第43話 有象無象
ギルドでの報告も終わり、帰路についている最中。
隣を歩くリーシアが小さく口を開く。
「……ご主人様、お気付きですか?」
「ああ、何人かがついてきているな」
ギルドを出てからずっと複数人につけられているのを俺は気付いていた。
走って撒くのは簡単だが、それだと後日に面倒なことになるかもしれない。
俺はそっと、人影のない路地裏に進路を変える。
俺の意図を悟ったリーシアも無言でついてくる。
そして当然――
「ははっ、自分たちから無人の場所に移動してくれるなんて、随分親切じゃねぇか」
――俺たちを尾行していた追っ手も、待っていたと言わんばかりに姿を現した。
数は五人。全員が男性だ。
全員話したことはないが、何人かはギルド内で見かけたことがあるやつもいる。
「俺たちに何か用か?」
予想はついているが、念のために尋ねておく。
「あぁ? そんなことにもまだ気付いてねぇのかよ。
決まってんだろ。お前が持っているヒュドラの魔石と、さっきギルドから受け取った金を俺様たちに渡せ。そしたら命だけは助けてやるよ」
予想的中。
俺たちから金品などを奪い取るつもりなのだろう。
しかし理解できない点もある。
「断る。そもそも俺たちがヒュドラを討伐したって話を聞いてなかったのか?
お前らがどの程度の実力者なのかは知らないが、あまりにも無謀すぎるだろう」
「それはどうかな?
確かに俺様たちは全員Cランクだが、お前に勝つだけなら余裕だ」
「根拠は?」
「お前が
以前見た時に連れていた戦闘用の人形は今いない。そっちの人形は確か僧侶型って言ってたよな?
人形遣い本人と僧侶ごとき、俺様たちの敵じゃねぇよ」
「――そういうことか」
どうやら、ある程度の計画を立てた上での犯行のようだ。
確かに常識で考えるなら、人形遣い本人も僧侶も単独では戦う力を持たない。
――――そう、常識ならば。
「うふふ、うふふふふ。
つまりはご主人様に危害を与えようとする有象無象の害虫ども、というわけですね。
ええ、ええ、仕方ありません。ここは私が一瞬で全員を消し炭に――」
「いや、リーシア。ここは俺一人にやらせてくれ」
「――ご主人様?」
堪忍袋の緒が切れかけているリーシアを停止し、俺は一歩前に出る。
不思議な気分だ。
以前までなら、俺一人でCランクの敵と戦うなど徹底的に避けていただろう。
だけど今、五人もの敵を前にして一切恐怖を抱かないのだ。
数々の強敵との死闘を潜り抜けていた。
それに比べれば、この程度――危機ですらない。
「身体強化(エンハンスメント)」
「――! 全員構えろ!」
これは決闘でも模擬戦でもない、実戦だ。
戦闘開始の合図などあるはずもなく、俺は奇襲を仕掛けた。
敵は全部で五人。
短剣を抜いた俺は、まずはリーダーであろう剣士の男に狙いを定める。
まだ戦いの準備が整っていない相手に対し、俺は短剣を振るう――
「甘いんだよ!」
キンッ! と。
刃がぶつかり合い、甲高い音が辺り一面に響き渡る。
身体強化をした上でも相手に軍配が上がるようで、簡単に受け止められた。
「ははっ、速度には驚いたが力はこんなもんか。
なんてことはねぇな。やっぱりテメェごとき、五人でかかる必要もなかったなぁ!」
「――――」
男の振るう剣によって、俺の体は軽々と吹き飛ばされる。
空中で姿勢を整えて着地するも、その時には既に周囲を五人に取り囲まれていた。
「今だ、やれ!」
男の叫びに応えるように、その中の魔法使いらしき二人が両手を俺に向けて叫ぶ。
「炎槍(フレイムランス)!」
「雷砲(サンダーキャノン)!」
襲い掛かってくる、炎の槍と雷の砲撃。
どちらも中級魔法なだけあり、Cランク相当の威力を誇っている。
さすがにあれを受ければ大怪我は免れないだろう。
もっとも、当たればの話だが。
「ははは! ざまぁねぇ! これで終わりだ!」
「お前たちがな――黒闇(ダーク)」
初級魔法、黒闇を発動する。
俺の体から放たれる漆黒の闇が、瞬く間に俺の体を覆い隠す。
直後、炎槍と雷砲がその闇に直撃し、爆風を生み出した。
同時に砂塵が吹き荒れ、それぞれの姿が見えなくなる。
「おい、どうなった! 奴は倒せたのか!?」
「はい! 直前に何やら魔法で対抗しようとしていましたが、あのタイミングで回避など到底ふかの――がはっ!」
「ッ!? どうした!?」
――まず魔法使いを一人。
どうやら砂塵に紛れて俺が接近しているのを敵は全く気付けなかったらしい。
簡単に会心の一撃が入った。
「奴はどこに――ぐわあ!」
「何が、何が起きている!?」
続けて二人目。
これで魔法使いはどちらとも戦闘不能だ。
――想像以上に、うまくいった。
先刻のリーダーらしき男との攻防で、俺の目的は敵を倒すことではなかった。
奇襲を仕掛けることで、敵はそれぞれの体に染みついた咄嗟の反応をとる。
そこから敵の陣形や弱点を見抜こうと考えていたのだ。
その目論見は成功した。
敵の五人の内訳は剣士が二人、重戦士が一人、魔法使いが二人。
中でも魔法使い二人の動きは悪く、狙い目となった。
俺は敵の中級魔法をギリギリまで引き付けた上で躱すことで、敵に俺を倒せたと錯覚させた。
そして勝利したと思い込み生まれた隙をつくように、まず魔法使いを二人倒したのだ。
一瞬で二人がやられたことで既に敵の陣形は瓦解し、混乱に陥っている。
混乱する敵に気付かれないように気配を消しながら、俺は次々と攻撃を仕掛けていく。
一人一人の実力も、連携も、全てがこれまで戦ってきた魔物たちより数段劣る。
もはや俺の敵ではなかった。
砂塵が残っている間に剣士と重戦士を一人ずつ倒し、残るはリーダーらしき男のみになった。
短剣を握りながらゆっくりと距離を詰めていく俺を見て、男は後ずさる。
「冗談、だろ?
そうだ! お前、本当は人形遣いじゃないんだろ!?
俺様たちを騙してたんだ! そうに決まっている!
でなければこんなことになるはずが――」
「終わりだ」
「――ガッ!」
もはや抵抗の気力さえなくしている男の顎を、短剣の柄で下から叩く。
脳震盪を起こしたのだろう。男は体をふらつかせながら倒れていく。
「ふー」
「さすがです、ご主人様!」
五人全員の気絶を確認した俺は一つ息を吐き、自分の勝利を確信する。
その後、俺とリーシアは冒険者ギルドから職員を呼び、男たちの身柄を引き渡すのであった。
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