第28話 三年前の出来事

 前置きした後、アルトは三年前の出来事について話し始める。


「かつてリーンはAランクパーティーのリーダーとして活動していた。

 その時のパーティーメンバーは勇者であるリーン、魔法剣士、僧侶、そして人形遣いの四名だった」

「人形遣い、ですか?」


 俺は思わず目を見開いた。

 まさかAランクパーティーの中に人形遣いが入っているとは思っていなかったからだ。



「うむ。リーン曰く、非常に優れた人形遣いだったらしい。

 約一メートルの中間ミドルサイズ人形を同時に三体も操り、完璧な囮として機能していたようだ。

 通常、人形遣いは人形を一体しか扱えないと聞く。

 その実力は疑うまでもないだろう」

「な、なるほど」



 ……えーと、普通はそういうものなんだろうか?

 人形遣いは中間サイズの人形を一体操るのが限界だって?


 ……し、知らなかった!

 周りに人形遣いの知り合いがいなかったから、俺のように複数体使役するのが普通だと思ってた!


 ここに来て初めて知るビックリ常識だった。


「話を戻そう。

 冒険者として数々の偉業を成し遂げてきたリーンが次に目指したのは前人未到の領域、セプテム大迷宮六階層の攻略だった。

 リーンたちは実際に六階層の最奥に辿り着き、ボスであるヒュドラと対峙した。

 悲劇はその時起きた」

「――――」


 突如として、アルトの表情が怒りに満ちる。

 数秒の間を置いた後、彼は告げる。



「いざヒュドラとの死闘が繰り広げられようとした、その瞬間。

 ――なんと、人形遣いが裏切ったのだ」



 重々しい声だった。

 憎しみを、苦しみを、無理やりに抑え込んだかのような。


「……裏切った、ですか?」

「そうだ。人形遣いは三体の人形を使役したかと思えば、味方であるリーン、魔法剣士、僧侶の体を捕らえ身動きを取れなくしたのだ」


 震えるような声でアルトは続ける。



「突然のことにパーティーの誰もが動揺した。

 その隙をついてヒュドラが攻撃を仕掛けてきた。

 それでもリーンはいち早く自分を捕らえる人形を力ずくで振り払うと、魔法剣士と僧侶の二人を助けようとした。

 しかしヒュドラの攻撃を全員で回避することはできないと判断したリーンは、二人の前に立ちはだかり、その結果――」

「ヒュドラの毒を浴びたと」

「――その通りだ」



 想像しただけで恐ろしい状況だ。

 仲間から突然裏切られ、自分と大切な存在が危機に陥るなど――


 ……最近、似たようなことがあった気がするが、まあ今は関係ない話だ。


「リーンは毒を浴びた状態でいながらもヒュドラに一撃を浴びせると、魔法剣士と僧侶を助け出しその場を撤退した。

 なんとか命からがらダンジョンを抜け出したタイミングで緊張の糸が切れたのだろう、リーンは意識を失った。

 ――それを私は、気絶するリーンを連れて帰ってきた魔法使いと僧侶の二人から聞いたのだ」


 それは、どれだけ辛いことだったのだろう。

 自分の大切な存在が、自分のあずかり知れぬところで命を失いかける辛さなど想像さえできない。


 それでも、今の話を聞いて尋ねなければならないことがあった。



「幾つか訊きたいことがあります。

 その裏切ったという人形遣いの目的は?

 その後はどうなったんですか?」

「それがどちらも不明なのだ。

 リーンたちに人形をけしかけた後、人形遣いは何も告げることなくその場から姿を消したらしい。

 リーンたちを殺そうとしたことは確かだろうが、なぜそうしたかったかが不明なのだ。

 その日以降、人形遣い自体が姿をくらましているため真相は闇の中だ」



 ふむ。

 事件の経緯は分かったが、これだけの情報ではその人形遣いの目的までは分からないようだ。

 妙な胸騒ぎがして理由を突き止めたく思ってしまうが、どうしようもない。


 俺は次の質問をする。


「彼女がこうなった経緯は理解しました。

 しかしなぜ、そこでヒュドラを倒すという選択になるのでしょう?

 僧侶などを呼んで解毒を試みる方がいいのでは?」


 それともまさか、リーシアが優秀な僧侶だという噂でも流れたのだろうか?

 だとしたら驚きだ。

 ……だって俺まだ、リーシアが心を得てから僧侶らしいことをしている場面を見たことないし。

 そんな噂が流れることもないだろう。


「ご主人様? 後でお話がありますっ」

「む、アイクくん、何か言ったかね?」

「な、なんでもありません!」


 人形就寝具からリーシアの小声が聞こえたが、なんとか誤魔化す。

 ていうか今、まさか俺の心が読まれた……のか?



(――以心伝心ですっ)



 ――――!?!?!?


 こ、こいつ――

 脳内に直接!?


