第11話 VSサイクロプス

 金髪の少女と、銀髪の少女。

 その二人に襲い掛かる巨大な魔物を見て、俺は目を大きく見開く。


「サイクロプスがどうしてこんなところにいるんだ?」


 本来ならば、ヴィレの森の奥深くに生息しているはず。

 それがなぜこんなところにいるのだろうか。


 だが、考え事をしていられる時間はなかった。

 サイクロプスは棍棒を大きく振り上げると、身動きの取れない二人に向けて振り下ろそうとする。



「――フレア! 二人を!」

「うん!」



 ギュンッと、恐るべき勢いで加速したフレアは、サイクロプスが棍棒を振り下ろすもより早く二人のもとに辿り着いた。

 二人の体を両脇に抱え、その場から飛び退く。


「きゃっ!」

「なに!?」


 直後、棍棒は大地に叩きつけられる。

 二人の叫び声を掻き消すような轟音が辺り一帯に響いた。


 そうして生まれたのは、十センチ以上もの深さがあるクレーターだった。

 サイクロプスの爆発的な破壊力が嫌でも分かる。


 それでも立ち向かわなくてはいけない。

 怪我人を二人連れてここから逃げ切ることは困難だ。


 フレアの方に視線を向けると、彼女もこちらを向いていた。

 俺がこくりと頷くと、彼女はにっと笑ってサイクロプスに向き直った。



「これ以上好き勝手はさせないよ。

 あなたはここで私が倒す!」

「グゴョォオオオ!」



 そしてフレアとサイクロプスの戦いが始まる。

 サイクロプスの注意すべき点は、その恐るべきパワーだ。

 あのミノタウロスにさえ匹敵するかもしれない。


 だが――


「す、すごいです……」

「一方的だ……」


 二人の少女が思わず感嘆の言葉を零してしまう程に、フレアの優勢だった。


 サイクロプスは確かにパワーに優れている。

 しかしスピードに関してはフレアやミノタウロスに遠く及ばない。

 フレアはヒット&アウェイに徹することでダメージを避けながら、的確に相手に傷を与えていた。


 この調子ならばフレアに任せて大丈夫だろう。

 俺は二人のもとに駆け寄る。


「大丈夫か、二人とも」

「あ、貴方は一体?」

「あの凄い女の子の仲間?」

「その辺りの説明は後だ。傷口を見せろ」


 二人ははっと自分の状態を思い出し、傷口を見せてくれる。

 金髪の少女は右腕を、銀髪の少女は左足を怪我していた。

 金髪の少女は軽傷だが、銀髪の少女はなかなかの重傷だった。

 これでは走ることはおろか歩くことも難しいだろう。


 俺は道具袋から回復薬を取り出すと、それぞれの傷口にかける。


「痛いのは我慢してくれよ」

「も、もちろんです! っつ」

「……!!!」


 それぞれ怪我に比例した痛みに襲われたようだが、こればかりは仕方がない。

 ひとまずある程度はマシになったはず。

 本格的な治療はサイクロプスを倒した後だ。


 フレアたちの戦いに視線を向けると、相変わらずフレアの優勢だった。

 とはいえサイクロプスのパワーを警戒してか、まだ大きなダメージは与えられていないようだ。

 短期間で倒すためにも、俺も加勢するべきだろう。



 そう思った次の瞬間だった。

 ドォン! ドォン! と、巨大な何かが近付いてくる音がした。



「う、嘘ですよね?」

「そんな、あれは……!」


 二人の少女はフレアたちとは反対側を向きながら、絶望の表情を浮かべていた。

 それにつられるように俺も振り返り、絶望の理由を知る。


「冗談だろ」


 そこにはなんと、二体目のサイクロプスがいた。



 ――――どうする?



