第12話 上級職の憧憬
銀髪の少女シーナにとって、金髪の少女エルは特別な存在だった。
物心がついた時からの幼馴染であると同時に、共に冒険者を目指そうと誓い合った仲でもある。
十歳になり、二人にはそれぞれ職業が与えられた。
シーナには
エルには
そのどちらも上級職と言われており、冒険者志望が心から欲する職業である。
二人は大いに喜ぶと、共にパーティーを組み冒険者になった。
冒険者になってから、二人は順調に成長していった。
他の冒険者たちの何倍もの早さで実力を増し、強力な魔物を次々と倒していく。
その結果、たった五年で上級冒険者と言われるBランクにまで辿り着くことができた。
シーナとエルは自分たちの実力を疑うこともなく、二人でならどこまでも高みを目指せると思っていた。
決して驕りがあった訳ではない。
上級職という土台の上に確かな努力を積み重ねた上で、二人はここまで辿り着いたのだから。
そんなシーナたちにとって、
「どうして、こんなところにサイクロプスがいるんですか!?」
「それは分からない……だけど、絶体絶命なことだけは分かる……くっ!」
「シーナ!?」
ヴィレの森で依頼の魔物を討伐し、安堵した直後のことだった。
エルの背後から突如として現れたBランク魔物サイクロプスの襲撃にシーナたちは後れを取った。
いち早く襲撃に気付いたシーナがエルを庇ったことで致命傷は避けられた。
しかしサイクロプスの振るう棍棒が僅かに掠り、シーナの左足には深い裂傷ができていた。
サイクロプスが鈍重な魔物とはいえ、これでは逃げられない。
「私をおいて、エルだけでも逃げて……!」
「そんなことできるはずないでしょう!? 私とシーナは何があっても一緒です!」
「……エル」
エルが一度決めたことを覆すことのない程に強情なことは、シーナが一番よく知っていた。
自分も右腕に怪我をしているくせに、本当に仕方のない相棒だと、シーナは心の中で零す。
そうこうしているうちにも、サイクロプスはシーナたちのもとに迫る。
そして巨大な棍棒を高く振り上げる。
シーナとエルが死を覚悟した、次の瞬間だった。
「きゃっ!」
「なに!?」
突然、浮遊感がこの身を襲った。
遅れて視界に入ったのは、燃え盛るような美しい赤色の髪。
どうやら自分たちは誰かに抱えられているのだと、ようやくここで理解した。
シーナとエルはゆっくりと地面に下ろされる。
自分たちを助けてくれたその少女に感謝を告げようと思った時には既に、彼女はサイクロプスと向き合っていた。
「これ以上好き勝手はさせないよ。
あなたはここで私が倒す!」
「グゴョォオオオ!」
そこから繰り広げられる光景は衝撃的だった。
自分たちと年齢もそう変わらない少女が、たった一人でサイクロプスを圧倒していた。
戦い方から察するに彼女の職業は剣士だろうか。
シーナたちとは異なり、冒険者では珍しくない普通職だ。
「す、すごいです……」
「一方的だ……」
普通職の少女が、自分たち上級職では敵わない敵を圧倒する。
その戦いを見てシーナは素直に尊敬の念を抱いた。
これまでにシーナたちの実力を上回る普通職は何人も目にしてきた。
少女ほどの年齢では見たことがなかったが、それでもシーナにとってまだ現実味のある光景だった。
だから、本当の意味で驚愕したのはここからだった。
――そして、生まれて初めての感情を知ることになる。
少女の仲間であろう黒髪の男性に治療を受けている時だった。
なんと二体目のサイクロプスが現れたのだ。
今度こそ絶体絶命かと思われた時、男性はサイクロプスに向かっていった。
その光景を見たシーナの胸には、驚きと同時に期待があった。
――あの少女の仲間ならば、サイクロプスとも渡り合えるかもしれないと。
「あなたも、あの女の子みたいに強いの?」
だからこそ、シーナはそう問うた。
だけど男性はこう答える。
「いや、残念だが俺はフレアみたいに強くはない。だけど……」
自ら強者ではないと告げた男性は、それでもサイクロプスに立ち向かう。
サイクロプスの棍棒が男性に振り下ろされる、その瞬間――奇跡が起きた。
「来い、テトラ――
男性の手元から現れた、水色のセミロングが特徴的な可愛らしい少女。
その少女の振るった拳はサイクロプスの胴に減り込むと、その巨体を軽々と空に飛ばした。
信じられなかった。
嘘だと思った。
それでも、眼前の光景がそれを真実だと告げていた。
何もないはずのところから人が現れる。
それを可能とする職業など一つしか知らなかった。
「「ど、
シーナとエルは同時にそう叫んだ。
不遇職【人形遣い】。
いや、一部ではもはや底辺職とさえ言われている職業だ。
人形を操り敵の注意を引くしかできない、
敵を倒す手段など全く持っていない。
それがシーナの……いや、この世界の常識のはずだった。
だけど、この光景はなんだ?
