第21話 VSレッサーデーモン

「害虫以下の愚か者は、わたくしが滅ぼしてさしあげましょう」


 俺が使役する最後の人形。

 僧侶型人形、リーシアは漆黒の炎を手に纏ったまま高らかにそう告げた。


 リーシアは炎を纏った手を下級悪魔に向ける。


「わたくしがなぜ呼び出されたのかは理解しています。

 浄化の力を用いて、フレアたちが弱らせた後にあの愚か者を消滅させるためでしょう。

 ですが、ですがですがですが!

 わたくしはそれだけでは満足できないのです!」


 どんどん声が大きくなるリーシア。

 俺はもう傍観に徹するしかなかった。


「わたくしのご主人様の気を引き、大切な時間を奪うだなどと!

 ええ、ええ、ええ!

 憎悪と、憤怒と、嫉妬と!

 その全てを浄化の光に注ぎ、御覧に入れましょう!」


 そして、リーシアは告げる。



「この世に巣くう病原菌を全て滅ぼして見せましょう。

 ――――朽ち果てなさい、嫉獄炎インフェルノ!」



 リーシアから放たれたのは、この世全ての光を呑み込むような禍々しい漆黒の炎だった。

 ノードの奥義が児戯に思えてしまう程に、圧倒的な力が内包されていた。

 漆黒の炎は下級悪魔目掛けて迫る――が。



「って、このままだとフレアとテトラも巻き込むぞ!?」

「問題ありません。あの炎が燃やすのはわたくしが敵と定めたものだけです!」



 リーシアの言葉通り、炎はフレアとテトラに影響することなく素通りした。

 勢いはそのままに、下級悪魔に直撃する。


「ナッ! コレハ!

 熱イ! 燃ヤサレテイル!?」


 ゴウッと、当たった部分を起点として炎が下級悪魔全体に伝っていく。

 下級悪魔は必死に炎を振り払おうとするも、

 炎が消えることはなく硬質な皮膚がところどころ焼け落ちていく。

 かなりのダメージを与えているみたいだ。


 よし、ならば今が好機!

 あの炎がフレアたちに影響しないのならば、接近しても問題ないはずだ!



「今だ、畳みかけろ!」

「おっけー、アイク!」

「ぶっとばす」


 

 剣閃が、拳撃が。

 一方的に下級悪魔に叩き込まれていく。

 腕を切り裂き、背中を凹ませ、

 あと少しで勝てると思ったその時だった。



「モウイイ――勇者ナド、知ラナイ!

 皆殺シニ、シテヤルゥ!!!」

「なっ!」

「これはっ」



 下級悪魔の叫びと同時に魔力の暴風が吹き荒れる。

 炎は掻き消され、周囲にいたフレアとテトラは遥か遠くに吹き飛ばされていく。


 一度攻撃が途切れると、瞬く間に下級悪魔の傷は癒えていく。

 それだけではない。完全回復した下級悪魔の纏うオーラは先程までとは明らかに格が違っていた。


「まさか、ここまで手加減していたのか?」

「当然ダ! 勇者以外ニ、本気ヲ出スツモリナド、ナカッタ!

 デモモウ我慢デキナイ! 貴様ラハ、ココデ殺ス!

 ――――マズハ、オ前ダ!」


 下級悪魔が真っ先にターゲットとして捉えたのは俺だった。

 フレアに勝るとも劣らない速度で迫ってくる。


「ご主人様!」

「大丈夫だ! 俺を信じろ!」

「!!! はい!!! 好き!!!」


 ドクンと。

 一段階深い集中状態に入ったのを自覚した。

 同時に身体強化エンハンスメントを発動する。



 ――――さあ、見ろ。



 サイクロプスを相手にしていた時と同じだ。

 相手の動き出しを見極め、攻撃を予測しろ!

 全てを躱しきるんだ!