 異常事態に混乱していられる余裕はない。

 すぐさま方針を決めなければ取り返しのつかないことになる。


 さすがにフレアとはいえ、二体のサイクロプスを相手にすることは難しいだろう。

 だとするならこちらは俺が倒さなくてはいけない。


 それでも俺に絶望はなかった。

 まだ勝つための策は残されている。


「まさか、保険がさっそく役に立つとはな」


 俺は腰のベルトに手を当てながら、サイクロプスの前に歩いていく。

 それを見た少女たちは驚いた様子だった。


「まさか戦うつもりですか!?」

「あなたも、あの女の子みたいに強いの?」

「いや、残念だが俺はフレアみたいに強くはない。だけど……」


 ベルトにかけているうち、二つ目の人形就寝具ドール・ケースを開く。

 そしてそこから一人の人形を取り出す。


「グガァアアアア!」


 そんな俺の動きを警戒してか、サイクロプスは鈍重な足音を立てながら駆け寄ってくる。

 普通なら震えてしまいそうになる巨大な魔物の全力疾走だが、俺は恐れることなく叫んだ。



「来い、テトラ――形状変化デザイナー!」



 ボコォォォン! と。

 大地が破壊されたかのような爆音が辺りに鳴り響く。

 その直後、サイクロプスの巨体が


 そんなサイクロプスの直下には、

 水色の髪の少女が拳を振り上げている姿があった。



「「ど、人形遣いドール・オペレーター!?」」



 その一連の流れを見て、後ろの二人が衝撃を口にする。


 たった今サイクロプスを吹き飛ばしたのは、俺が契約する二人目の人形。

 格闘家ファイター型人形――テトラだった。



「…………」

「……まあ、そうだよな」



 たった今テトラが動いたのは俺のスキル魔糸操作マリオネットによるものだ。

 彼女はフレアとは違い意思を得ていないらしい。


 とはいえこれはもともと予想できていた。

 フレアは自分が意思を得た理由を、俺が心を込めて接し続けたからだと言っていたからだ。

 無論、俺はフレアもテトラも同様に大切だと思っている。

 しかしその特性上、戦闘に連れて行くのはフレアの方が多かった。

 その分、フレアのことを考える機会が多かったという訳だ。


 しかし考え方を変えるなら、テトラもまた意思を得る可能性はあるのだろう。

 ……彼女とも話せるようになるのなら、とても嬉しいことだ。

 その希望を叶えるためにも、今ここで負けるわけにはいかない。



「アイク! 私もそっちに加勢したほうがいい!?」

「いや、フレアはそのままサイクロプスを倒してくれ!

 こっちは俺たちが何とかする!」

「うん、分かった!」



 フレアに指示を出した後、俺とテトラは改めてサイクロプスと相対する。

 盛大に吹き飛ばすことはできたものの、まだ十分に動くことができるようだ。

 言葉は通じなくとも、その顔を見れば激しく怒っていることが分かる。

 たった一つの巨大な目はテトラに向けられていた。



「グガァァァアアアアア!」



 盛大に雄叫びを上げた後、サイクロプスはテトラ目掛けて棍棒を振り下ろす。

 だが――――


「…………」

「グゥ!?」


 横に跳び、攻撃を躱す。

 そしてすぐさまこちらの反撃を試みる。


「ギュゥッ!」

「ちっ!」


 だが、サイクロプスは地面に叩きつけた棍棒をそのまま横薙ぎを行う。

 テトラの速さとリーチでは攻撃に間に合わないと判断した俺は、すぐに後ろに下げて回避させた。


 テトラの持ち味は俊敏性と怪力を生かした超接近格闘インファイトだ。

 自分のテリトリー内では敵なしの力を発揮するが、リーチの長い相手にはそこまで持って行くのが困難だという欠点がある。


 通常ならばフレアが注意を引き、生まれた隙をテトラがつく。

 そういった連携で敵を倒すのだが、今回フレアはもう一体に手を割いている。


 残されているのは俺だけだ。

 俺は覚悟を決め、短剣を構える。


 サイクロプスの目はテトラだけに向けられている。

 今ならこの策も通じるはずだ。


 サイクロプスの棍棒を再びテトラが回避したタイミングで、俺は駆け出した。



 ――――今だ!



