第41話 散歩という名の
――二人きりの散歩とはいったものの、歩くのはいつもと同じ通りだ。
特別な何かがあるわけはない。
にもかかわらず、リーシアはとても楽しそうに俺の隣を歩いていた。
もちろん、ずっと俺の左腕に抱きついたままだ。
……なんていうか、不思議な気分だ。
俺はリーシアが意思を得る前から彼女のことを知っている。
それどころか俺が彼女の体を使役することによって魔物と戦ってきた。
そのせいもあるのか、こうして彼女の意思によって俺がこれまで取ってこなかったような行動をされてしまうと、少しだけ混乱してしまうのだ。
いや、だってほら、聞いてくれ。
自分で美少女といって差し支えない人形の体を動かしてスキンシップをしているとか明らかにヤバい奴じゃん?
ただ常識に基づいて行動していただけだ。
俺は悪くねぇ。
ここにはいない誰かに心の中で言い訳しながら歩いていると、不意にリーシアが声を張り上げる。
「あっ、見てくださいご主人様、出店がいくつも出ていますよ!」
「本当だな。せっかくだし何か買い食いするか」
「はい!」
そんなわけで、近くにあった出店に寄ることにする。
俺たちが選んだのはフール飴だ。
フールという黄緑色の甘酸っぱい果実を飴で包んだ、子供や女性に人気なお菓子だ。
俺は特に腹が減ってなかったためリーシア用に一つだけ頼む。
すると店主が腕を組む俺とリーシアの関係を勘違いしたのか、表情を緩ませながら口を開く。
「おっ、こりゃ随分仲のいいカップルだな。
ほら、一番大きいのを持っていきな!」
「いや、俺たちはカップルでは――」
「まあ、これはこれはありがとうございますわ。美味しくいただききますっ」
間違いを訂正しようとする俺よりも早く、リーシアは満面の笑みを浮かべてフール飴を受け取った。
優しいはずの声の中に、俺は不思議と有無を言わせない威圧感を感じた。
その後、フール飴を食べながら通りを歩いていると、リーシアはぷくぅと頬を膨らませながら目を細めて俺を見てくる。
「もうっ、ご主人様。ああいう時は相手の言葉に頷いて、カップルだと認めるべきだと思います。
そうすることで周囲から逃げ場をなくし……ごほんごほん、先ほどのようにサービスしていただけることもあるんですからっ」
「なるほど」
少し気になる言葉が出てきた気がするが、俺は構わず頷いておく。
フール飴を三分の一ほど食べたリーシアは、不意に俺の方にそれを差し出してくる。
「どうしたんだ?」
「いえ、せっかくサービスで大きめをいただきましたので。
ぜひご主人様も一口いかがですか?」
なんだろう?
ただのおすそ分けのはずなのに、リーシアの目がぎらぎらとしている。
まさか、何か裏の目的があるとでも!?
しかしながら、せっかくの機会だ。
丸々一つはいらなくても、一口くらいなら味わっておきたい気持ちもある。
リーシアの好意をありがたく受け入れるとしよう。
「なーんて、冗談です。
ご主人様はいつも巧みに私の願いを躱すのですもの。
もっとも、それもまたわたくしの愛が試されていると燃える要因に――」
「いただきます――うん、美味いな」
「――ふえっ?」
シャキシャキとした食感と、優しい甘さ。
そして微かな酸味がいいアクセントになっている。
確信を持って美味しいと断言できる味だった。
感想を共有しようと思いリーシアを見ると、なぜか彼女はフール飴を差し出した体勢のまま動きを止めていた。
ぽかーんと、信じられないものを見たかのような表情を浮かべている。
「リーシア? どうしたんだ?」
「はっ! 現実!?」
空想の世界にでも行っていただろうか。
そんな感想を抱いてしまうセリフを零したリーシアはその場できょろきょろと周囲を見渡した後、フール飴に視線を向ける。
直後、なぜか彼女のきめ細やかな白色の肌が朱に染まった。
「ま、ま、まさかこのタイミングで間接キス!?
こ、これは予想外です。ここまでわたくしの心をもてあそぶとは、さすがはご主人様です。
今ここで全て食べるべき? いいえ、それでは勿体ない!
宿に持ち帰り丁寧に保存して家宝にしなくては――」
「リーシア?」
「――はい! 何でしょうかご主人様?」
小声かつ早口だったため何を言っているのかは聞こえなかったが、動揺した様子のリーシアが心配になり名前を呼ぶ。
すると、彼女はすぐにいつもと同じ笑みを浮かべて返事をしてくれた。
……変に見えたのは気のせいだったのだろうか?
まあ、何にもなかったのならそれが一番だ。
特に気にする必要はないだろう。
その後、なぜかいつもより機嫌のいいリーシアと一緒にギルドへと向かった。
俺が見ていない一瞬の隙に、半分ほど残っていたフール飴がなくなるという出来事があったりしたものの、俺たちは無事ギルドに辿り着くのであった。
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