第20話 三人目の覚醒

 漆黒の化物がゆっくりと地に降り立つのを眺めながら、俺は歯を噛み締めた。


 ――悪魔。

 それはこの世界とは別の次元にある世界。

 通称、魔界に住むと言われている化物だ。


 その体は濃密な魔力によって作り出されており、

 最も弱い悪魔でもBランク魔物に匹敵するという。

 目撃情報は多くないが、一度現れたら幾つもの町を破壊するまで活動を止めないとも聞く。


 そんな化物が、こんな街中に突如として現れたのだ。

 当然のことだが人々はパニックに陥った。



「おい、悪魔だ! 逃げろ!」

「逃げるったってどこに!?」

「町の中は駄目だ! 早く外にいくぞ!」



 多くの者が一目散に悪魔から逃げていく。

 残されたのは俺、フレア、テトラ、ノード、エル、シーナ。

 そして逃げ遅れた一般の人々だ。

 

「――――やるしかない」


 この悪魔を野放しにしておくわけにいかない。

 どれだけ強力な敵だったとしても、逃げてはいけない場面はあるのだ。


 それに全くの無策ではない。

 今こちらに揃っている条件としては、そこまで悪いものではない。



 悪魔が厄介だと言われる特徴として、その再生能力が挙げられる。

 魔力のみによって作り出されたその体は、どれだけ傷を与えても瞬く間に治ってしまうのだ。

 そんな悪魔に有効打を与えられるのが、勇者の持つ聖なる力である。

 聖なる力による攻撃は邪悪な魔力を消滅させ、再生を防ぐことができる。


 そして今、ここには勇者ノードがいる。

 頼るのは癪だが状況が状況だ。

 悪魔を倒すためにはコイツの力を借りる必要がある。


 俺はノードに向けて叫ぶ。



「ノード! 決闘は中断だ!

 ひとまず共闘し、あの悪魔を倒すぞ!」

「――黙れ! お前ごときがオレに指図するな!」

「おい、ノード!?」



 あろうことかノードは一人で悪魔目掛けて走り出す。

 そして聖なる力を蓄えた聖剣を振り下ろした。



「奥義・魔滅聖閃剣ディス・ディヴァインソード!」



 眩い光の奔流が悪魔目掛けて放たれる。

 大気を呑み込み、世界を覆う程の莫大な純白の光は魔物に直撃する。

 その衝撃によって大地は震え、粉塵が舞う。


 粉塵の前に立ったノードは、興奮を抑えられないとばかりに笑い出す。

 だけど、これは――



「ははっ、どうだ! 見たか!

 オレにかかればこの程度楽勝なんだよ!」

「バカ! 避けろ!」

「なんだと――がはっ!?」



 ――粉塵の中から恐るべき速度で現れた悪魔が振り回す尻尾が、ノードの横腹を叩いた。

 ノードの体は宙を舞い、そのまま地面に叩きつけられる。

 悪魔の攻撃があまりにも重かったからだろうか。

 ノードは既に気絶していた。


 そして、ノードが奥義を喰らわせた悪魔はと言えば――


「少シ、痛カッタ。

 ケレド、コノ程度、ドウッテコトナイ。

 レッサーデーモンダカラト、侮ルナ!」

「……冗談だろ」


 全くの無傷というわけではない。

 体全体に炎で熱されたような焦げ跡がついている。

 しかし逆にいえばそれだけだ。

 消滅はおろか、大ダメージさえ与えられていない。

 聖なる力が弱点だという以前に、根本的な力が足りていなかったのだろう。


 少なくともAランク魔物に匹敵する実力はある。

 奴の言葉を信じれば、これで下級悪魔レッサーデーモンだというのが驚愕だ。

 悪魔の異常性が嫌と言うほど伝わってくる。



「サア、チャント、トドメヲサス」

「――! フレア、テトラ! 時間を稼いでくれ!」

「任せて!」

「わかった」

「……? 邪魔スルモノ、殺ス」

 


 そしてフレア、テトラ対下級悪魔の戦いが行われる。

 俺はその隙に気絶したノードを抱え、安全地帯に退散する。

 さすがに目の前で人が殺されるのは、寝覚めが悪くなる。


「アイクさん! 私たちにできることはありませんか!?」

「何でも言って。協力する」

「エル、シーナ……」


 二人は真剣な表情で俺のもとに駆け寄ってくる。

 気持ちはありがたいが、戦いに参加してもらうことはできない。


 俺がまだ二人の戦い方をちゃんと知らないのもある。

 ただ、それ以上に近接戦闘における連携は非常にシビアなのだ。

 場合によっては、彼女たちまで守り通せる自信が俺にはない。


 それでも、協力してくれるならやってほしいことがある。


「二人には一般人の避難誘導を頼みたい」

「避難ですか?」

「ああ。逃げ遅れた人や、近くの建物にいる人に呼びかけてほしい」

「アイクさんはどうするの?」

「俺は――フレアたちとアイツを倒す」


 二人は顔を見合わせた後、こくりと頷いた。


「分かりました。すぐに行動に移ります」

「本当は戦いで援護したかったけど、仕方ない。行ってくる」

「頼んだ、二人とも」

「はい(うん)!」


 背を向けて駆けていく二人を見て、良い友人に恵まれたことを実感する。


「……さて、俺はこっちだ」


 俺は改めてフレアたちと悪魔との戦いに意識を向けた。



「くっ、強い!」

「……かたい」

「アア! 面倒!」


 

