第33話 成長の実感、そして

「グルァァァアアアアア!!!」


 ――大気を震わすミノタウロスの咆哮によって、戦いの火ぶたは切られた。


 地面が深く沈むほどの力強い踏み込みとともに、ミノタウロスが高速で接近してくる。

 金属斧を大きく振りかぶり、俺たちをまとめて薙ぎ払おうとしているみたいだ。


「させない!」


 だがそう簡単に先手を許しはしない。

 フレアは集団の中から飛び出すと、まっすぐにミノタウロスに向かっていった。


「はあっ!」

「グゥッ!?」


 金属斧を振りかぶることにより隙だらけになった胴体を狙うフレア。

 さすがの反応速度というべきか、ミノタウロスは急ブレーキをかけた後バックステップで攻撃をギリギリ躱す。


 だが急な回避のせいか態勢が僅かに崩れていた。

 畳みかけるなら今だ!


「リーシア! 頼む!」

「分かりましたわ――嫉獄炎インフェルノ!」


 リーシアから放たれたのは、禍々しい漆黒の炎。

 地を這うように伸びる炎は、ミノタウロスの周囲を囲むようにして伸びていく。


 だが――



「ガァアアア!」

「ッ!?」



 炎が直撃すると思われた直前、ミノタウロスは高く跳びその巨躯を空に浮かばせる。

 対象を見失った炎は行き場をなくしたように塵となって消滅していった。


 リーシアは不満げに口を開く。


「まさかあのタイミングで回避されるとは思っていませんでしたわ」

「いや、問題ない。

 敵はいま上空で身動きが取れない――テトラ!」

「まかせて」


 俺が指示を出した時には既にテトラは動き出していた。

 テトラが軽く膝を曲げるだけで地面は凹み、周囲にはヒビが入る。

 強い反発を受け、彼女の体は跳んだ。


「グルゥ!?」

「逃がさない」

 

