第29話 人形遣いの少女

 アルトの許可を取った俺は、アイリスの部屋の前まで来ていた。

 今から俺は彼女と真剣に向き合うことになる。

 柄にもなく緊張していた。


 一度大きく深呼吸し、意を決してその扉をノックする。


 ことことことと、中から足音が近付いてくるのが分かった。

 ガチャリと扉が開く。



「だれ? ……っ!」



 アイリスは扉の外にいた俺の姿を見て、驚きに目を見開いた。

 けれどすぐに疑うように目を細めると、恐る恐る口を開く。



「な、なに?」

「えっと、初めまして。

 俺は冒険者のアイクって言うんだけど」

「……知ってる。お父様から聞いたから」

「そっか。なら、俺への依頼の話も聞いてるかな?」

「……ヒュドラの討伐?」

「うん。その依頼を受ける前に、少し君とも話したいと思って」

「……わかった」



 思ったよりすんなりと受け入れてもらえたようだ。

 俺はアイリスの案内に従って、部屋の中に入っていく。


 領主の一人娘の自室とは思えないほどには殺風景だった。

 家具の一つ一つは上等なものなんだろうが、必要最低限のものしか揃えられていない。

 それ以外にあるものをあえて挙げるなら、アイリスが大事に抱きかかえている白い犬のぬいぐるみくらいだろうか。


 アイリスと改めて向き直ったことで、彼女の姿が真正面から視界に入る。

 照明を受け輝く金色の髪は、眠るリーンによく似ていた。

 深い海のような碧眼も彼女から譲り受けたものなのだろうか。


 ふと、気付く。

 アイリスは一つだけネックレスをかけていた。

 透明な石が光を受けて反射している。

 少なからず装飾品は身に着けているみたいだ。

 


「そ、それで。わたしにお話って?」



 不意に、アイリスは問う。

 俺はどう答えるべきか少し悩んだ後、思うがままに話すことに決めた。



「依頼からは少し逸れた話になるんだけど。

 領主様から聞いたよ。君は人形遣いなんだってね」

「――!」

「知っているとは思うが、俺も人形遣いなんだ。

 それで訊きたいことがあったんだ。

 君は人形遣いのこと、どう思ってる?」

「っ、そんなの、どうだって――」



 アイリスは怒ったような顔で声を荒げる。

 けど、俺の顔を見ると同時に動きは止まる。


 アイリスは目を伏せ、思い悩む姿を見せる。

 しばしの沈黙の後、彼女はゆっくりと口を開いた。



「きらい。きらいに決まってるっ。

 人形遣いのせいで、お母様は目を覚まさなくなった」

「…………」

「人形遣いなんて、みんなの中では不遇職って言われてるような職業なのに。

 そんな職業の人を仲間にして、その結果、裏切られて……

 ぜんぶぜんぶ、ばかみたい!」



 アイリスの言葉は止まらない。



「だから思ったの。

 お母様があんな目に合ったのは人形遣いのせいだって。

 って」



 彼女は心からの思いを紡いでいく。

 時にはつたない言葉になってでも、



「……そんな風に思うから、罰が当たったんだよ。

 わたしも、人形遣いになって。

 周りからもばかにされたの。領主の娘が不遇職なんてかわいそうだって。

 つらかった。でもね、それはぜんぶわたしがもともと思ってたことだったの。

 だから受け入れるしかなかったの」



 そういうアイリスの表情は、後悔とやるせなさに満たされていた。



 ――ああ、そうか。そういうことだったのか。


 母親を裏切ったのが人形遣いであること。

 自分が不遇職である人形遣いになってしまったこと。

 アイリスの身にふりかかったのがそのどちらか一方だけならば、折り合いをつけることができたかもしれない。


 けれどアイリスは最悪なタイミングでその二つの事態と遭遇した。

 前後から逃げ場をなくされるような、そんな絶望の中にあったのかもしれない。


 そんな彼女に俺は何ができるだろうか。

 ……リーンを裏切った人形遣いの目的が不明な以上、そこに向けられる憎悪をなくしてやることはできない。

 ならば、残されたのは一つだけだ。


 俺は思ったんだ。

 リーンの命が危機だとか、そんなことは後にして。

 何よりもまず、目の前のこの幼い少女に――



 ――人形遣いという職業を、好きになってほしかった。



「アイリス」

「――っ」


 俺は初めて彼女の名を呼んだ。

 びくりと肩を震えさせるアイリスに、俺は真剣な眼差しを向ける。



「俺にはアイリスが抱えるものの全てを取り除いてやることはできない。

 けれど、それでも教えてやれることが一つだけある」

「おしえてくれる、こと?」

「ああ、そうだ。アイリスが不遇職だって思い込んでる人形遣いはな、実はすっごい職業なんだぞ」

「……えっ?」



 素っ頓狂な反応をしたあと、アイリスは激しく首を横に振る。

 犬のぬいぐるみを、絶対に手放さないと言わんばかりに、ぎゅうっと抱きしめながら。



「う、うそだよ。

 だってみんな言ってた。

 人形遣いは人形を犠牲にしておとりにすることしかできないって。

 ――そんなの、いやだよ。

 みんなの役に立てないのも、大切な人形を犠牲にするのも、わたしは絶対にいやだもん!」



 ……そうだったのか。

 アイリスが人形遣いを嫌いな理由は、決して周りからばかにされるからだけじゃない。

 人形を傷付けたくない、そんな優しい気持ちの裏返しでもあったのだ。


 アイリスの優しさを他人は否定するだろう。

 人形を犠牲にしてでも周りに貢献するのが人形遣いの役目だと。

 それが正しいこの世の仕組みなのだと。


 だけど、俺だけは。

 この世界で俺だけは、それが間違っていると力強く断言できる。


 いや、しなければならない。



「それを聞いて、安心した」

「……え?」

「アイリスはもう、人形遣いにとって一番大切なものを持ってるよ」

「……どういう、こと?」



 俺は腰のベルトから人形就寝具を三つ取り出す。

 今日お披露目するつもりはなかったが、せっかくの機会だ。

 盛大に行こう。



「見てろ、アイリス。奇跡が起きるぞ」

「奇跡って――」



 次の瞬間だった。

 人形就寝具の中から最小サイズのフレアたちが飛び出してくる。

 そして――



形状変化デザイナー

「わあッ!?」



 三人が一瞬で最大サイズに変化する。

 これでもう、普通の人と見分けがつかないだろう。


 さて、それじゃあ次に、三人が心を得ているということをアイリスに説明しなければ――



「ぐすっ、アイリスちゃん! もう大丈夫だからね!」

「心配いらない。わたしたちがついている」

「今回だけは、ご主人様の優しさを譲りましょう」

「えっ? えっ? なにがおきたの!?」

「って何してるんだお前ら……」



 ――最大サイズになるや、真っ先にフレアがアイリスの体を優しく抱きしめた。

 その瞳には涙が溜まっていた。

 今の話を聞いて感動していたのだろうか。

 続けてテトラとリーシアの二人が、アイリスの頭を撫でる。


「えっと、えっと」


 アイリスが困った表情で俺を見てくる。

 突然の状況に理解が追い付かず、助けを求めているのだろう。


 ……うん。

 さっきまで結構、シリアスな流れだと思ったんだが……



「一気に賑やかになってきたな」



 俺は小さく笑いながら、四人の姿を眺めるのだった。

 っと、早くアイリスを救い出さないとな。

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