第40話 待っていた瞬間

 アルトと報酬についての話も終わり、俺たちは応接室を後にした。

 フレアたちがどこにいったのか使用人の方に尋ねると、訓練室にいると教えてくれた。

 リーシアに人形について教えるはずだったが、能力などを実演でもしているのだろうか?


 そう思いながら訓練室の扉を開いた俺たちの目に飛び込んできたのは、驚愕の光景だった。



 瞬く間に、数十の剣閃が煌めく。

 深紅の刃と黄金の刃がぶつかり合い、甲高い音を鳴らしていた。



「くっ、なんて重い攻撃なの……!」

「お褒め頂き光栄です。

 しかし速度ではこちらが少し劣るようですね。

 素晴らしい腕前です」



 剣を振るっているのは、当然のことだがフレアとリーンの二人だった。

 何してるんだアイツら。


「安静にすると言っていたのはなんだったのか……」


 横にいるアルトも額に手を当て深く息を吐いていた。

 そりゃそうなるよな。

 訳分かんねぇもん。

 なんであの勇者あんなに元気なんだ?


 と、呆れながら二人の斬り合いを見ていると、そこに水色の髪の少女が混ざる。



「次はわたしの番」

「了解しました。では、行きます!」



 リーンは攻撃対象をフレアからテトラに変えると、強く床を蹴り接近する。

 テトラは落ち着いた様子で小さく口を開く。


「蒼盾(アイギス)」


 テトラの前に生まれる、薄い蒼色の盾。

 だが、リーンは立ち止まることなくそのまま剣を振るった。


 鼓膜が破けたんじゃないかと錯覚するほどの激しい衝突音が、辺り一帯に響き渡る。

 見ると、リーンの力強い一撃を蒼盾は防ぎ切っていた。


 が――



「まだです」

「!?」



 ――リーンがそこで諦めることはなかった。

 蒼盾に剣を止められた状態のまま、両足で床を強く掴む。

 大樹が根を張るがごとく静謐(せいひつ)かつ力強い構え。

 訪れる数秒の均衡。その直後だった。



「はあっ!」

「むっ」



 リーンの剣がジリジリと蒼盾を押し返していく。

 ヒュドラ戦でテトラが蒼盾を弾いて攻撃していたことを、逆に利用されているみたいだ。

 このままだと押し切られてしまう。


 ――もし俺がテトラの立場ならばどうするべきか。

 一つだけ方法を思いつく。



「解除」

「む」



 同じ答えに、テトラも辿り着いたらしい。

 蒼盾が突如として消えたせいで剣が空振り、リーンは態勢を崩していた。

 隙だらけだ。攻撃を与えるチャンスになる。


「いいえ、そうはいきません」


 しかし、さすがは勇者というべきか。

 剣を一度手放したリーンは、重みから解放された素早い動きで態勢を整え、素手でテトラを迎え撃とうとしていた。

 テトラは目を見開くものの、もう作戦を変えるわけにはいかない。

 拳を振るう構えを取るテトラと、カウンターを試みるリーン

 両者の拳が交差しようとしたその時、俺は声を張り上げた。



「ストップだ、止まれ!」

「「――――」」



 二人は同時に動きを止めた。

 なんとか言葉が届いたようで安堵する。


 模擬戦を俺の独断で止めてしまったのは申し訳なく思う。

 が、あのままでは両者相打ちになってしまっていただろう。

 軽く体を動かすだけならばともかく、病み上がりの人間にテトラの重い一撃を浴びせるわけにはいかない。


 二人とも模擬戦の終わりを理解したのだろう。

 テトラは構えをとき、リーンは落とした剣を拾い上げる。

 自分の番を待っていたらしいフレアもまた、剣を鞘に戻していた。


「ありがとう、アイクくん。模擬戦を止めてくれて」

「いえ、むしろリーンさんを模擬戦に巻き込んでしまったようで、こちらが謝らなければ」

「いや、おそらくリーンが無理を言って混ざっていったのだろう。君が謝る必要はない」

「……バレてしまいましたか」


 俺とアルトの言葉を聞いたリーンはぽつりと零す。

 どうやらアルトの推測が正しかったようだ。


 ところで、フレアたち以外の二人はどこにいったのだろうか?

 きょろきょろと辺りを見渡すと、部屋の隅にリーシアとアイリスを見つけた。

 二人は楽しそうに笑いながら会話をしているみたいだった。

 二人とも金髪に青目ということも関係し、どこか姉妹のように見えてしまう。


 俺は二人のもとに歩いて近付く。

 二人も俺に気付いたのか、会話を止めてこちらを向いた。


「リーシア、アイリス、何の話をしてたんだ?」


 その問いに対して二人は一瞬顔を見合わせると、意味深な笑みを浮かべる。



「うふふ、内緒です、ご主人様」

「うん! 秘密だよ!」

「……? そうか。なら別にいいんだけど」



 なぜ俺に内緒にしたいのかは不明だが、二人が仲良くなっているみたいなのは喜ばしいことだ。

 俺はそう思った。



 その後、グレイス宅での用事を終えた俺はギルドにもヒュドラ討伐の報告をするために館を出ようと思ったのだが、フレアとテトラはもう少し滞在したいと主張した。

 なんでも接近戦での立ち振る舞いなどを教わりたいらしい。

 その申し出にリーンも了承したため、模擬戦はしないことと、リーンが疲れを感じた時にはすぐに終わることを条件に俺は許可を出した。


 必然的に館を出るのは俺とリーシアの二人になる。

 館を離れ、二人きりで街道を歩いていた時だった。



「――やっと、二人きりになれましたね、ご主人様」

「っ、リーシア!?」



 むにゅうと、柔らかい双丘を押し付けるようにリーシアが左腕に抱きついてくる。

 その顔にはしてやったりという笑みが浮かんでいた。


「うふふ、こうして二人きりになるのをずっと待っていたんですよ?

 いつもはフレアやテトラもいますからね」

「ああ、そう言えばそうだな」


 普段から四人で一緒に行動することが多いため(フレアたちが俺から離れることがまずない)、特定の誰かと二人きりになるのは、ここ最近なかった。

 そのためリーシアは寂しさを感じていたのかもしれない。

 ……ずっと一緒にはいたはずなんだけどな。



「ご主人様にご理解いただけたようで何よりです。

 さあ、このままデートに出かけましょう!」

「デートって、リーシア、これからギルドに行くって言っただろ?」

「それは重々承知しています。

 ですがその途中に買い物などに寄る時間くらいはあるでしょう」

「……まあ、それもそうか」



 リーシアの言う通り、今すぐギルドに急がないといけないわけではない。

 ゆっくりと散歩を楽しみながら向かうのもいいだろう。


 とまあこんな風にして、俺とリーシアの散歩(リーシア曰くデート)が始まった。



――――――――――


書籍版『不遇職【人形遣い】の成り上がり』

ドラゴンノベルス様より3月5日(金)発売します。

この度、表紙の方が公開されました。

Amazonなどでも見れますので、ぜひご一読ください。

あまりにも高クオリティなイラストに、皆驚くはずです。

本当に最高です。よろしくお願いいたします!







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る