男性が操る人形はBランク魔物に大ダメージを与えてみせた。
いやそもそも、なぜあんな通常の人間サイズの人形を動かせる?
シーナは一度だけ人形遣いの戦いを見たことがあった。
その時、その人形遣いは七十センチほどの人形を一体だけ動かしていた。
何でも、複数の人形や人間サイズの人形を操ろうとすれば、精細な動きができなくなり囮にさえなれないとのことだった。
だけど彼は当たり前のように人間サイズの人形を操っている。
下手をすれば、自分たち以上に精細かつ的確な動きをしていた。
そんなことが本当に可能なのだろうか?
不遇職が、自分たちが勝てなかった敵と渡り合っていていいのだろうか?
自分たちが上級職であることに驕りはない。
だけど誇りはあったのだ。
上級職であるからこそ、どこまでも成長できるのだと思っていた。
不遇職が自分たちを上回っているという事実に嫉妬心さえ抱いてしまう。
だけど。
衝撃はまだまだこれだけでは終わらない。
「喰らえ!」
あろうことか人形だけでなく人形遣い本人まで、サイクロプスに攻撃を与えたのだ。
サイクロプスは狙いを人形遣いに代え、棍棒を連続で振り回す。
しかしそれを、男性はことごとく躱していた。
絶対の脅威を前に恐れることなく渡り合っていた。
その姿を見て、シーナの心臓がどくんと跳ねた。
かつてシーナは冒険者に憧れた。
誰からも尊敬される最強の冒険者が、次々と敵を打ち倒していく英雄譚。
そんな物語に出てくるような存在になりたいと強く思った。
だけど目の前にいる彼は違う。
本来彼は誰よりも弱い存在なはず。
それなのに、どうしてこの目は彼から離れないのだろうか。
あの物語を聞いた時よりも遥かに大きいこの胸の高鳴りは、果たして何だと言うのだろうか。
初めは驚愕だった。
続いて嫉妬を抱いた。
だけどいつの間にかそれは、ただ純粋な憧憬へと昇華されていた。
「す、すごすぎる」
彼は果たしてどれほどの努力を積み重ねて、あの領域に辿り着いたのだろう。
――――自分も、辿り着けるだろうか。
人形の放った最後の一撃が、とうとうサイクロプスを倒した。
それを見届けた男性は、安心したようにゆっくりと息を吐く。
その光景を眺めながら、シーナは頭に自然と浮かんだ言葉を口にした。
「かっこいい……」
「え? シーナ?」
隣でエルが何かを言っていたが、よく聞こえなかった。
それからしばらく、シーナの視線が彼から外れることはなかった。
ただ胸の高鳴りの理由を知るにはもう少し時間がかかりそうだと、無意識のうちに思うのであった。
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