 どうやら状況的には互角といったところだろうか。

 時折、小さなダメージも与えている。

 ノードを殺さないように注意していた決闘時とは明らかにギアが違った。


 しかし、さすがに下級悪魔も強かった。

 二人を相手にしながら、かぎ爪をつけた両手と長い尻尾を使い攻撃を試みる。

 それに気付いたフレアとテトラは瞬時に距離を取り回避する。


 だが、その間にもせっかく与えた傷は回復していく。

 二人で協力してもこれほど苦戦するとは。

 あのミノタウロスを上回る実力だと考えた方がいい。


「ああ、また!」

「ムッ、躱スナ!」


 俺は軽く舌打ちする。


「このままじゃジリ貧だ」


 下級悪魔の耐久力がどの程度かは不明だが、一戦やそこらでくたばる体力ではないはずだ。

 このままだと時間が経つごとにこちらが不利になってくる。


 しかし勇者ノードは気絶し、決定打は存在しない。

 果たしてどうすれば――



「――待て」



 ――俺は一つの可能性に気付いた。


 いる。勇者以外にも、聖なる力の使い手は。

 攻撃力がないため下級悪魔にダメージは与えられないが、大怪我をしている下級悪魔を消滅させることならできるはずだ。


 聖なる力の使い手である職業とは、つまり――


「賭けになるが、仕方ない!」


 俺は腰のベルトから、三つ目の人形就寝具を取り出した。

 ここに眠るは俺の最後の人形。

 その特性上、使用頻度はフレアやテトラに比べて著しく低かった。

 当然、彼女たちのように意思を得るまでにはまだまだ時間がかかるはずだ。

 能力値の上昇は見込めないが、背に腹は代えられない!



「っ!? アイク、もしかしてそれって!」

「ああ、三人目を呼び出す! フレアたちはそのまま下級悪魔を抑えててくれ!」

「了解、だよっ!」



 俺の行動に気付いたフレアに指示を与えた後、俺は改めて人形就寝具に意識を向ける。

 最悪な現況を打開する一手になってくれ!


 強く願いながら、俺は叫んだ。



「来てくれ――リーシア!」



 その直後だった。

 が聞こえたのは。



「ふふ、ふふ、ふふふふふ!

 ええ、ええ、ええ!

 この瞬間をどれだけ待っていたでしょうか!」

「――――なっ」



 思わず間抜けな声を出してしまう程に、俺は驚いていた。


 俺のすぐ前には一人の少女が立っていた。

 陽光を受け輝く金色の髪に、深い海のような蒼色の瞳。

 まさに見る者全てを魅了する美貌と称するべきだろう。


 黒色の修道服に身を包んだその少女は、大きな胸の前で両手を組み感極まった表情で俺を見つめる。


「ずっとお会いしたかったですわ……ご主人様」

「ごしゅじん……さま?」


 一体、何が起きているんだろう。

 彼女に意思があるということにも驚いた。

 だがそれ以上に、彼女が俺に向ける、燃え滾るような熱い感情が何なのか理解できない。



「新タナ敵、排除!」

「危ない!」

「きゃあ!」



 戸惑う俺たち目掛けて、下級悪魔が地面の破片を掴み投げつけてくる。

 俺は咄嗟に彼女の体を抱きしめて破片を避けた。


「大丈夫か?」

「……ご主人様がわたくしを守ってくださいました。

 それも全力で抱きしめて!

 ええ、ええ! 今ここで死んでも本望です!」

「いや、頼むから死なないでくれ」

「ご主人様がそう望むなら、そういたします! ……ですが」


 彼女は突如として声色を変えて俺から離れると、

 殺意に満ちた目を下級悪魔に向ける。


「わたくしとご主人様の時間を邪魔したこと。

 そして何よりご主人様を傷付けようとしたこと、万死に値します」


 彼女は嘘偽りない本気の言葉で、

 そしてなぜか手に漆黒の炎を浮かばせたまま告げる。



「害虫以下の愚か者は、わたくしが滅ぼしてさしあげましょう」



 ――そんな彼女こそ、俺が使役する最後の人形。

 僧侶プリースト型人形、リーシアだった。

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