第39話 謝礼

 全員で優雅な時間を楽しんだ後、話の内容はがらりと変わる。

 しておかなければならない重要な話があったのだ。


 フレアたちに軽く目配せすると、彼女たちはこくりと頷いた。

 そして事前の打ち合わせ通りに動き出す。



「そうだ、アイリスちゃん!

 せっかくだし、私たちが人形のことを教えてあげるよ!」

「人形のこと……?」

「そう。人形遣いとして、知っておいた方がいいこともある。

 例えば、人形であるわたしたちが、どのような考えを持っているかとか」

「っ! それ、すごく気になる!」

「ええっ、ならば教えて差し上げましょう!

 ご主人様がどのようにわたくしに愛情を注ぎ、わたくしがそれにどう応えているかを!」

「あっ、それはあんまり……」


 わいわいと賑わいながら、あれよあれよという間にアイリスが別室に連れて行かれていく。

 これでこの場には俺とアルト、そしてリーンだけになった。


 ……ここからの話は、アイリスには聞かせないほうがいい可能性が高いからな。


 俺は姿勢を整えると、改めてまっすぐにリーンに向き合う。

 ただ座っているだけでも分かる鍛え抜かれた体躯。

 天井から糸で吊られているかのように、背中に一本の軸が通っており、微動だにしていない。

 僅かな窓の隙間から入り込む風が、彼女の金糸を小さく揺らすのみ。


 その姿を見て、俺は強く疑問に思う。

 三年前のあの日、これほどの傑物の身にいったい何があったのか。



「リーンさん、訊きたいことがあるのですが大丈夫でしょうか?」

「ええ、構いませんよ」



 動揺することなく、静かに頷くリーン。

 俺はそんな彼女に尋ねた。



「三年前、ヒュドラに出会った時の出来事について、伝聞という形ですがお聞きしました。

 ただ幾つか分からない点があって、直接リーンさんの口からお聞きしたいと思ったんです」

「なるほど。では、その直接お聞きしたいこととは?」

「色々とありますが、やはり一番は……人形遣いのことです」

「……人形遣いですか」



 そこでようやく、リーンの反応が少し変わった。

 視線を下ろし、手を顎に当て、何かを考えこむ素振りを見せる。

 その真剣な眼差しの中に、俺はどこか違和感を覚えた。


 しばしの思考の後、リーンは顔を上げる。

 ちらりとアルトに視線を向けながら口を開いた。



「そう問われましても、お答えするのが難しいですね。

 実は昨日、アルトからも同じことを訊かれました。

 もちろん、私のパーティーメンバーであった二人から聞いたという話も含めて。

 私からは、二人の話がであったとしか答えようがありません」

「ということは本当に人形遣いが裏切ったせいで、リーンさんはヒュドラに対応しきれなかったのですか?」

「……そうですね。確かにあの人形の妨害さえなければ、少なくとも全員で無事に撤退することはできたでしょう。いえ、それどころか……」



 そこでリーンは口を閉ざす。

 続きを待ったが、どうやら話はここで終わりみたいだ。


 ……結局、真相は分からないままか。

 人形遣いの意図が何であったかも定かではないまま。

 アイリスのためにも、何か別の理由があって欲しかったんだが……


 まあ、無理にそれを望むこともないか。

 今、彼女たちが全員そろって無事なこと。

 それが何より大切なことだろう。



 その後、さらに話は変わる。

 病み上がりのリーンはこの場から去り、俺とアルトだけが残された。


「遅くなってしまったが、報酬の話に移るとしようか」

「……そうですね」


 依頼受注時、アイリスたちとのやり取りに意識を割かれていたためすっかり忘れていた報酬の話が、ようやく始まろうとしていた。


 ……しかし、報酬の額も決めずによくあれだけの死闘に挑んだものだ。

 確かミノタウロスを討伐した際、ミノタウロスの魔石と魔留石(高)を売却して得たのが大金貨六枚と小金貨が数枚程度だったか。

 ヒュドラはミノタウロスより圧倒的に格上だったが、魔石の納品などは依頼内容に含まれておらず、俺のものとなっている。

 それらを考慮すれば、大体大金貨十五~二十枚程度だろうか?



「ひとまず金額としては、大金貨百五十枚でどうだろうか?」

「百五十!?」



 そんな風に考える俺に対して、アルトは予想を遥かに上回る金額を告げた。

 思わず大声でオウム返ししてしまう。


 俺の反応を見て、アルトは「む」と声を漏らす。


「これだけでは少なかっただろうか?

 まだいくらか上乗せすることはできるが……」

「ぎゃ、逆です! 想定より随分と多くて驚いてしまっただけです」

「我が最愛の妻であるリーンの命を、そして最愛の娘であるアイリスの心を救ってくれた恩人に対する謝礼だ。多すぎるということはないだろう」


 アルトは嘘偽りない真剣な表情でそう告げた。

 いや、まあ確かに、領主家からすればそこまで大きな金額ではないのかもしれない。


 ……もしこれだけの金額を受け取ってアルトたちが生活に困窮するならば話は別だが、そうなることはまずないだろう。

 だとするなら、ここは素直に受け取っておく方がいいかもしれない。


「それでは、大金貨百五十枚を頂戴しようと思います」

「うむ。そう言ってくれた方が私としてもありがたい。何度目になるかは分からないが、改めて。リーンとアイリスを救ってくれて本当にありがとう」


 その後、使用人が持ってきた大金貨が大量に入った革袋を受け取った。

 ずしりと重みを感じる。

 冒険者は出費の多い職業だが、それでも大金貨が五枚もあれば余裕を持って一年を過ごせる。

 そう考えると、ここには三十年分の生活費が入っていることになる。

 なんなら、今すぐ引退してゆっくりと余生を過ごすことさえできる額だ。

 大切にしなくては。


「さて、金銭的な報酬は以上となる。他に何か今欲しいものはあるだろうか?」

「いえ、問題ありません」

「そうか。では、これから何か困ったことがあれば私たちに頼るといい。アイクくんは我が家の恩人だ。いついかなる時でも、グレイス家は君の力になろう」

「ありがとうございます」


 今後も冒険者の町フォードで活動していく上で、グレイス家と良好な関係を築けていることは大きな助けになるだろう。

 損得勘定を抜きにしても、ずっと関わっていたい人たちだ。

 俺は心の底からそう思った。

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