 空中で見事に態勢を整えたテトラは、深く拳を溜める。

 ミノタウロスは咄嗟に金属斧を盾のように構えていた。



 ――無駄だ。



「――デコイ

「ッ!?!?!?」


 俺がスキル囮を発動すると同時に、ミノタウロスの視線は俺に向けられる。

 現在はまだ誰もミノタウロスにダメージを与えていないため、悪感ヘイトを集めやすくなっている。

 一瞬でもこちらに意識が向けば、それで十分だ。


 自分から意識が逸れたミノタウロスに対し、テトラは告げる。



「喰らえ」



 全身のバネから生じる力を拳の一点に集めて放たれた一撃。

 その一撃はテトラの眼前に生じた空気の壁を容易く突き破り、その勢いのままミノタウロスの胴体に減り込んだ。

 テトラがそのまま腕を振り切ると、ミノタウロスの巨躯は軽々と下に吹き飛んでいく。


「次は外さないよ!」


 落下地点を予測したフレアが、剣を構えながら超速で駆けていく。

 駆けるフレア。落下するミノタウロス。

 横と縦の線が交差するその刹那――剣閃が瞬く。



「これでおしまい!」

「グガァァァアアアア!!!!!」



 フレアの剣技の前にはミノタウロスの硬質な皮膚も意味はなかった。

 鋭い刃によって切り刻まれたミノタウロスの体が、ドスンという重い音を立てて地面に落ちる。

 直後、ミノタウロスは魔力の霧となり魔石だけがその場に残された。



 ――討伐完了だ。



「お疲れ、みんな。よく頑張ってくれた」

「うん! 最高の連携だったね!」

「なかなかの殴りごたえ、まんぞく」

「むむぅ、わたくしの活躍が足りなかったような気がいたします……ヒュドラ戦では名誉挽回しなければなりませんね」


 ミノタウロスを討伐したことに、それぞれの感想を抱いているみたいだ。

 俺個人としてはまあ、リーシアと似ているかもしれない。

 結局、囮くらいしか役に立てなかったからな。


 フレアたちが自分だけで戦えるようになっていることは喜ばしい。

 けど、それに頼るだけじゃ駄目だ。

 俺にできることをもっと探さなければ。

 じゃないと、俺はこれ以上成長できなくなってしまう。


 自分だけの胸に一つの目標を抱えたまま。

 俺たちは今回の目標階層――六階層に挑むのであった。



 ――――



 ――その違和感を覚えたのは、六階層に降りた瞬間だった。


「これは……」

「嫌な感じがするね。空気が重いっていうか」

「……変な調子」

「魔力の質がこれまでと違うのでしょうか?」


 違和感を覚えたのは俺だけではなかった。

 フレアたちも同様の何かを感じている。


 五階層までで感じてきたものとは、全く異なる気配。

 肌に鋭く突き刺さるような悪寒……とでも言えばいいだろうか。

 長居はしたくないが、それでも進む必要がある。


「さあ、行こう」


 俺たちは六階層のボス部屋を目指し歩き始めた。




「……妙だな。全然魔物に遭遇しないぞ」


 六階層を歩き始めること二十分。

 BランクやAランクの魔物が続々現れるのではないかと戦々恐々していたが、現実はその予想の真逆だった。

 強力な魔物どころか、一体の魔物すら出てこないのだ。


 そんなことが果たして起こりえるのだろうか?

 アルトから聞いた話でも、六階層にはヒュドラ以外の魔物がいないとは言っていなかったはずだ。

 この三年間のうちに、何か状況が変わったとでもいうのだろうか?


「っ、待ってくださいご主人様!」

「!?」


 そんな考え事をしながら歩を進めていると、突如として後ろのリーシアから引き留められる。

 思考を中断し顔を上げると、俺は言葉を失った。


「これは……」


 目の前に広がるのは紫色の水晶に四方を囲まれた巨大な空間。

 そこには普通では考えられない光景が広がっていた。

 何やら薄い紫色の霧のようなものが、空間内に満たされていたのだ。


 直後、脳裏に浮かんだ一つの考え。

 冗談とは思いたいが、試す必要がある。


「……リーシア、浄化魔法を頼む」

「……かしこまりました」


 リーシアは神妙な面持ちのまま、両手を霧の前に掲げた。

 彼女もまた俺と同じことを考えていたらしい。


 仮に俺たちの予想が正しければ……

 この先に待ち受けている敵は、想像を遥かに上回る存在かもしれない。


広範囲浄化ピュリフィケーション


 リーシアから放たれる優しい純白の光。

 その光に触れた部分から、紫色の霧は消えていく。


「っ、やはりか!」


 浄化魔法が通じたということは、今の紫色の霧は恐らく毒だったのだろう。

 ヒュドラについて書かれた資料の中にあった記載を思い出す。


 ヒュドラが扱う毒には複数の種類があるが、その中でももっとも厄介なもの。

 薄めた毒を空気に混ぜ、大気全体に拡散させる広範囲毒攻撃――毒霧ポイズンミスト


 それが今、目の前に広がっている。

 すなわちここはすでに――ヒュドラの射程範囲内!



「全員、気を付けろ!

 いつヒュドラとの戦闘が始まってもおかしくはな――」



 途中で、俺は言葉を止めた。

 止めるしかなかった。


 背筋に冷たいものが走った。

 六階層に降りてから感じていた悪寒が一層強まる。

 そこでようやく理解した。

 これは視線だ。

 強大な魔力の持ち主から見られていることに、俺たちは直感的に嫌悪感を抱いていたのだ。


 俺は大きな勘違いをしていた。

 ここがヒュドラの射程圏内じゃない。

 が、奴の――



『グルゥゥゥウウウウウ!!!』



 ――脳髄を揺らすかのような叫びが辺り一帯に響き渡る。

 まるで数体の魔物が、全く同時に雄たけびを上げているかのようだ。



「きゃっ、何これ!?」

「嫌な予感がする」

「何かが近付いてきます!」

「――――!?」



 続けて鈍重な破砕音が先の通路から聞こえる。

 壁や天井を破壊しながら、何かが接近してきている。

 震えそうになる体を必死に抑え、戦いに備える俺たちの前に――

 


 ――は現れた。



 ヒュドラは通常、十メートル強の首を7~9本持つ魔物だ。

 胴体を含めると小さな宿を超える大きさだという。

 そのはずだった。


 だけど、眼前に現れたこいつは違う。

 強靭な漆黒の鱗によって覆われた首は、一本一本が三十メートルを軽く超えるだろう。

 ――それが、なんと九本も。

 うち一本は、五十メートルにも及ぼうかという長さだった。


 金色の瞳、鋭い牙、長い舌、全てが規格外となっている。

 全てを合わせれば、その大きさはもはやグレイス家の館にさえ匹敵する。


 正真正銘の化物。

 もはやAランクでは収まらない。

 伝説の冒険者、勇者リーンが敗北した最強の敵。



 ――――ヒュドラが、そこにいた。

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