第19話 新たなる敵

 俺とノードが大広場で向かい合っていると、周囲にギャラリーが集まりだす。



「なんだなんだ? また決闘か?」

「なんでも勇者と人形遣いが戦うらしいぞ」

「冗談だろ? 人形遣いが勇者に敵うわけないじゃん」



 ギャラリーの予想としては、ノードが圧勝するというものが多い。

 まあそれは仕方ないことだ。

 人形遣いが不遇職と言われているのは事実なのだから。

 その常識を、今ここで覆してやればいいだけだ。


「よし、やるぞ。フレア、テトラ」

「任せて!」

「了解」


 二人は頷くと、俺の前に立って構える。

 それを見ていたギャラリーがさらに騒ぎ出した。



「おい、あの人形遣い、人間サイズの人形を二体も操るつもりか? 人形遣いは小さい人形を一体しか使えないって聞いたことがあるんだが」

「俺も知り合いの人形遣いからそう聞いたぞ。ってかそれよりも、いまあの人形たちしゃべってなかったか?」

「人形がしゃべるわけないじゃない。聞き間違いに決まってるわ」

「そ、そうだよな。何はともあれ、どんな無様な敗北シーンが見れるかは楽しみだ」



 随分な言われようだ。

 誰もが俺たちの負けを期待しながら見ている。

 応援してくれているのはエルとシーナだけだ。


 ノードはこの状況が大層満足らしく、楽し気に口の端を上げていた。


「分かったかアイク? これが現実だ。

 人形遣いごときが、勇者に逆らってはいけないと誰もが知っているんだよ。

 にもかかわらずオレに歯向かった罰だ。

 負けた後、衆人の前で無様に頭を地につけて謝る心構えでもしておくんだな」


 相変わらず話の長い奴だ。

 途中から聞いてなかった。

 まあいい、このまま進めよう。


「御託はいい。早く始めるぞ」

「ああ、そうだな。しかし合図する者が誰もいないな。

 仕方がない、先手はお前に譲ってやる」


 随分と気前がいいな。

 よし、ありがたく頂くとしよう。


「じゃあ、遠慮なく。

 ただ不意打ちで勝っても嬉しくはないから、テトラの一撃から始めるとだけ言っておく」

「それはそれは、随分と殊勝な心掛けだな。

 今から負けた時の言い訳を準備しておくだなんて。

 何でもいい、さっさとかかってこい」


 ……ふむ。

 ノードもテトラの力は知っているはずだが、随分と余裕みたいだ。

 なら何か対策は考えているはず。

 回避された後の反撃にだけは注意しておくべきだ。

 それを踏まえた上で、遠慮なくぶちかます!


「ってことだ! テトラ、小細工はいらない。

 最初は真正面から攻撃しろ!」

「――わかった」


 ドンッと、地を強く踏みしめたテトラは勢いよくノードに向かっていく。

 対するノードはなぜか回避の態勢を取らない。


 聖剣を右手で構えたまま、鎧に包まれた左腕を前にかざす。

 まるで攻撃を真正面から受けようとしているみたいだ。


 テトラが拳を溜める姿を見てもなお、ノードの構えは変わらなかった。


「おい、死ぬ気か!?」


 思わずノードを案じてしまう。

 だが、ノードは高らかに答える。


「馬鹿にするのも大概にしろ!

 その人形の力ぐらい把握している!

