラの魔石以外の二つを売却し、大金貨六枚を手に入れるのであった。
――――ん? なんだ?
不意に、誰かに見られているような感覚に襲われる。
反射的に振り向くも、冒険者が多くいて誰のものか判断がつかない。
「どうかしましたか、ご主人様?」
「いや、何でもない」
まあ気にする必要はないだろう。
俺はそう結論を下すのであった。
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