第27話 眠る勇者

「ヒュドラの討伐……ですか?」


 俺はアルトの言葉を確かめるように復唱した。


「ああ、そうだ」


 アルトが頷く。


 どうやら聞き間違いではなかったみたいだ。


 ヒュドラの存在は俺も知っていた。

 戦ったことはないが、別のダンジョンなどでも極稀に出現すると聞く。

 複数の首と、口から吐く毒が強力なAランク魔物だ。

 その実力はあのミノタウロスに匹敵するだろう。


 しかしなぜ、六階層のボスがヒュドラだとアルトは知っているのだろうか?

 一般には出回っていない情報のはずだ。

 少なくとも俺は聞いたことがない。


 その上でどうして討伐を願うのだろうか?

 ヒュドラの魔石にそこまでの価値があったと聞いたことはないが……


「それを依頼する理由をお聞きしても?」

「もちろんだ。

 このような依頼をする以上、詳しい事情を説明する必要があるだろう。

 ついてきてもらえるだろうか?」

「……分かりました」


 何が待ち受けているのか不安に思いながら、俺はアルトの後を追った。



 俺とアルトは、ある部屋の前に辿り着く。


「ここは……」

「我が妻の自室だ。入るぞ」

「っ」


 そんな場所に俺が入ってもいいのか?

 だが、アルトが気にする様子はない。

 中に入らなければ、呼び出された理由が分からないということだろう。

 俺は意を決して足を踏み入れる。


 真っ先に視界に映ったのは大きな寝台だった。

 そこでは一人の女性が眠っている。

 そして、その寝台の横には――


「……あっ」


 ――こちらを振り向く、幼い少女の姿があった。

 先ほど廊下で見かけた金髪の女の子だ。


 アルトは女の子を見て、顔色を変える。


「何をしている、アイリス。

 今日は客人が来るため、この部屋には近付かないように注意していただろう」

「……ごめんなさい」

「……まあ、いい。

 少しだけ私と彼の二人で話をする。部屋の外にいたまえ」

「…………うん」


 アイリスと呼ばれた少女はこくりと頷いた後、扉へ歩いていく。

 その途中、ちらりと俺を見た。


「……っ」


 しかし目線が合うと、すぐに逸らされた。

 ちょっと傷付く。

 ……が、それ以上に。

 廊下で見た時と同様、俺を訝しむかのような目をしているのが気になった。


「…………」


 それともう一つ。

 アルトが少女を見ながら、目を細め憐憫の表情を浮かべているのに引っかかりを感じた。


 ……何かしらの事情を抱えていそうな、そんな予感。

 とはいえこちらから質問しようとは思わない。


 少女が外に出たのを確認し、アルトは言う。


「すまないね、アイクくん。

 彼女はアイリス、私の娘だ。

 止めてはいたんだが、普段のように様子を見にきていたようだ」

「様子を……」


 そこで俺は改めて寝台に横たわる女性を見た。

 アイリスによく似た美しい金色の長髪を持つ女性が、静かに眠っている。


 女性の横に立ったアルトはおもむろに告げた。


「彼女はリーン・グレイス、私の妻だ。

 冒険者である君には、勇者リーンと言った方がいいだろうか」

「勇者リーン……!?」


 その名前には心当たりがあった。

 というか、この町で冒険者をやっていて知らないものはいないだろう。


 冒険者の町フィードを中心に活動する、Aランク勇者パーティーのリーダー。

 数々の偉業を成し遂げた伝説の冒険者だ。


 しかし数年前、突如としてその名前は表舞台から消えた。

 噂では冒険者を辞めたなどとも推測されていた。

 それ以降、勇者リーンの行く末を知る者は誰もいない。


 そのような伝説的な存在と、まさかこんなところで遭遇するとは。

 これが普通の出会いならば、興奮と歓喜に包まれたことだろう。

 だけど今俺の目の前にあるのは、横たわり眠ったままの彼女の姿……


 何とも言えない感情を抱える俺を、アルトは真剣な眼差しで見つめる。



「ある程度の察しはついているかもしれないが、私の口から改めて説明をしよう。

 リーンは三年前からずっと眠り続けているのだ。

 ヒュドラの毒を浴びたことによって」

「――――ッ」



 伝説の冒険者が表舞台から姿を消した理由は、魔物に敗北したという冒険者にとってごくごくありふれたものだった。

 そしてその魔物こそ――



「――ヒュドラに、ですか」



 ――少しずつだが、俺が呼び出された理由が明らかになってくる。


「そうだ。ここからは私が聞いただけの話だが、君にも聞いてほしい。

 どのようにしてリーンがヒュドラの毒を浴び、このような状態になったかについてだ」


 そしてアルトは、三年前に起きたその出来事について話し始めた。

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