 俺はリーシアが絶対に抗ってはいけない存在であることを再認識するのだった。



 などと緊張感のなくなるようなやり取りをしている間にも、アルトは話を進めていく。


「アイクくんの言う通りだ。

 実際にパーティーメンバーであった僧侶には解毒を試みてもらった。

 しかし、結果は失敗に終わった。リーンには毒だけでなく呪いがかけられていたのだ」

「呪いですか?」


 アルトは頷く。


「リーンたちが相手にしたヒュドラが特殊な個体だったのだろう。

 ヒュドラの毒には、治癒魔法や状態回復魔法を拒絶する呪いが込められていた。

 そしてその呪いを解呪する唯一の条件が、呪いをかけたヒュドラを討伐することだと分かった」

「――――!」


 ようやく、話が繋がってきた。

 俺がなぜここに呼び出されたのか。



「ヒュドラを討伐すればリーンが助かる、それを理解した私は様々な町に直接出向き、Aランク冒険者にヒュドラ討伐を依頼した。

 しかし、結果は芳しくなかった。そもそも六階層にまで辿り着けず帰還する者もいれば、Aランク勇者パーティーが敗北した相手だと知り依頼を受けてすらくれない者も多かった。

 どうしようもないやるせなさを感じていたそんな矢先に、君の話を聞いたのだ」



 アルトの真剣な目が俺を見据える。


「セプテム大迷宮五階層を単独で攻略し、町に現れた悪魔をも討伐。そしてであること。その全てが奇跡だと思ったのだ」


 アルト優しい表情で眠るリーンを見た後、話を続ける。


「今はまだ何とか、勇者である彼女が持つ聖なる力によってヒュドラの毒に耐えられている。

 しかしそれももう長くは持たない。

 恐らく、あと半年……といったところだろう」


 アルトは再び俺に体を向けると、なんと深く頭を下げた。



「頼む、アルトくん。

 リーンを助けるため、どうか、この依頼を受けてはもらえないだろうか?」

「…………」



 どうするべきか、すぐには決められなかった。

 ヒュドラが本当に特殊個体だと言うのなら、ミノタウロスや下級悪魔を大きく上回る力を持っていてもおかしくない。

 俺だけならばともかく、フレアたちの命を危険に晒す覚悟ができなかった。


 それだけではない。

 何か、何かに俺は引っかかっていた。

 大切な情報を聞き漏らしているかのような、そんな違和感。


 刹那、俺は先程のアルトの言葉を思い出した。



『セプテム大迷宮五階層を単独で攻略し、町に現れた悪魔をも討伐。そしてであること。その全てが奇跡だと思ったのだ』



 ……であること?

 それの何が奇跡なのだろうか?


 リーンを裏切った人形遣いを嫌悪するのならば、まだ話は分かる。

 だがアルトの言い方では、むしろ人形遣いであることが望ましいことのようだ。



「――――まさか」



 直後、俺の頭に浮かんだのは突拍子もない考え。

 だけど確かめずにはいられなかった。


 違和感は他にもあった。

 が俺を疑うような目で見ていたこと。

 そんな少女を、アルトが憐憫の面持ちで見つめていたこと。


 一つ一つは小さな違和感でも、全てが揃えば一つの可能性に至る。 


「勘違いだったら、申し訳ありません」

「ん? 構わない、なんだろうか?」


 顔を上げたアルトに対し、俺は不思議な確信とともに問う。



「彼女は――アイリスさんの職業は、人形遣いですか?」

「っ!?」



 アルトは驚愕の表情を浮かべていた。

 まるで、なぜそれを知っているのかと言わんばかりに。

 実際のところ、俺の稚拙な頭ではその程度の可能性しか思い浮かばなかっただけだが。


「アイクくんの言う通りだ。

 確かに私の娘、アイリスは人形遣いだ。

 ……そこまで分かっているのなら、もう隠す必要はなかろう」


 数秒、躊躇するような間があった。


「アイリスの現在の齢は十二。

 リーンが眠り始めた三年前は九歳だった。

 かつてのアイリスは、母親であるリーンの冒険話を聞くことを何よりの楽しみにしていた。

 だからこそ、このような状態になったリーンを見て誰よりも悲しんだのだ」


 アルトは悲痛な表情を浮かべる。


「アイリスは、リーンをこのような目に合わせた人形遣いを心から嫌悪した。

 やがてその怒りは行き場をなくし、人形遣いという職業そのものに対する憎しみへと変わった。

 だが、その直後、彼女が十歳になった時、女神から与えられた職業は……」



 ――人形遣い、だったのだろう。

 大好きな母親を傷付け、憎悪の対象であった人形遣い。

 そんな人形遣いになってしまった彼女はきっと……



「アイリスはやがて、自分さえをも嫌悪するようになってしまった。

 かつて浮かべていた笑顔をなくし、今はリーンの様子を見るだけの日々を送っている。

 そんな彼女に、私は教えてあげたい。お前が、自分を嫌う必要などないのだということを!」


 ああ、そうか。

 きっとこれが、リーンを助けたい気持ちと同じくらい大切なことなんだろう。


 アルトの心からの願いを聞き、俺はようやく腑に落ちた気がした。


 だとするなら、今回の依頼を受ける上で俺が向き合わなければならない相手がもう一人いる。


 覚悟を決めて、俺は告げた。



「依頼を受ける決断をする前に、アイリスさんと話をさせてもらえませんか?」

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