 この鎧の前には、その程度の攻撃通じはぐほぉ――!?!?!?」


 ドスンと、テトラの拳がノードの左腕ごと腹部に減り込んだかと思えば、その大きな体が錐揉み状に吹き飛んでいった。

 ゴン、ゴンと、何度も地面に叩きつけられた後、ようやく動きは止まる。


「な、何を……ごほっ、何をした、アイク!」


 ノードは這い蹲りながら、恨みのこもった視線を俺に向けてくる。

 そこで俺はようやく理解した。


 テトラは意思を得たことでその身体能力を著しく向上させた。

 にもかかわらず、ノードはテトラの力が以前と同等だと誤認した上で攻撃を受ける判断をしたのだ。

 それはまあ、こんな結果になってしまうのも仕方ない。


 結果として不意打ちのようになってしまったが、条件に乗っ取った結果だ。

 卑怯だと罵られるいわれもない。


 俺はここぞとばかりに得気に笑い、ノードを見下しながら告げる。



「どうしたノード? このままだと、頭を地につけて謝るのはお前になりそうだぞ?」

「ッ――貴様!」



 どうやら致命傷にはなっていなかったようだ。

 ノードは勢いよく跳ね上がると、両手で聖剣を握りこちらに駆けてくる。

 さすがに勇者というべきか、その凄きは高速かつ鋭い。


 だが――


「頼む、フレア!」

「おっけー!」

「っ!? くそっ!」


 その間にフレアが立ちはだかり、進行を食い止める。

 二人の剣は激しくぶつかり合い、辺りに甲高い音を鳴らしていた。


「このっ、人形風情が! オレの邪魔をするな!」

「やだよ! アイクには指一本触れさせないんだから!」


 速度はフレアが、力はノードが上回っているようだ。

 それぞれが長所を活かした結果、互角の斬り合いが続いている。



「おい、どうなってるんだ!? 勇者と人形が互角だぞ!?」

「そもそもあの女は本当に人形なのか!? 大きさも、動きも……それにやっぱり話してるし! こんな人形見たことないぞ!?」

「ははっ、面白れぇ! やっちまえ人形遣い!」



 その光景に驚き、興奮するギャラリーの声が聞こえてくる。

 けれど本当の意味で驚くのはここからだ!


 フレアが敵を食い止め、生じた隙に攻撃を浴びせる。

 それが俺たちの戦い方。

 すなわち――



「いま――!」

「――ッ!」



 ノードの背後からテトラが攻撃を仕掛ける。

 ギリギリその攻撃に気付いたノードは無理やり身を捻って躱すが、それが致命的な隙となった。


「えいっ!」

「かはっ!」


 フレアは剣ではなく足蹴りを喰らわせ、ノードの体を吹き飛ばした。

 さすがにこんな場所で殺してしまうわけにはいかないため、トドメの際には十分注意するように言っておいたのだ。


 ノードは何とか片膝をついて着地すると、重い体をゆっくりと起き上がらせる。

 これが本当の戦いなら、ノードは今の一撃で死んでいた。

 それはさすがにノードも理解しているだろう。



「本当に人形遣いが勝ちやがったぞ!」

「すげえ! こんなことあんのかよ!」

「なーんだ、勇者ってのも大したことないんだな」



 ギャラリーも同様の認識らしく、俺の勝ちだと思っている者が多いみたいだ。


 ……後は、素直に降参してくれるかどうかだが。

 気絶していない以上、ノードが望むならば決闘は続行される。


「ノード、まだ続ける気はある……か……」


 問いながら、俺はその異変に気付き眉をひそめた。


「お前、何をする気だ?」


 ノードは聖剣を両手に構えると、空高く構え始めた。

 ノードの体から、大気から、大量の魔力が聖剣に集っていく。



 ――あれは奥義を放つ前の予備動作!



 冗談だろ!? あれはBランク魔物さえ瞬殺できる威力の一撃だ。

 あれをこんな所で放てば、俺だけじゃなく周りの人たちまで巻き添えを喰らう!

 決闘として御法度どころでは済まないぞ!?


「ノード! まさかここでそれを放つつもりか!?」

「黙れ! オレは、オレは負けてなどいない!

 貴様らなど、この一撃で殺してや――」



 ――ノードの言葉が最後まで紡がれることはなかった。



 突如として、俺とノードを含む辺り一帯が暗闇に染まる。

 大広場が影で覆われたのだ。


 俺はその発生源を探るように視線を上に向ける。

 そしてそこに広がる光景に目を疑った。


「なんだ、あれは……?」


 ――を一言で称するなら、化物だった。


 禍々しい漆黒の体からは、人ではありえないモノが幾つもついている。

 二本の角に、二枚の羽、そして太く長い尻尾。

 両手両足の鋭いかぎ爪は鉱石さえも容易に切り裂くだろう。


 俺はその化物を知っていた。

 それは人類の宿敵。

 この世界の裏側の魔界に住むと言われている化物。



「強力ナ、聖ナル力。勇者、殺ス!」



 ――悪魔が、そこにいた。

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