第二章 災禍を断ち切る者

第38話 望んだ光景

 ――――ヒュドラとの死闘から三日が経った。


 十分な休養を取った俺たちは、改めてグレイス家にやってきていた。

 目の前に座るアルトは、深く頭を下げる。


「改めて礼を言わせてほしい。

 この度は本当にありがとう。

 君たちのおかげでリーンは救われた。どれだけ感謝してもしたりない程だ」

「こちらこそ、色々と力を貸していただきありがとうございました。ダンジョンの地図やアイリスさんのお守りなどが私たちを助けてくれましたから」

「……そうか、そう言ってくれるならありがたい」


 ところで、と。

 俺は気になっていたことを尋ねることにする。


「この場にはリーンさんやアイリスさんはいないみたいですが、今もリーンさんの自室にいらっしゃるんですか?」

「いや、その二人ならば庭の方で――」


 その時だった。

 ドゴォォォオオオオオン! と、激しい爆音が鳴り響く。


「っ、なんだ?」


 俺たちはすぐに音のなった方に向かう。

 爆音は外から聞こえた。

 部屋の窓から外を覗くと、そこには剣を振り切った構えのまま佇むリーンの姿があった。


 庭に埋められていたはずの大きな木々は幾つも両断されリーンの前の地面に横たわっていた。


 金糸を軽く揺らしながら態勢を整えたその勇者は、「ふむ」と頷く。


「なかなか全盛期のようにはいきませんね。

 力加減も難しいです。

 もっと修行しなくてはなりませんね」


 リーンは続けて剣を振るっていく。

 その一振り一振りが、Bランク魔物程度なら余裕で両断できるほどの鋭さを誇っていた。


 ……え~っと。

 確か、あの人、数日前まで三年間寝たきりだったんだよね?

 なんで既にAランクに匹敵する力を取り戻しているんだろう?



「すごい剣技だねっ。私も教えてほしいくらい!」

「……蒼盾アイギスで防げるか、試したい」

「なかなか規格外な実力をお持ちのようですね」



 隣にいるフレア、テトラ、リーシアも俺と同様の感想を抱いていた。 


 そっと視線を横にずらすと、アルトは頭に手を当てて深く息を吐いていた。


「すまない、アイクくん。

 寝ている間になまった体を元に戻すため、軽く体を動かすだけのはずだったのだが……

 どうやら久しぶりの修行に熱中してしまっているようだ」

「な、なるほど……」


 困惑と共に頷きながらも、修行の様子をそのまま眺める。

 リーンの少し後ろにはアイリスの姿もあり、元気な母親を見て嬉しそうに笑っていた。


 ……うん、まあ、あれだ。

 何はともあれ、リーンがあれだけ体を動かせるほど元気になったことを喜んでおこう。

 きっとそれが一番だ。




 それから数十分後、リハビリと言う名の修行を終えたリーンと、それに付き添っていたアイリスが戻ってくる。

 使用人に紅茶を入れなおしてもらい、お茶の時間となった。


 まずはこちらから、ヒュドラ討伐の件について話すことになった。

 常識外れの力を誇るヒュドラに対してどのように立ち回り、接戦の末に勝利したのか。

 その過程を事細かく説明した。


 カップを傾け紅茶を一口飲んだリーンは、カタッと小さな音を鳴らしテーブルに置く。


「なるほど。話を聞くだけでも身震いするほどの激闘だったわけですね」


 小さく口角を上げながらそう告げる。

 身震いとは言うが、俺からはそれが恐怖によるものではなく武者震いのように見えるんだけど気のせいだろうか?

 先ほどの修行を見てしまったからだろうか、俺の中のリーンに対する印象は変わってしまっていた。


 そんな中、純粋な反応をしてくれたのはアイリスだ。



「すごいね、お兄ちゃん!

 まるでいつもお母様から聞いていた冒険譚みたい!」



 青色の瞳をキラキラと輝かせ、尊敬の眼差しをこちらに向けてくれる。

 そう言えばアイリスはリーンの冒険話を聞くのが好きだと言っていたな。

 俺たちとヒュドラの激闘もまた、彼女の琴線に触れたのかもしれない。

 キラキラ笑顔がとても可愛い。



 その後アイリスにせがまれるようにして、ヒュドラとの戦いについてさらに詳細に話した。

 時にはフレアたちが実戦の様子を演じるなど、非常に賑わいながらお茶の時間は過ぎていった。


 あの日、少女の望んだ光景がここにはあった。

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