 サイクロプスの曲げられた膝を足場にして、高くジャンプする。

 俺のすぐ目の前にはサイクロプスの一つ目があった。


「喰らえ!」

「!?」


 突き出された俺の短剣が、サイクロプスの一つ目に突き刺さる。

 予想通りここは他の部位に比べて柔らかく、俺の力でも十分に傷付けることができた。



「ガァァァアアアアアア!!!」

「くっ」



 これもまた予想通り。

 その程度ではBランク魔物の致命傷にはなりえない。


 しかし悪感情ヘイトをこちらに向けるのには成功したようで、血を滾らせた一つ目は俺に向けられる。


「追加だ――|囮(デコイ》」


 さらにこちらに意識を向けさせる。

 サイクロプスの攻撃対象は完全に俺になった。


 サイクロプスは大きく棍棒を振り上げる。


「何をしているんですか、逃げてください!」


 背後から聞こえるのは俺を心配する声。

 もちろん、こんな攻撃を受け切れるなどとは思っていない。

 回避に徹するのは当然。

 しかし、ただ背を向けて逃げるのではない――


「ガアッ!」

「――――」


 振り下ろされる棍棒の軌道を見極め、僅かに横に体をずらす。

 紙一重で棍棒は俺の横を通りすぎ、地面に叩きつけられる。


「……グォ?」


 まさか躱されるとは思っていなかったのか、サイクロプスは一瞬動きを止めた。

 しかしすぐさま意識を取り戻し追撃をしかけてくる。


 俺はその攻撃のことごとくを回避していく。

 一つ一つを紙一重で躱していくごとに、俺の神経は研ぎ澄まされていく。



 見ろ、見ろ、見ろ。

 見ろ、見ろ、見ろ、見ろ、見ろ。

 見ろ見ろ見ろ見ろ見ろ見ろ見ろ見ろ見ろ見ろ見ろ見ろ見ろ見ろ見ろ見ろ見ろ見ろ見ろ見ろ見ろ見ろ見ろ見ろ見ろ見ろ見ろ見ろ見ろ見ろ見ろ見ろ見ろ見ろ見ろ見ろ見ろ見ろ見ろ見ろ見ろ見ろ見ろ見ろ見ろ見ろ見ろ見ろ見ろ見ろ見ろ。

 


 俺の信念は人形たちに傷一つ付けさせないこと。

 それを達成するために観察眼は必須だった。

 瑕疵一つとして許されない、完璧な対応が必要とされる。

 必然的に敵の攻撃を予測するが身についた。


 スキルではない、自分自分で手に入れた力。

 これを使えばこの矮小な身でも、強敵に立ち向かえる!



「……あり得ません」

「す、すごすぎる」



 戦闘に不必要な情報は全て削ぎ落されていく。

 耳に入ってきたはずの言葉は、意味を理解するより早く消えていく。

 その末に攻略方法を見つける。


「ここだ」


 サイクロプスの動作の最中に生じた死角から、テトラが次々と攻撃を浴びせていく。

 されどサイクロプスは自分にダメージを与えた存在を見つけることはできず、さらなる怒りを俺に向けてくる。


 こうなってしまえば、こちらが永遠に先手を打てる状況だと言ってもよかった。



 テトラの強力な攻撃を複数回喰らわせた後、

 俺は次がトドメになると判断した。


黒闇ダーク


 初級魔法ローマジック黒闇ダーク

 俺から生み出された黒色の闇が、サイクロプスの視界を覆う。

 殺傷力はないが、これでもうサイクロプスは俺たちを認識できなくなる。


 突然の出来事にもがくサイクロプスの懐にテトラが潜る。

 そしてしっかりとした溜めの後、重い重い一撃を放つ。


「ッ!!!!!!」


 振り上げられたその拳は、サイクロプスの胴体に大穴を空ける。

 サイクロプスは地面に倒れた後、すぐに魔石に変わった。


 ――これにて討伐完了だ。



 それと時を同じくして――


「はぁあああ!」


 フレアの振るった剣が、もう一体のサイクロプスの首を飛ばしていた。

 あちらも無事討伐が終わったみたいだ。



「ふうっ」


 ゆっくりと息を吐くと、それをきっかけに集中が解け、意識が現実に戻ってきたかのような感覚に陥る。

 疲労感が酷いが、それ以上に満足感があった。

 


「……凄いです」

「かっこいい……」

「え? シーナ?」



 背後から何かが聞こえた気がするが、それはさておき。

 こうして俺たちは、二体のサイクロプスの討伐に成功した。

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