 俺の側頭部を狙い振るわれた右手のかぎ爪をバックスウェーで躱す。

 回転の勢いを利用して放たれた尻尾の薙ぎ払いを高くジャンプして寸分で躱す。

 宙に浮いた無防備な俺の体を狙った回し蹴りを、咄嗟に体を倒すことによって躱――


「くそっ!」


 完全に躱しきることはできなかった。

 チリッと、左腕の端に攻撃が掠る。

 それだけで大きな裂傷が生じた。


「無駄ダ! ソンナ動キデ、逃ゲキレルト思ウナ!」


 下級悪魔は一層勢いを増し、再び攻撃を仕掛けてくる。

 攻撃が届くまでのコンマ数秒の中で、俺は思考する。


 油断をしていたわけじゃないが、驕りがあった。

 下級悪魔はサイクロプスとは速度も力も根本的に違う。

 俺の身体能力だと見てからでは回避に間に合わないのだ。


 このまま続けても後手に回り続け、やがて捉えられる。

 敗北は必至。ならば――



 覚悟を決めろ。

 今ここで、俺の力の全てを投入しろ!



 ドクンと。

 さらに一段階、深い集中状態に入る。

 同時に思考領域からフレアたちの存在が消えた。


 その直後から、俺は下級悪魔の攻撃を全て紙一重で躱し始めた。


「ッ、何ガ、起キタ!?」


 速度も力も上回る自分の攻撃が当たらないことに下級悪魔は焦っていた。

 なぜ躱されているのかさえ、分からないといった様子だ。



 ――フレアがまだ意思を得る前のこと。

 俺は最大でフレア、テトラ、リーシア、そして自分を含めて四人を同時に操作していた。

 その上で傷一つ受けないことを信念にやってきたのだ。


 その過程で得たものが、観察眼の他に一つある。

 四人の体を的確に操作するために必要となるもの、それは並列思考だ。

 俺は思考領域を四つに分け、その上で通常の数倍に匹敵する演算を各領域で行っていた。


 ざっくり単純計算で、俺の最大の演算速度は通常の約三十倍。

 その全てを、俺は今自分自身にのみ使っていた。


 そうして可能となったのは、もはや予測ではない。

 敵がどんな攻撃をするか決めた時には既に全ての選択肢を網羅しつくし、さらには行動の誘導さえ可能にする予知の力。



 ――――名を、全網羅オールビジョン



 敵の行動を全て事前に把握できているならば、下級悪魔が相手とはいえ対応は容易い。

 いや、むしろここまでの戦いぶりから察するに下級悪魔は知恵を持った相手との戦闘経験が少なく、さらには知恵も足りていないようだ。


 俺からすればこれほどやりやすい相手はいない。

 もう、相手の攻撃が俺に届く気はしなかった。


 ただ一つ問題があるとすれば、この力を以てしても俺の攻撃力ではダメージを与えるのは難しいということだが……

 それも大丈夫だ。なぜなら、彼女たちがいる。



「それ以上、やらせないよ!」

「アイクに手出しはさせない……!」



 遠くに吹き飛ばされていたはずのフレアとテトラが、下級悪魔目掛けて剣と拳を振るう。

 フレアの剣は背中を斬り、テトラの拳は左足を凹ませる。


「クソッ、邪魔ダ……!」


 しかし致命傷には至らない。

 怪我した部位を急速に回復させながら、下級悪魔はフレアとテトラにターゲットを変える。


「ソコノ男、倒スノ面倒!

 ケド、オレヲ殺スちからナイ、後回シ!

 無能ハ放ッテ、先ニオ前ラ倒ス!」


 ふむ、思ったより知恵はあったらしい。

 回避しか行わない俺を放っておいても問題ないと判断したのはさすがだというべきだ。


 だけど本当に構わないのだろうか?

 俺が人形だけでなく自分自身にも回避能力を必要とした理由が、自分の身を守るだけだと思い込んでしまっても。

 答えは否。俺が危険を覚悟してでも死地に踏み込むには理由がある。


 今、フレアたちとの距離は約一メートル。

 俺は両手を前に出し、そのスキルの名を叫ぶ。



「――魔力供給リソース!」



 瞬間、俺の体から魔力が二人に流れていく。

 数十メートル離れた場所から供給するのとは比べ物にならない程の莫大な量の魔力が二人に注ぎ込まれ、その身体能力を著しく上昇させる。



「貴方は間違っている! アイクが無能だなんて――」

「アイクの力がわたしたちの力。だから、力がないなんて――」



 そして、二人は心からの思いを叫ぶ。



「「――絶対に、あり得ない!」」



 均衡は崩れた。


 フレアの剣は下級悪魔の左腕を切り飛ばし、

 テトラの拳は下級悪魔の胴体に風穴を開けた。


「ガ、ハッ! ナゼ、突然、ちからガ……!」


 戸惑う下級悪魔を置いて、俺は素早く後方に退く。

 あそこからならもう、二人に任せても問題ない。


 最後の一手のために必要となる存在の横に俺は立った。



「リーシア、いけるか?」

「ええ、もちろんです。準備はしていましたから。

 ですが魔力が少しだけ足りないかもしれません。

 わたくしにもご主人様の熱い魔力を分けていただけませんか?」

「そ、それは大丈夫だが、いま何て言っ――」

「ふふふ、言質は取りました。えいっ!」



 ぎゅぅっと、リーシアは俺の左腕に抱きついてくる。


「リーシア? 突然何を……」

「もう、皆まで言わせないでくださいませ。

 それにただ近付くよりもこうして接触する方が、魔力の供給は効率的ですわよ?」

「それはそうだが――って、まずい」


 そうこうしているうちに、下級悪魔は大きく羽を動かし飛ぼうとしていた。

 どうやら逃げる気のようだ。


「ヤラレル、ワケニハ、イカナイ!」

「しまった、まだこんな力が!」

「逃がさない!」


 フレアとテトラが必死に止めようとしているが、成功するかどうかは微妙だ。


「逃がすのだけは絶対に駄目だぞ」

「うふふ、問題ありません。

 魔力と生気は十分に頂きました――それでは、終わらせましょう」


 リーシアは俺から離れると、片手を下級悪魔に向ける。

 その手には四つの漆黒の炎が浮かんでいた。



「不届き者を逃がしはいたしません。

 ――――嫉獄炎インフェルノバク



 漆黒の炎は空に浮かぶ下級悪魔目掛けて一直線に、螺旋状に伸びていく。

 接触する寸前、炎は四つに分かれ、右腕、右足、左足、尻尾の四つの部位に巻き付いた。


「クウッ! 動ケナイ!」


 下級悪魔は一切身動きができないようだ。

 正真正銘、次が最後の攻防だ。


「絶対に逃がすな! 二人とも!」

「うん、任された」


 最初に応えたのはテトラだった。

 彼女は両ひざを曲げたかと思うと、


「ふんっ」


 ドォオン! と、踏み込んだ地面にヒビを入れるほど力強く跳んだ。

 小さな体が下級悪魔に迫っていく。

 けど、あのままだとすぐ横を通り過ぎて――


「よっと」


 ――テトラは下級悪魔の羽を掴み減速。

 そのまま華麗に背中に乗ると、両手で羽を二枚とも掴んだ。


「ナ、何ヲスル!」

「せいっ」

「ギャァアアア!」


 気の抜けた掛け声と同時に、二枚の羽が勢いよく引きちぎられた。

 下級悪魔の体は落下を始める。


 そしてその落下地点には、剣を構えた赤髪の少女がいた。


「テトラ、避けてね!」

「わかった」


 ドンッと、下級悪魔を足場にしてテトラはジャンプする。

 対する下級悪魔は落下の勢いを増し、一直線にフレアに向かっていく。


「ウ、嘘ダ! コンナ所デ、終ワルワケ――」

「いいや、これでおしまいだよ――はぁっ!」


 上下に一閃。

 僅かに遅れて、下級悪魔の体が左右に真っ二つにずれ落ちていく。

 手足と尻尾を縛っていた漆黒の炎はそのまま下級悪魔の体全体を覆い――


 やがて塵一つ残さず、下級悪魔は消滅するのだった。



「やりましたね、ご主人様!」

「っと」


 その光景を見届け、隣にいたリーシアが再び抱きついてくる。


「やったよ、アイク!」

「勝てた。ぶいぶい」


 遅れてフレアとテトラの二人も飛びついてきた。



「そっか、あの悪魔に勝てたんだよな……皆のおかげだな」

「何言ってるの? アイクのおかげだよ!」

「その通り。ありがとう、アイク」

「ええ、全てはご主人様がいてこそです!」

「ははっ、何だよそれ……だけど本当にありがとう、フレア、テトラ、リーシア」

「「「うん!(いえい)(はい!)」」」



 そんな風にして。

 俺たちはしばらくの間、そのまま勝利の喜びを分かち合った。


 四人で下級悪魔を打ち倒した、今回の戦い。

 これはやがて最強となる俺たちが、

 初めてそれぞれの意思で協力し、勝利した戦いとなるのだった。

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